第6話 「肩こりに効きますか?」


 今日は、MRIのお話です。

 正式名称は、NMRI:Nuclear Magnetic Resonance Imaging 核磁気共鳴画像、といいます(注1)。皆さん、ご存知ですよね。今では日本中、ちょっと大きな病院ならどこにでもあります。小型なものなら、開業医さんも備えています(注2)。

 CT(注3)とならんで、人気の画像診断装置です。頭にも、内臓の検査にも使います。


 CTとの大きな違いは、CTは放射線を用いますが、MRIでは磁気を用いるということです。超強力な電磁石です。この磁石の力(磁束密度)を表す単位を、テスラ[T]と言います(注4)。

 日本の多くのMRIは、1.0~2.0テスラくらいが普通です。0.5~5.0テスラくらいまで頑張っているものもあります。

 ――などと言っても、これがどのくらいの「力」なのか、分かりませんよね。テスラなんて単位、私たちが眼にするのは、ピップエレキバン(R)くらいです。あれは80ミリテスラと書いてありました。ミリ……(注5)。

 検査を受けたことがあるかたはお分かりでしょうが、MRIは、中に人ひとりをすっぽり入れられる大きな機械です(注6)。当院のものは1.5テスラ……鉄製のパイプ椅子が傍にあったら、宙を飛んで機械に貼りつき、人力では剥がせないくらいの磁力です。やったことないけど。10~30キログラムある酸素ボンベが空中を飛んでいき、機械にめり込んでしまうそうです。やったことないけど(注7)。


 CTとMRIの違いは、他にも沢山あります。

 CTは、一回の撮影は十五分もあれば出来ます。造影検査などを加えても、三十分かかることは多くありません。

 一方、MRIは、一度機械に入ると最短でも三十分は出てこられません。頭部MRIの場合、頭蓋内の血管を含めて撮影すると、四十分~一時間近くかかってしまいます。腰の曲がっているおばあちゃんの場合、同じ姿勢をとり続けることは大変な苦痛です。

 映るものにも特徴があります。

 CTには、必ず骨が映ります。急性期の出血などにも強いです。一方、造影検査をしない限り、血管などの撮影には不向きです。軟骨は映りません。

 MRIでは、骨は全く映りません。出血の検出にも不向きです。しかし、脳や肝臓、筋肉、軟骨、脂肪などの軟部組織には強く、臓器内の微小な変化もとらえることが出来ます。臓器の撮影中に、血管内を動く血液の流れを検出して、血管の像を描き出すこともできます(MRA:Magnetic Resonance Angiography と言います)。

 MRIは、心臓ペースメーカーや除細動装置、人工大腿骨頭関節、脳深部刺激装置などといった金属が体内に在ると、撮影できないということは皆さんご存知ですね。撮影できないわけではありませんが、画像が歪んでしまう上、装置の設定が狂ったり、場所がずれたり、体内で熱をおびたりしてしまうので、しない方がいいんです(注8)。


 以上のような特徴から、CTは、急いで骨折や出血などの状態を確かめたい時や、諸事情でMRIを受けられない人に。MRIは、じっくり臓器内部の状態を確かめたい場合や、CTでは映りにくいものを観る時に。――などと、使い分けを行っています。


 ……いつもより、説明が長くなりました。慣れない用語が沢山でてきて、眠くなった方が多いのではないでしょうか(注9)。申し訳ありません。

 いったい何が言いたいのかと言いますと、表題に戻ります。


 MRIは、肩こりに効くのでしょうか?


