第五章 “S”ATETSU

 女の部屋から逃げ出した男、濡れた下半身拭う間もなく、冷えた体液は不快なれど、そんな些事に気をもむ余裕はもはやなし。足もつれさせて逃げ込んだ先は昼間来たあの公園、通常なら二度と足を踏み入れたくもないこの場所も、混乱極めし今の男が気づくことはなく、腰下ろしたそのベンチは奇遇にも昼間と同じ場所。頭抱えて唸り始め男が思うことは、当然先ほどの大事件。射精の直後抱きしめあう暇もなく、互い弾け飛ぶように離れたその体、二人のうちどちらかが突き飛ばしたか、あるいは姿勢崩してベッドから転がり落ちたか、何とか納得できる理由を捻りだそうと足りない頭抱えて目を回し、すでに日も落ちた公園の片隅、汗かいた体は熱失う一方。どうにも狐につままれたような、出られぬ罠にはまっているようなぞっとする気持ちになり、思わず女置いて部屋飛び出した自分にも嫌気がさしていた。どこへ行ったらいいかもわからず、部屋戻るのも恐ろしく、また何か起こったらと思うと下手に動くこともできず、ただ我が身を抱いて震えるばかり。


 今朝からの出来事思い出す。ひとりでに噛みつく剃刀、チンに侵入するパチンコ玉、公園では鋼鉄にめりこみ、そしてさっきの性行為。跳ねる刃物、動く金属球。磔になった我が身。反発しあう男女! そう、それは目に見えぬ力の所業! いまだ答えに辿りつかぬ男、唸りながら瞼の裏見つめ、その足元から這い上がるは5度目の襲撃者、しかしその気配に気づく余裕はなし!


「お……おおッ?……オオオッ!?」


 さあ今始まる悪夢の再来、男が異変に気づいた時にはもうすでに遅く、暴虐は形を変えて襲い来る。男の座るベンチから約5メートル、寂しい公園の数少ない彩り、長方形に区切られた砂場はここしばらく晴天に乾ききり、目に砂入って疎ましいとぱちぱち瞬き、しかしどうもその量が多いように思え、顔あげて目を凝らしたとたん驚愕にあげた悲鳴は今日一番の金切り声!


「キヤアアアア!!?」


 見るものすべて目を疑う、奇術魔術のごとき光景。砂場の上そびえるは黒く蠢く謎のオブジェ、暗闇に身を隠し、男に今迫りくらんと! 夕暮れの赤もすでに跡形なく、空の暗さは秒ごとに濃さを増し、それにつれてその黒い巨物ますます見えづらく、余計に煽られる恐慌。その大きさは約3メートル、ざらざらシャカシャカと音を立て、流れ落ちてはまた戻り、常に定まることのないその形、じわじわと砂場中央から動き、向かう先は紛れもなく我が肉体。男ベンチから飛び跳ね呪われた公園脱出しようと試みるが、行く方向にはゴーレムの巨体、しかも見る間にその大きさ増し今や5メートルは下らぬ! 上方見上げて間抜け面晒すその隙、足元に絡みつくこれまた黒の流動体、男他愛もなくその場に転がされ、尻もち着いたまま蹂躙を待つよりほかないその心境、魔物にとらわれた処女がごとく!


 体飲み込まんと近づく姿眺め、男ここに来てようやくたどり着く真実。剃刀、パチンコ玉、滑り台、これら全て鉄製の物体。鉄を引き付けるものといえばそう、磁石、磁石、磁力! 何の因果か運命か、男は今日を持って、磁力を帯びた人間と再誕したのだ。超・強力・磁力人間、男!!


