第3話 機械と魔界
頭部から無数に生えた蛇の群れ。それを意のままに従える女型のヴィランは、理性を欠いた凶眼で人々を射抜いていた。
蛇の口から放たれる怪光線は、家の壁や堤防を神のように切り裂き、漁船の船体まで真っ二つにしている。
力に飲み込まれるまま、目に見えるもの全てに襲い掛かる彼女は――まさしく魔獣そのものであった。その様に住民は恐れおののき、ただひたすらに逃げ惑う。
「こんな……! くそっ、これ以上続けさせるもんか!」
その惨状を目の当たりにした竜斗は、鮎澤七海の変身態――「メデューサ・ニュータント」と対峙し、バイクから飛び降りる。
明らかに他の住民とは違う容姿を持つ、スマートなラインを描いた装甲強化服の戦士――「レイボーグ-GM」を見つけたメデューサ・ニュータントは、問答無用で蛇の口を向けて来た。
「うっ……!」
咄嗟に射線をかわした竜斗の隣に、怪光線が命中する。そこにあった家屋に風穴が空き、近くにいた市民達から悲鳴が上がった。
「ここは危険です、早く逃げてください!」
「おおっ、あんたが例のヒーローさんか! 頼む、さっさとあいつをブッ殺してくれ!」
「あいつのせいで俺達の町はめちゃくちゃだ! 金なら出すから、早くあいつを撃ち殺してくれよ!」
「こ、殺せって……うわっ!?」
竜斗は周囲に避難を呼びかけ、市民達を逃がそうとする。だが、彼らの口から次々に飛び出す「殺せ」という叫びに、思わず絶句した瞬間――足元を蛇に絡みつかれ、身動きを封じられてしまった。
「しまっ……! こ、このっ……!」
そこへ追い討ちをかけるように、怪光線を浴びせられてしまう。だが、1発浴びた程度ではレイボーグのボディには傷ひとつ付かない。
竜斗は怪光線の追撃を盾で凌ぎながら、足元に絡まる蛇を掴み――そこから力任せに、メデューサ・ニュータントを海中から引きずりだした。
そして地上に上がって来た彼女に組み付き、カナディアンバックブリーカーの体勢に捕らえる。しかし彼女は、頭部の蛇を鞭のように振るい、反撃を仕掛けて来た。
「あぐッ!?」
顔面に痛烈な打撃を浴びた竜斗は思わず怯み、メデューサ・ニュータントはその隙にバックブリーカーを抜け出してしまう。
「やるしか、ないのか……! セァッ、ダァアァッ!」
しなる蛇が弧を描き、さらに竜斗の体を打ち据える。盾を突き出しながらその猛攻を掻い潜り、懐に飛び込んだ竜斗は、彼女を無力化するためワンツーパンチを叩き込み――追撃のドロップキックを放った。
転倒したメデューサ・ニュータントは、頭を打ったのか地面をのたうちまわっている。その隙にマウントポジションを取った竜斗は、彼女の両手を押さえつけ、対話を試みた。
「七海さん、鮎澤七海さん! 聞こえますか!」
「ア……アウ、ア……」
「娘さんが……羽美さんが、あなたの帰りを待っています! もうやめましょう、こんなこと!」
「ウ、ミ」
「そうです、羽美さんです! あの子のためにも、あなたには生きていて欲しいんです! 誰に何と言われたって、あなただけは――がぁっ!?」
だが、その声を届かせることはできなかった。しなる蛇に横殴りされた竜斗は、不意を突かれ海中に転落してしまう。
「ガッ……ゴ、ボッ!?」
そして、海上に上がろうとした瞬間。上から飛び降りて来たメデューサ・ニュータントに頭を押さえつけられ、水面に上がれない体勢にされてしまった。
口元が露出しているレイボーグ-GMの仮面では、海水を凌ぐことができない。竜斗は窒息の苦しみと恐怖に晒されながら、暗い海中でもがき続ける。
(殺られ、る……このまま、じゃっ……!)
堪え難い苦しみと、混濁する意識の中で――竜斗の中に、許されざる感情と叫びが渦巻いた。
『おおっ、あんたが例のヒーローさんか! 頼む、さっさとあいつをブッ殺してくれ!』
『あいつのせいで俺達の町はめちゃくちゃだ! 金なら出すから、早くあいつを撃ち殺してくれよ!』
先ほどの住民達が投げかけた「殺意」。それに促されるまま、無意識のうちにアームブースターの銃口が、頭上に向けられる。彼自身の生存本能が、そう仕向けたのだ。
このまま上方に発砲すれば、メーサー光線でメデューサ・ニュータントを串刺しに出来る。彼女を確実に抹殺し、自分は確実にこの窮地を脱することが出来る。
――だが。
『お願い……助けて……お母さんを、助けてっ……!』
幼気な少女の叫びが、一線を越えることを許さなかった。竜斗は薄れゆく意識の中、本能のままに向けた銃口を見遣り――自分が選ぼうとしていた道を知る。
(僕は、一体……何を……!)
