レイボーグ&デーモンブリード

The Twin Perseuss

第1話 海の悪魔と初任務



-Daemon Breed-


-1st Anniversary-

















 暗雲が立ち込める空の下。荒波にいくつもの船が拐われ、堤防を乗り換えた海水が溢れ出してくる。

 それが、異形の怪人の仕業によるものであると判明するのに、そう時間は掛からなかった。

 ――無数の蛇を頭部に備えた女型のヴィランが、船の上に佇んでいるのだから。


「船が……俺らの船がぁっ!」

「逃げろ、ここにいたら危ないっ!」

「ちくしょう、あいつの……あいつのせいでッ!」


 逃げ惑うしかない海の男達は、そのヴィランに憎しみを込めた視線を注ぐ。――そんな中。


「お願い、やめてっ! お母さんっ……目を覚ましてっ!」


 夏服姿の女子中学生が、1人。男達を掻き分け、その怪人に向かって駆け出していた。だが、それを引き留める者は誰1人としていない。

 元凶の娘など、助けるに値しない。そんな力無き人間の醜さが、この場に顕れているようだった。


「……お母さぁあぁんっ!」


 少女は、孤独に苛まれるまま――変わり果てた母に向かい、慟哭する。

 だが、その声は決して届かず……彼女の力が、ありとあらゆるものを破壊する時まで。この町を襲う暴威が、止まることはなかった――。


 ◇


 快晴の夏空は、雲ひとつなく天の彼方まで広がり。遮る物のない太陽の陽射しが、絶えることなく大地を照りつける。

 その熱気が生む、視界の歪みの中を――真紅のオフロードバイクが駆け抜けていた。目指す先は、神嶋市の外れにある、小さな港町。


(港町を荒らす、海上のヴィラン……か。なるほど、だから飛び道具を持ってる僕の出番なんだな)


 そこを目指すアーヴィング・J・竜斗は、街の果てにある辺境に向けて、トランクを載せた愛車を走らせていた。赤いTシャツに、黒の半袖パーカー……というラフな格好の彼は、剣呑な面持ちで事件現場を目指している。


 ――神嶋市に到着し、ヒーローとして正式に登録された彼の初任務。

 それは、市の郊外にある小さな港町に出没している、女型ヴィランの鎮圧という内容だった。主に海上で活動しているという特性から、アームブースターを持つ竜斗の能力が適任であると判断されたためだ。


 すでに件のヴィランが出現してから、2週間が経過している。他のヒーローは市内の警戒や対処に手一杯であるため、今まではこの件に回せるヒーローがいなかったらしい。

 そんな折、高熱光線銃というアドバンテージを持った「レイボーグ-GM」が現れたのは、ヒーロー達に仕事を斡旋している対策室としても僥倖だったのだろう。


(市の管轄内ギリギリの町だから、今まで放置されていた一件……か。住民の人達も、ずっと不安だっただろうな)


 地元の警察では対処できず、頼みの綱のヒーローは来ず。いつ襲ってくるかもわからず、為す術もない。

 町を出て逃げるにしても、地理的にはどうしても神嶋市内を通過する必要があり、そこにはさらに多数のヴィランが潜んでいる。

 ――そんな苦境に閉じ込められた住民の不安は、察するに余りある。彼らにとって、2週間という日々は余りにも長い。


「これは……酷いな」


 彼らのためにも、一刻も早く件のヴィランを捕まえなくては。竜斗がその想いを新たにしたのは、町の惨状を目の当たりにした時だった。

 堤防は至る箇所を破壊され、何隻もの漁船が転覆している。以前は気風のいい海の男達が集まる、活気に溢れた町だったと聞くが――今となっては見る影もない。

 漁師らしき者達とは幾度となくすれ違ったが、誰もが皆、死んだ魚のような眼になっている。


「おい……そこの外人さん。あんた、町の外から来た人かい?」

「えっ……あ、はい」


 すると、その道中。竜斗は漁師の男に呼び止められ、バイクを停める。

 漁師は彼の蒼い瞳と日本人離れした美貌から、何も知らずに来た外国人観光客だと認識したらしい。くたびれた様子でありながら、その目は竜斗の身を案じる色を湛えていた。


「悪いことは言わねぇ、ここから先には行かねぇ方がいい。この向こうには、悪魔の娘がいる」

「悪魔の娘……?」

「この町を荒らしてる怪人の娘さ。関わったら、どんな目に遭うかわからねぇ。だから――」

「――わかりました、行ってみます。ありがとうございました」

「あぁ、そうしろ……ってえぇ!? お、おい外人の兄ちゃん! 俺の話聞いてた!?」


 やがてその口から、「迫害されているニュータントの身内」の存在を悟り。竜斗は漁師の言葉が終わらないうちに、走り出してしまった。


 ――悪魔の娘。そのような誹りを受けている、罪なき少女を救うために。


 ◇


 それから間も無く。彼の視界に、ある人集りが留まった。


(……ん? あれは!?)