 断末魔叫ぶ暇もなく、全身覆い尽くす黒い砂、今となってはもうわかるこの正体、幼いころの理科実験が懐かしい、磁石に引っ付く砂といえばそう砂鉄に他ならぬ! 体内に潜ろうと皮膚食い破るもの、鼻の穴からのどに向かうもの、腹に巻き付き締め上げるもの、微細なる小片は一つの目的の元統率し、男の体と一体化を目指す。毛穴の一つ一つまで染み入らんとする執念、顔となく足となく全身叩いて絶叫するその姿、遠くから見れば奇妙な踊りのようでもあり、近くで見れば狂人の発作。状況で言えばパチンコ店内のそれと同じ、しかし違うのは襲い来るものの大きさ、指でつかんでもするりと抜ける黒い悪魔は、肉体のあらゆる隙間を縫って絡みつき、着実に体内侵入を目指す!


「アアアアアアアア!!」


「動くんじゃないよあんた!」


「アアア!?」


 割れた叫びのみが轟く公園内、突如響く凛々しい声、黒く染まった視界凝らせば、そこにいるのはあの女の姿。服整える間もなく駆け付けたのか、でかいTシャツ1枚ひっかむり、突き出す白い生足もまばゆく、男はこれが天の使いかと手差し伸べ、しかしすぐにそれも砂鉄に埋もれる。


「ファック、これでも食らえ!」


 女公園に走り込み、流れるような動きで水道へ。手に持ったホースつなぎ、蛇口全開にぶちまけられた水が狙うは当然男の身体! 見る間に湿る砂の怪物、一部は水流に飛ばされ地面に落ち、一部は液状化して体表を剥がれ落ち、しかし大部分は重み増して余計男を押しつぶす。しかし塊となったそれは間にいくばくかの隙間を作り、このチャンス逃してはおしまいと無我夢中の男、火事場の馬鹿力死に物狂い、ついに抜け出す漆黒の抱擁、なおも追いすがる鉄の巨体エイとばかりに足蹴にし、女の元走り寄るその姿はすでに全裸。イチモツ揺らし駆けよる砂まみれの男にウっと一瞬顔そらし、しかしすぐに気持ち立て直し今キレイにしてやるとホース握り直す女、ダメ押しの放水狙うはそう股間に下がる肉ホース。


「ぎゃあああ!!」


「耐えろ!」


 息子千切り飛ばさんばかりの水圧に、男再び悲鳴上げ、思わず下腹部押さえようと手伸ばすも、女が寄越すは叱咤に平手打ち。激しい水流から逃げまどいグリングリンと回るペニス、さながらアルプスに立つ風車のごとく、おっとこれはたまらず失禁、自ら黄色い水撒き散らすプロペラの姿これもはや水車と呼んでも異論あるまい! 女とて何も嗜虐心やら恨みつらみやらまたは己の趣味から股間狙うわけではなく、男の全身見回して確かにここがもっとも砂鉄のこびりつき多い場所。これは思えば銀球の件思い出してもそうであった。細かい砂のことならば、パチンコ玉よりたやすく尿道埋めるは自明の理、棒にとどまらず袋まで侵入許せばいずれ発射される砂鉄交じりのザーメン、白に黒交じりか黒に白交じりか見事なコントラストの粘液、それが向かう先が己の体内であったらと想像するだけでも身震いし、無論そこまで想像追いつかないまでも、女の本能は敏感に危険を察知、哀れな肉棒狙い撃ちの次第!


 男ついに倒れ伏し、口からあぶく吹いて痙攣、しかし出てくる尿にはもう黒い異物見当たらず、女蛇口止めて額の汗拭う。先ほど男襲っていた化け物今は崩れて消滅し、しかし、その黒い塊は砂場の上に横たわる。明日ここで遊ぶ子供たちに内心詫びつつ、男引っ張り起こして素早く逃亡。だが二人はどこへ行けばよいのか、女は自分の家を通り過ぎそれもそのはず、あの狭い部屋はいまや台風一過のごとき有様、包丁パソコンハンガーまで飛び交い、それらすべて鉄製の家具。そう、男の精液体に受けた女の体、すでに元の様にはあらず! 今ここに寄りすがる二人、超・強力・磁力人間、カップルなれば!!

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