第4話 鉄の腕と獣の仮面
――お前の知り合いの女を預かった。返して欲しければ今日の午後9時、晴海ふ頭公園に来い。
佳音の携帯から、知らない男がそう告げてきたのが、約2時間前。
事態を知った竜斗は仕事を早退し、慶吾が搬送されたという城北大学付属病院に駆け付けていた。着替える暇も惜しむように、ウェイター服の上から普段の黒パーカーを羽織って。
――廊下には風邪の予防や健康管理を呼びかけるポスターが貼られており、イメージキャラクターに起用されている人気グラビアアイドル「
「芝村君……!」
ベッドの上で眠り続ける友人は、全身に包帯を巻かれている。ニュータントの力で暴行を受けたらしく、素人目に見ても重傷であることは明らかだった。
――竜斗に挑戦したいと言う「ヒーロー破り」が、慶吾と佳音に彼を呼び出すように迫り。2人がそれを拒絶したため、「ヒーロー破り」は佳音を人質に竜斗を誘き出そうとしたのだという。
それを止めようと挑んだ慶吾は、「ヒーロー破り」に「ガッツのある強者」と見なされ――決闘、とは名ばかりの暴行を受けた。それが、目撃情報をまとめた了から聞かされた経緯であった。
『バカっ! ヒーローってのがどんだけ危ない仕事なのか分かってんのかよ! 今ちょうど「ヒーロー破り」が噂になってる最中だろうが! もし竜斗がヒーローになったら、そういう奴らに狙われるってことなんだぞ!』
『……君は遠からず、ヴィランと戦う時が来る。例えば、君の友人や加倉井オーナーがヴィランに襲われたとして……自分の力を知った君が、背を向けて逃げられると思うか?』
――ヴィランとの戦い。それは、避けられない運命。
慶吾や了の言葉を思い返し、竜斗は……自分が何者であるかを、改めて思い知らされていた。
(僕のせいで……芝村君が、乃木原さんが……)
見目麗しい貌を苦悶に歪ませ、竜斗は1人目を伏せる。その震える肩に、優しく手を添えられたのは、その直後だった。
「……彼のことなら、心配しなくていいよ。オレが、必ず助けるから」
「先生……」
その手は、慶吾の主治医である
一時は生死の境を彷徨うほどだったが、架の手によって処置された今では、かなり容体も安定しているようだ。傷の痛ましさに反して、その寝顔はとても安らいでいる。
「芝村、君……僕は……」
意識のない慶吾の手を取り、竜斗は悲痛な声を漏らす。架は、そんな彼に寄り添うように身を寄せ、自分の掌を重ねた。
「……大丈夫だよ。この子は、絶対に大丈夫」
「先生……」
「オレも色んな患者を見てきたけど、こんなに快復の早い子は初めて見たよ。この子は、近いうちにきっと眼が覚める。……だから、その時までに君も、自分の笑顔を取り戻して欲しい。この子のためにも、君自身のためにも」
「僕、自身の……」
架の掌から、「人」の肌の温もりを感じて。機械の体でありながら、竜斗は自分の中にある「人」としての想いを見つめていた。
『そういう人を思いやるところ、私は嫌いじゃないよ。でもね、人のためにしか働かないような奴は、自分も他人も幸せには出来ないの』
『まずは、あんたがちゃんと幸せになりなさい。誰のために頑張るとか、そんなことはそれからよ』
――やがて、彼の脳裏にカオルの言葉が過っていく。
誰のためでもなく、自分のために。周りの誰もが、自分にそれを求めている。カオルも、了も、慶吾も、佳音も、ここにいる架も。そして恐らくは、間阿瀬浩司も、父も。
その願いを受けて、竜斗は静かに立ち上がる。か細くも、どこか逞しい彼の背中を、架は穏やかに見守っていた。
「先生……芝村君のこと、お願いします。僕には……行かなきゃいけないところがあるから」
「あぁ。……行っておいで」
そして、架の優しげな微笑を背に受けて。竜斗は黒の半袖パーカーを靡かせて、病室を飛び出していく。
――行き先は、決まった。後はもう、進むだけだ。
◇
夕陽が沈む中、アトリの裏手にあるログハウスまで帰ってきた竜斗を待っていたのは、カオルと了の2人だった。
リビングでトランクを開いていた彼らは、竜斗の眼を神妙に見つめている。
「……あなたの様子から、大体の察しはついてるわ。慶吾君は大丈夫だった?」
「有名な先生が付いてるし……大丈夫、だと思う」
「彼はニュータント犯罪の被害者を、何人も診てきた実績がある。橋野先生なら間違いないさ」
「やっぱり……神威さんが手配してくれたんですか?」
「俺は彼に、芝村君のことを教えただけだ。……尤も、彼がニュータント犯罪の被害者を放っておくなど、万に一つもあり得ないがな」
了はほくそ笑み、トランクの中に詰められた装甲強化服を取り出していく。重々しい鉄の音が、このリビングに厳かに鳴り響いた。
竜斗は意を決したように息を吸い、無言のままそれに手を伸ばす。もう、躊躇いはない。
手に、足に、胴体に、頭に。鋼鉄のプロテクターを、一つ一つ装着していく。
『
――やがて。全ての装甲を身につけ、装着完了を報せる電子音声が流れた時。
そこにはアーヴィング・J・竜斗ではなく……新たに誕生した、1人のヒーロー「レイボーグ-GM」が佇んでいた。