 夏服のブラウスに袖を通した、数人の女子中学生が……同じ制服を着た1人の少女に、鬼気迫る表情で詰め寄っている。ちょっとした喧嘩、どころの殺気ではない。


「ねぇ、なんとか言ったらどうなの羽美うみ。あんたのお母さんのせいで、あたし達の暮らしがどうなってるか……知ってるんでしょ。何か言うことはないの!?」

「そ、それは……。ご、ごめんなさい……」

「謝って済む問題じゃないのよ! まだ誰も死んでないからいい、なんて考えてるんじゃないでしょうね。だったら絶対に許さない。その前にあたし達があいつを殺してやるから!」

「そっ……そんな! お願い、やめて! お母さんはただ病気なだけなの、あれは病気のせいなの!」

「もう遅いわ! ウチのお父さん、こないだ市役所に連絡したの。で、今日か明日に、やっとヒーローが来てくれるって言ってたわ。あんたもあんたのお母さんも、もう終わりよ!」

「う、うそ……そんな、そんなぁ!」

「悪いのはあんた達でしょ! 海を荒らして、船も町もめちゃくちゃにして……被害者ぶってんじゃないわよ!」


 女子中学生達に迫られ、壁を背にしている少女は、しくしくと泣き崩れている。だが、その態度がさらに彼女達の神経を逆撫でしたのか――少女達は、さらに荒々しい罵詈雑言を浴びせていた。

 ――町の窮状が、これほどまでに住民の心理を逼迫しているのか。そう感じた竜斗はバイクから飛び降り、慌てて彼女達の前に割り込んでいく。


「ちょ、ちょっと待って君達! ストップストップ、お願いストップ! 乱暴はダメだってば!」

「は……はぁ? 誰ですかあなた! こいつはあたし達の町を荒らした悪人なんですよ!」

「そ、そうよそうよ! 余所の人は引っ込んでてください!」

「……余所者は余所者だけど、無関係ってわけじゃない。僕はこの子に話がある、君達は席を外してくれないか」

「……っ!?」


 町の男達とは比にならない絶世の美男子に呼び止められ、女子中学生達は顔を赤らめ困惑する――が。それでも、羽美と呼ばれる少女への怒りの方が上回っているらしい。

 そんな彼女達を止めるため、竜斗は貰ったばかりの身分証ヒーローライセンスを差し出し、彼女達を黙らせた。正規のヒーローに見咎められたことで、少女達は顔を見合わせ動揺を露わにする。


「……いい気になんなよな、この悪魔っ!」

「あんたの親なんか、そこの人に殺されちまえばいいんだ!」

「死ね、死んじまえ疫病神!」


 そして、居心地の悪さに耐えきれなくなり。羽美という少女に罵声を浴びせながら、何処かへと逃げ去ってしまうのだった。

 そんな彼女達の姿が、見えなくなった後。竜斗は居た堪れない表情を無理に切り替え、座り込んでいた少女に優しく声を掛ける。


「……もう大丈夫だよ。怪我はない?」

「……あな、たは……」

「えっとね、僕はアーヴィング・J・竜斗。君のお母さんのことでお話があるんだけど……少しいいかな?」

「ヒーロー……なんですか。あなたが……」

「うん。……と言ってもまぁ、こないだ登録したばかりで今日が初任務の新兵ルーキーなんだけ――どぉっ!?」


 だが、次の瞬間。突然身を起こした少女に肩を掴まれ、ガクガクと揺さぶられてしまう。彼女の目尻には、溢れんばかりの涙が貯まっていた。


「お願いです、お母さんを殺さないで! お母さんはただ、悪い病気に罹ってるだけなんです! お願い、殺さないで! 殺さないでっ!」

「あが、あががっ……ちょっ、ちょっ……待って……!」


 ――ニュートラルの感染経路は未だ解明されておらず、感染の影響も個体差によって大きく異なるため、医学的見地からの体系化も進んでいない。


 だが、その病に侵された者は得てして、己の身に余る「力」に一度は翻弄されている。

 そこから訓練や経験を通して、その力を自在に操れるようになった者が、やがて力を善に活かす「ヒーロー」になるか、悪に堕ちる「ヴィラン」になるかの二択を迫られるのだ。


 つまり、その前段階――力を制御する術さえ掴めなかった者には、その二択すらも与えられないのである。

 行き着く先は、意図せず無差別破壊を働く「ヴィラン」しかない。


 そうして、ただ感染しただけであるにも拘らず自我を失い、政府にヴィランと認定され「処分」されたケースは、数知れない。

 そうせざるを得ない世情であることから、そのような感染者を「処分」することを肯定する声もある一方、断固として抗議する人権団体の動きも、日々活発化しているという。


 ただひたすらに無力であり、力に振り回されるしかないニュータントは、自身の生存権すら外野に委ねることを強いられているのだ。


 ――竜斗自身も、それをよく知っている。だからこそ彼は、給料の安い辺境のヴィラン退治と知りながら、この仕事を引き受けたのである。


 他のヒーローがこれを引き受け、彼女の母を殺してしまう前に。


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