第八章 “S”EKIDO
マッハの勢いで飛ぶ男の肉体、その傍らには女の姿、二人固く手を取り合い、淡く発光した全身は星をも欺く輝き。ジェット機よけつつ進むその先に何があるのか、ただ体引かれるままに飛行する心境、奇妙に凪いで穏やかで、不安がまったくないとは言えぬまでも、今日起きてから身に起きたこと考えれば、同じ思い共有した存在が隣にいるだけでも心強く、離れるはずもない手の平ギュッと握り直す。これを見た人間は言うだろう、人間が磁石になるものか!と。人間が電磁石になるものか!と。しかり、だがしかし、目を疑う光景でもこれは現実。疑りぶかいものは言うだろう、すでに二人はこの世のものではなく、あの電圧に肉体消し飛び蒸発したか、あるいは灰となり風に舞い散ったか。この風景は死の間際の幻想にすぎぬと。されどここに飛ぶ男女の顔を見よ、文字通り光り輝くその表情、精気満ち、喜び溢れ、生まれてこの方味わったことのない充足感。真の意味で引かれあった二人を遮るものは何もなく、今初めて本当の一体となれたのだといわんばかり。
流されるがままに飛んでいた肉体、突然の急ブレーキに二人一瞬手が離れ、しかし電磁石人間となった彼らに恐れるものはなく、微笑み腕伸ばしまた体寄せ合う。見渡せば遥か遠く一面の雲景色、上見上げれば星空で下覗けば大海原と、この星の美しさ凝縮した景色に溜息ついて見惚れるばかり。地上数千メートルの高度、猛風吹き荒れ温度は氷点下、とても生身の人間には耐えられぬ環境なれど、二人にはもはや関係ないことと、互いの体摩れば散る雷光、その痺れる熱さにて暖を取る。
互いに酔った二人はいざ知らず、地上では今現在大混乱の真っ最中と陥っていた。地球という巨大な磁石の釣り合いは男と女の存在によりたやすく崩れ、考えなしに放たれた電磁波すでに地球全土を覆い尽くし、その影響はあらゆる電気機器へと投げられる。電話は通じず、パソコンも壊れ、テレビが見えずラジオが聞けぬとなれば今の状況もとんとわからず、ナビは壊れ道に迷い、信号機狂って衝突する車、電車のダイヤは修復絶望、飛行機すら離陸不可能で、先ほど二人の横通ったジェット機は今しがた緊急着水し、間近の漁船に拾ってもらえているのが不幸中の幸い。そんなこととは露知らぬ二人面白半分に体すりあわせるが、そのたびに発生する電流全人類の生活脅かす。このままいけば人々の暴動、国同士の戦争、人間全体の生活も危うくなると原因探る各国調査部隊、しかし宙に浮く人間の姿はあまりに小さく見つけるのは至難の技、そのうちレーダー動きを止め、すっかりお手上げのお偉いさんがた、嗚咽をこらえ首脳大統領にご報告。本日もって地球はおしまいですとスピーチ内容書く側近、紙に数滴涙落とし、見ているものもつられてよよと泣き崩れる始末。
あまりに急な人類滅亡の危機と、慌てて腰上げたのは我らが御地球殿。このはた迷惑なカップルをまずは隔離と天高くへ放り投げ、何とかバランス保てるようにと二人が留まらせるその場所は、地球の中心赤道の真上。南極点から北極点へ、ぶすり通った地軸の両端、そここそがS極N極の頂点、そのちょうど中央に浮かぶ男女の体ギリギリのところで磁力のつり合い保ち、今は地上も小康状態。少しでも動けば再び人びと狂乱の渦へと舞い戻り、余計なことしてくれるなとすべての生命が固唾飲んで願う二人、今まさに最大級の余計なことに手を出そうとする最中。それが吉と出るか凶と出るかいまだわからず、いわばこれは地球巻き込む大博打。
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