赤を基調とした胸のアーマーには「RAY-BORG-GUILTY-MASER」と刻まれ、その他の部位は白い装甲で固められている。左腕には赤い円形の盾が備えられ、手脚には赤い手袋とブーツが装備されていた。スマートなラインを描く白銀の装甲服は、眩い輝きを放っている。
さらに頭部を保護するフルフェイスの仮面には、翡翠色の凸字型バイザーが備えられ、その口元は露出していた。頭頂から後頭まで伸びているトサカ状の突起物は、さながら鋭利な刃のようだ。
――そして、右手の甲には。黒塗りの銃砲が備え付けられていた。
「これは?」
「9mm口径アームブースター。君の体内に循環する指向性エネルギーを、銃口に収束させて放射する機構だ。一点に集中し、先鋭化された熱線はニュータントの皮膚だろうと容易く貫ける」
新たな力。ニュータントさえ穿つ超兵器。それら全てを一度に手にした竜斗は、全身に漲る力の昂りを感じていた。
――これが、自分が持っていた本来の力なのだろうか。気を抜けば、瞬く間にこの力に飲まれてしまいそうになる。……そんな恐ろしさが、彼の脳裏を過っていた。
ならばその前に、佳音を救出してこれを外さねばならない。そう思い立った竜斗が、先を急ごうとした時だった。
「待ちなさい竜斗。……ほら、これ」
「……うん、そうだね」
カオルは竜斗を呼び止めると、彼が愛用している黒の半袖パーカーを投げ渡した。それを受け取った竜斗は、彼女の意図を察して――スリムに引き締まった装甲服の上に、それを羽織る。
これを着ていれば、佳音もすぐに竜斗だと気づくだろう。せめて、なるべく早く安心させてあげたい――という思いが、この行動へと繋がっていた。
「……ごめん、カオルさん。心配かけて。……でもさ、今の僕が、僕のために1番やりたいことが……これなんだ」
「分かってるわよ、そんなこと。いつかはこうなっちゃうって、私も分かってたしね。……さ、早く行って。男の子なんだから、女の子はちゃんと守ってあげなさい」
「うん……行ってきます!」
やがて、意を決するように顔を上げて。竜斗は了と頷き合うと、カオルに「出陣」を告げ――ログハウスの外へと飛び出していく。
そして、愛車であるオフロードバイク「TM250F」に跨り、颯爽と夜の摩天楼へと走り出していくのだった。
――そんな彼の背中を。屋上に留まっていたクゥが、見えなくなるまでじっと見守っている。
「……ここまで散々、あの子を振り回してきたんだもの。最後にあの子を不幸にして見なさい、私が承知しないわ」
「……もちろん、分かっていますよ。あの子なら、きっと大丈夫。……そう信じたからこそ、私はアレを持ってきたのですから」
真紅に塗られたオフロードバイクを駆り、夜景に彩られた東京の街へ消えていく竜斗。その背中を見送った後、了とカオルはログハウスの中へと引き返していく。
――その奥では、淹れたてのコーヒーが香っていた。
◇
晴海ふ頭公園。
中央区観光協会により夜景八選に選ばれているだけあり、夜9時を迎えた今の景観は、絶景の一言に尽きるものだった。
「……」
「……来たか」
その広場の中で、人を待つ男女が2人。男はある者がここに来ることを望み、女は来ないことを望んでいた。
手足を縛られ口を塞がれ、抵抗もできない佳音。そんな彼女の傍らで、柱に背を預け腕を組んでいた雄馬は――こちらに近づくバイクのエンジン音を聞き、閉じていた瞼を開く。
――刹那。高鳴るエンジン音と共に、真紅のTM250Fが飛び出して来た。広場を駆け抜けるオフロードバイクが、エンジンを唸らせ2人の前で停止する。
黒いパーカーを、夜風に靡かせて。
「……!」
それを目にした佳音は瞠目し、眼前にいる装甲強化服を着たヒーローの正体を悟る。そして、つぶらな瞳からぼろぼろと雫を伝せ、視線で叫んでいた。
――ごめんね、ごめんね、と。
「やはりな……! やはりてめぇだったか! 生きてるかも知れん、とは思っちゃいたが……まさか本当に、てめぇとこうして相対出来るとはおもわなかったぜ。――レイボーグ!」
一方。1年前からの因縁で結ばれた「ロボット」との再会を果たし――蕪木雄馬は、獰猛に嗤っていた。
「僕のことを知っている、ということは……そうか、あなたが……!」
「そうとも。てめぇの親父の、そしてその仲間達の仇さ。……どうだ、俺が憎いだろう。殺したいだろう? いいぜ、てめぇの殺意を全部ぶつけてきな!」
「……」
そして、竜斗の憎悪を煽るために自らの正体を明かし――ニュータントとしての能力を発揮すべく、真の姿へと「変身」する。
――全身を固める、ダークグリーンの
それが、蕪木雄馬の変身態――チュパカブラ・ニュータントであった。スマートなシルエットを持つレイボーグのボディとは対照的に、その体つきは非常に筋骨逞しい。
「さぁ……始めようぜ? 人と、機械のマダラ野郎。てめぇを潰せば、奴らも全員犬死にだなァッ!」
「……いいだろう、見せてやる。人と機械の――マイブレンドッ!」
そして。1年ぶりの再会を果たした両者は、今。
この夜景に彩られた広大な戦場で、雌雄を決しようとしていた。
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