そして、その罪深さに打ちひしがれながら――海中で力尽きようとした。
「……っ!?」
その時、だった。
凄まじい「力」の奔流が、この戦場を席巻し――竜斗とメデューサ・ニュータントの身体を、空中に舞い上げたのである。
天を衝くほどの水飛沫が噴き上り、その雫が雨のように堤防付近に降りかかった。その只中に墜落した竜斗の体に、天から降り注ぐ海水が浴びせられる。
「……おぇっ、げほ、がはっ! い、一体なにが……!?」
体内に詰まっていた海水を嘔吐しながら、竜斗は何とか身を起こす。
ふらつきながらも、辛うじて立ち上がった彼の眼前には――悪魔の鎧を纏う、1人のヒーローが佇んでいた。
「――なるほどね。神威さんが言ってたのは、こういうことだったのか」
「……あなたは……!」
竜斗は、そのヒーローを知っている。
悪魔の如き鋭利な甲冑と、山羊の如き双角。そして、蝙蝠型のバイザーを備えた彼の姿は――テレビで頻繁に活躍を目にする、著名なヒーローそのものなのだから。
「神威さんから『万一の備え』として、君をサポートするよう頼まれてね。彼から聞いた君の実力なら、俺の力なんていらないんじゃないか……って思ってたんだが。なるほど、こういうことだったわけか」
「……デーモンブリードさん、それってどういう……!?」
「ただ倒すだけなら容易いが、あそこまで暴走したニュータントを無力化して生け捕り……ってなると、話は変わってくる」
「……!」
「君の性格上、まず彼女を殺そうとはしないだろうし、そうなると難易度は格段に跳ね上がる。――それで神威さんは、俺に助力を求めたってわけだ」
竜斗の前に現れた助っ人――デーモンブリード。その姿を認識したメデューサ・ニュータントは、背後から彼に襲い掛かる。
それを察知した2人のヒーローは、同時にワンツーパンチを放ち、カウンターで彼女を吹っ飛ばした。だが、彼女はすぐに立ち上がり、再び飛び掛かってくる。
「レイボーグ、足場だ!」
「……は、はい!」
――その挙動を目にしたデーモンブリードは、言葉少なに指示を出す。その意図を汲んだ竜斗は、彼と向かい合うような位置に立ち――真上に円形シールドを構えた。
その表面に飛び乗った魔界の皇子は――勢いよくシールドを蹴り、そこを踏み台にして高く跳び上がる。
そして、飛び掛かってきたメデューサ・ニュータントと同じ目線まで上昇。彼女の意表を突くように飛び蹴りを浴びせ、再びダウンを奪った。
だが、地面に墜落したメデューサ・ニュータントは、再三立ち上がってくる。その眼に宿る殺気は、さらに鋭さを増していた。
「……これだけタフな個体なら、君でも相当手を焼くだろうしな」
「でも、一体どうすれば……! 僕のアームブースターじゃ、威力がありすぎて彼女の命が……!」
「――俺の光線で、君の熱線の威力を抑制する。彼女を死なせない、ギリギリの火力までな!」
そこから放たれる、無数の怪光線。その猛攻を掻い潜り、蛇の頭を同時に掴んだ2人は――彼女の身体を勢いよく振り回し、地面に叩きつけた。
それでもなお、立ち上がり攻撃を続けるメデューサ・ニュータント。そんな彼女の猛襲を盾でかわしながら、竜斗はデーモンブリードと言葉を交わす。
「出来るんですか、そんなこと!?」
「ほとんど賭けだけどな。……俺の役目はあくまで、君のサポート。最後に決めるのは、この一件を預かる君だ」
「……」
「確実に彼女を倒して、町を救うか。例の子のために、望み薄でも全てを救う道に賭けるか。君が望むのなら、俺はいつでも付き合うぜ」
蛇の猛攻を鮮やかにかわしながら、デーモンブリードは諭すように言葉を投げかける。
メデューサ・ニュータントと取っ組み合いながら、竜斗はそんな彼の言葉を聞き――逡巡していた。
『でも……お母さんを置いてなんか、いけない。お母さんがいなくなったら、私は……本当に独りぼっちになるから……』
『お願い……助けて……お母さんを、助けてっ……!』
(……鮎澤、さん……!)
そして。
人間でもニュータントでもない、レイボーグであるがゆえに味わった孤独。その苦しみを知るがゆえに。
――竜斗は。彼女の叫びから目を背ける道だけは、選べなかった。
「デーモンブリードさん……魔界の力、お借りします!」
「……その言葉が聞きたかった! 行くぜ後輩ッ!」
やがて、メデューサ・ニュータントを巴投げで投げ飛ばし。距離を取った竜斗は、デーモンブリードと並ぶ体勢に入った。
そして、レイボーグ-GMの右腕とデーモンブリードの左腕が交差し――アームブースターの銃口に、紫色の電光が宿る。竜斗が持っているメーサー光線の出力を、デーモンブリードの力で抑制しているのだ。
鮎澤七海を死なせない火力まで、無理矢理手加減させるために。
「――見せてやる! 機械と魔界の、マイブレンドッ!」
やがて、その銃口が――メデューサ・ニュータントの身体を捉える瞬間。
――
その2人の、叫びが重なり合い。
アームブースターから放たれた眩い紫電が、一条の流星となって――メデューサ・ニュータントに直撃する。
絶叫を上げ、崩れ落ちる女型の怪人。
その中から――意識を失った鮎澤七海が現れたのは、その直後であった。
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