 これ、私の長年の疑問なのです。だって、1.5テスラですよ。ピップエレキバン(R)の80ミリテスラに対して、桁違いの磁束密度です。しかも、全身に浴びている。きっと、肩こりによく効くに違いない! と思うのですが……。

 MRI撮影を受けたら肩こりが治った、という話を全く聞かないのです。今度、受ける機会があったら、どうだったか是非教えて下さい。

 





**********************************************************************************

(注1)核磁気共鳴画像

 核、とついていますが、別にウランやプルトニウムを使っているわけではありません。この場合の核とは、水素の原子核です。体内に存在する水、その中の水素原子に磁力をあてるんだそう。

 「日本人は、核とつくと、いろいろと気にするからね。省略することにしたんだよ」と、学生時代、放射線科の教授が話していました。正式名称はNMRIですが、一般的にはMRIです。


(注2)日本中、どこにでもある。

 日本は、おそらく世界一MRIの普及している国だと言われています。


(注3)CT

 Computed Tomographyの略。コンピューター断層撮影、って、前にも書きましたね。


(注4)テスラ Tesla[T]

  ニコラ・テスラ Nikola Tesla (1856〜1943) :クロアチア生まれ。T.エジソンと並ぶアメリカの発明王です。交流電気を発明しましたが、宣伝力でエジソンに負けました。テスラは、磁束密度の単位です。


 身体に磁気を当てると、何故写真が撮れるのか?

 これについて詳しく説明を始めると、一万字では終わりません。もの凄くざっくり説明しますと――

 生体に含まれる水、その中の水素原子は、独楽のように回転しているのだそう。回転しながら軸が少しぶれて動いています(歳差運動、と言います)。そこへ、一定の方向から磁場を当てると、電気を帯びている水素原子の回転軸は、一斉に同じ方向へ倒れます。磁場を切ると、回転しながら元の位置へと戻ります。その運動を、縦緩和時間と横緩和時間の成分にわけて検出し、フーリエ変換すると(この辺りの計算は、コンピューターがやってくれます)、TVなんかでよく観る断層画像が出来あがるわけです。

 ――学生時代、この理屈を理解するのが大変でした。患者さまに説明することはないだろうと油断していたら、一度だけ、某県立大学の工学部の教授に(頭痛がするのでMRI検査を受けに来られた)、「これ、どうやって撮影しているんですか?」と訊かれました。しどろもどろに説明しましたが、絶対、話した私より教授の方がよく理解なさっていただろうと思います。フーリエ変換とか……orz


(注5)ピップエレキバン(R)

 ピップ株式会社のHPを確認したところ、磁束密度は、80、130、200ミリテスラの三種類がありました。磁石がどうして肩こりに効くのか、説明を拝読しても、いまいち分かりません。赤血球内のヘモグロビンに含まれる鉄を引き寄せて、血流を良くしているのかなあ?


(注6)すっぽり入れられる大きな機械

 スライド式の検査台に乗り、滑るように中に入る様子が、「火葬場を連想させる」と恐がるお年寄りがいらっしゃいます。火葬場……いえあの、私たちの仕事は正反対です。とまれ、そういう連想をなさる方、閉所恐怖症の方には向かない検査です。


(注7)やったことないけど

 業者さんは、常にそう言って脅すのです。一台が一億円以上する機械がそんなことで壊れたら、一生かかっても償えません。


(注8)設定が狂ったり、場所がずれたり、熱をおびたり……

 磁石にくっつく性質が強いか弱いかとか、金属の種類によっていろいろと違いがありますが、私は詳しくないので省略します。物理屋さんに訊いて下さい。現場では、出来るだけメーカーに問い合わせて、撮影しても大丈夫かどうか確認しています。


 そういえば、最近、女性の化粧品で、刺青のように皮膚の中に埋め込むアイラインってあるんですね。あれ、鉄粉を色素に使っているものがあるらしく、本人も知らずにMRI撮影を受けたところ、まぶたの端で鉄粉が熱をもってしまい、火傷した――という話を聞きました。不用意に体にいろいろ埋め込むと、困ることもあるんですね。


(注9)眠くなる

 MRI装置は、中に入るとその狭さは勿論、グワングワンという大きな音がするので不評です。あれはおそらく、機械の中でコイルが回転している音だと思います。

 うるさくて耐えられないと仰る方がいる一方、横に寝てじっとしているだけで、どんなに煩くても眠ってしまうという方もいます。――私は後者です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る