第七章 “S”OUDENSEN

「電気、そうか、その通りだ! そうと決まれば電気を探そう」 


 類まれな閃きにすがる男女、当然のことながら女は電磁石の仕組みなど知らず、電圧電流電気抵抗など考えもつかず、先日見た感電死のニュースも頭からすっぽ抜け、つまりはすでに頭沸いていたとしか思えない思いつき。しかしここにはそれを訂正する存在はなく、向かう先が破滅とも考えず電気電気とうろつく姿、無知が命を危険に晒す様、いかに教育が大切か、その手本のような体たらくといえる。電気といえば乾電池かコンセントぐらいしか頭にない両者、こんな野外の橋の下に目当てのものが見つかるはずもなく、もはやここまでかと天を仰いだその先、視界に入るはそう、風に揺らめく黒い電線!


「おおお!」


「オオオ!」 


 二人同時に雄たけび上げ、天に手を伸ばし踊らんばかり。空を分断せしめる黒い線は幾本も束ねられ、あちらの電柱からこちらの電柱へ。男再び女の手を取り、柱の元まで走り寄り、躊躇うそぶりも見せずに昇りだした。女が先に男が後に、時刻はすでに午後8時を回り、暗闇の中電柱這い上がる半裸の女と全裸の男、人が見たらば爆笑かトラウマ必至の珍光景、されど二人は真剣そのもの。男頭上見上げるとTシャツの奥に覗くプッシー、暗がりに目を凝らせば白く沢流れ出るクレヴァス、常ならばパンツ脱ぎ捨て飛びつくところ、今は脱ぐ服すらもなく飛びつくための足場もなし、下腹部の息子も今ばかりはやんちゃを控え、ただ粛々と手足動かす。一段昇れば父の顔、二段登れば母の顔、今までの人生しみじみと思い出され、これは天国へ導く階段か、もしくは処刑へ続く十三階段か。辿りついたは柱の頂上、てっぺんに手をかけ顔見合わす二人、その眼すでに正気とはかけ離れ、交わす言葉も見つからず、見つめあう目も閉じぬまま近づく唇まさにN極とS極のごとく。視線も舌も絡ませて、片手持ち上げ指も絡め、もう片方の手は互い後ろに伸ばし、二人目を閉じたが最後同時に握る送電線の束!


「ぎゃああアアアア!!」


「ぎゃああアアアア!!」 


 重なり合う悲鳴は空をつんざく勢い、ついに電流流れたその体、一瞬全身の骨透けて見え、手を取り合ったまま硬直の姿勢。よく見れば体からは黒く煙上げ、白目向いた顔、引き攣った腕、つまりは皆の想像通り、哀れ黒焦げとなった肉体魂抜けて、そのままぐらりとゆらぐが最後地面に真っ逆さま。握り合った手は離れず二人寄り添ったその姿、明日の朝には奇妙な心中死体として三面記事飾るだろうと、神すら目を離したその時!


「「………!!!」」 


 なんと、瞠目せよ皆の衆、黒く燻る二人の男女、その焼け焦げた体はふわり宙に浮き、そのまま高く天へ上ってゆく! 電柱も遥か過ぎ徐々に加速する肉体、目を凝らせば見えるかすかな変化、ひび割れた皮膚の奥から、眼孔から、塞ぎあった口中から、にじみ出るような光はなんだ? 生まれたての蛍が次第電球へ、電球が次第電灯へ、電灯が今や空に昇る太陽へと、見る間にまばゆさを増す一組の男女。星も輝く夜空の中で二人の周りは神々しいほど光々しく、それはいうなれば神話の一風景。一糸まとわぬ男と女が天に昇るその周り、ラッパ吹く天使か花撒く天女か、止まることなく上昇する二人を祝福するかのようなその様子、現実とも思えず、現実かもわからず、ただ再び静かに目を開けた光輝まとう二人、火傷の痕もすでになく、言葉も介さず見つめあっては今再びの口づけを交わした……。 

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