第四章 “S”ETSUMEI

 がくがく震える関節押さえ、やっとの思いで辿りついた女の家、赤いレンガ調の外見は若い女性呼び込もうと華やかな見た目、しかしその壁には幾本もの日々が入り、大家が誤魔化し石膏など詰めているものの、安普請の手抜き具合は目に明らか。その証となるではないが、4階建てマンションのエレベーターはいつ来ても修理中、バリアフリーなど気にもかけないその処遇、普段なら舌打ち一つで階段上るが、満身創痍の今の男にはあまりにむごい仕打ち。延々と連なる段差に目まいしつつも、ただ見知った肌に慰められたいと必死に這い上がる心境、母の胸元求める赤子のそれにも似て男の混乱物語る


ようやっと登り切った3階、他の住人に会わなかったことに感謝しながら目指す4号室。目当ての部屋にはいつも南国調の名札がかかり、赤いハイビスカスの色は男を歓迎するようで、思わずもう一粒の涙がこぼれる。早くあの熱いバストに埋もれたいと心細さ8割色欲2割、先ほど火傷した指先ためらいながらつと伸ばし、玄関チャイム鳴らして返事待ちするが、ドアホンからの返答はなく、カギ開ける音も声も聞こえず、よく見れば部屋は暗いまま。何度鳴らしても返るものはなく、男怒鳴る気力も生まれず、ただ一気に力が抜け共用廊下に座り込む。震える指で携帯取り出し、女と連絡取ろうと試みるも画面はなぜか暗いまま。パチンコ店か滑り台か、原因もわからず連絡も取れず動く力ももはや沸かず、目を閉じてただ呼吸するのが精いっぱいの極限状況。先ほど出た鼻血は止まったものの、今朝の剃刀傷が再び開き、のど元伝って襟を赤く汚した。


「あんた、何やってんのそんなとこで!」


 唐突に響く声、はっと横向くと見慣れた女の顔、膨れたビニール袋手にしたその姿どうやら買い物帰り、怪訝そうに眉間に皺寄せ近づくその姿、まるで女神のように光り輝き、出払っていたことへの文句も忘れ縋りよると、ぎょっとしたように一歩後ずさる。


「あんた、えらい血ぃ出てるじゃないの、一体どうしたってのさ」


「色々あったんだよ、とにかく中に入れてくれ」


 厄介ごとに巻き込まれてはたまらないといぶかしむ様子の女急かし、やっと入った部屋の中、狭い室内泳ぐように奥へ進みいつもの場所へ。パイプベッドの横に腰下ろし、一心地付けたと思いきや飛ばされる怒声、投げられたティッシュで血を拭う。女ちらちらとこちら窺い、心配していないわけではないが、まずはこちらが先と買ってきたものを冷蔵庫へと入れる冷静さ。生活感ある所作に男も平静取り戻し、ぽつぽつと今日の出来事語る。洗面所での負傷、パチンコ店での転倒、公園での火傷。生返事しながら聞く女がどのくらい信じているのか心中察せず、ただ言葉にすることであの不可解な出来事いくらか腑に落とせるような気がして、息をするたび走る疼痛も無視し語り続ける。冷蔵庫閉め隣に腰下ろした女の手には小さな救急箱、顎を消毒液で拭い取り、染みる痛みに呻く男叱咤しガーゼ当て、切れた唇、焼けた手の平、強打した脇腹と順に手当て。慣れてはいないが丁寧な手つきに気も緩み、実はこちらもとベルト緩めそうになったが、ここで放り出されちゃたまらんと真面目な顔取り繕う。


 与えられるままに菓子パン貪りようやく時計眺めると実に午後4時前


「夕方来るって言ったじゃねえか」


「あんた夕方って言って6時前に来たことないじゃないのさ」


 返される言葉に反論のしようもなくうなだれ、ただいつもと変わらぬ調子に心はほぐれ、つい甘え心が胸に満ち、女の肩に頭預けて寄りかかる。腹が満ち疲労もあり目を閉じると意識が飛びそうで、しかし鼻孔くすぐる女の体臭、ほのかな汗の匂いも甘く、つい活性する男の性、そのまま体ずらし胸元に顔寄せ深く呼吸する。やや薄めのバストには虫刺されの痕が浮かび、首筋辿れば誰の者とも知れぬ鬱血痕、さすがに良い気分はしないものの互い束縛しあう関係ではなく、昨日は昨日今日は今日と楽しむつもりの男の脳内はもはや怪我の原因などそっちのけ。ベッドに乗り上げ上着脱ぎ、ガーゼ引っ掛かり苦労する様子に女は思わず手助け、焦らすそぶりもなく自分の服脱ぐと自ら上に乗って胸を押し付け、かぶりつくように唇寄せ合う。


 互い口中絡ませあいながら手だけは股間まさぐり、そそり立つ肉棒に指添えてにやりと笑う様子に嬉し涙零す切っ先、その量の多さは興奮ゆえか、あるいは昼間銀球に犯されやや緩んでいるのか、ともかく男性機能失っておらずやれ幸いと思わず上からも嬉し涙。女にせがまれるまま熱い潤みに指差し入れ、わざとらしい嬌声も今は嬉しく、いつになく奉仕の心持ち。手のひらで陰毛遊びつつ洞内探る指先、埋没しては抜け出るその仕草は例えるならイソギンチャクに捕らえられた小魚。のけ反る女の息はすでに荒く、室内の熱気は高まるばかり。汗で滑る肉体は小指ほどの隙間もなく、一つに溶け合ったような二人の体、付けたままの電球はぬらぬらと光反射し湯気すら余さず照らし出す。自然目線合わせ頷きあい、更なる深い結合へと姿勢変えるその姿、引っ掻きあう傷も情欲を駆り立て、音立てて舌吸いあう狂態。獣を真似て一声叫ぶが早いか、男充溢する粘膜へと今侵入を果たした!


「ああああ!!!」


「アアアア!!!」


そして時間は現在へと追いつく!

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