第11話 試験

 夕飯はシチューにパンというシンプルなものだったが、味はおいしかった。家で食べてたものとはまた違った味を楽しむことが出来たので満足である。


 そして次の日、いよいよ本試験当日である。


 いつものようにトレーニングを終え、朝食を済ませるため食堂へと向かう。


「あら、ルティアス君今日試験だっけ?」

「はい!」

「じゃあ早速朝ごはん食べていきなねっ おばちゃん張り切ったから」

「ありがとうございます!」


 食堂ではおばちゃんが笑顔で出迎えてくれた。こういう感覚は新鮮で、第二の母のようでついうれしくなってしまう。きっと前世でもこういうことを経験していなかったからだろう。


 朝食はパンとアグバードという鳥肉の入ったスープ、それにミラの実だ。一見簡素な朝食だが、アグバードは高値で取引されることもある鳥でその味はどの鳥肉料理に使っても変わらない。口の中でほろりと融けるあの感覚は食べる者すべてを魅了する。


 そしてミラの実はデザートとしてこの国では有名な果物で、王都近郊の特産品でもある。酸味と甘みがちょうどいい柑橘系の果物である。


 満足に食事を終え、そのまま試験会場である王立エルメス学園に向かう。


 王立エルメス学園は居住地区から外れた場所にある。”銀の杯亭”は居住地区のはずれにあるが、商業地区方面にあたるので学園とは真逆にある。そのため公共の馬車を使って学園まで向かう。馬車の中には何人か受験生らしき姿の人たちもいて少し緊張してくる。


「ここが、学園……」


 学園前に馬車が到着して降りると、目の前には巨大な門があり、その奥に貴族の屋敷を彷彿とさせる大きな建物が建っていた。


「入学希望の方は、右の建物に行ってくださーい!」


 門の前では制服を着た生徒が受験者の誘導を行っていた。受験者はそちらへと列を作ってぞろぞろと流れていく。ルティアスもその流れに付いていく。


 建物に入り、目の前の受付で受験票を渡されると、その番号がある教室へと向かうように指示される。


 教室に入ると、階段状になった机にすでに多くの生徒が入っていた。黒板に張られている座席表をもとに自分の席に座り、そのまま瞑想に入った。正直ここまで他人がいるところで試験を受けるのは初めてだ。もちろん試験自体も初めてなのだが、とりあえずそわそわしていても恰好がつかないので、リラックスするために体内の魔力を感じながら待つことにした。


 しばらくそうしていると、試験官が教室へと入ってきた。


「それでは、まず筆記試験を始める。 本などはしまっておくように。 これから筆記用具を配るので全員に行き届いたら試験の紙を配る。」


 試験は筆記用具くらいは持っていくものではないのかと思っていたが、学園では貧しい家庭の人も当然受けに来る。さらに魔導具の持ち込みを禁止すための措置なのだそうだ。一度興味があって調べたことがあるが、筆記試験の時カンニングが出来るようになる魔導具なんかがあるらしく、どこの世にもそういうことに一生懸命労力を割く人間はいるんだなと逆に安心した。


「始め!」


 チャイムと同時に一斉に紙をめくる。


「……まじかよ」

「そこ、私語は慎みなさい」


 早速問題を解こうと問題を読んで思わず声に出すほど驚いてしまった。問題構成はこの国の歴史10問、魔法理論10問、兵法10問といったものだ。紙に書かれた問題は全て本で読んだことがある内容だった。いやそこまでは正直予想していたが、


(まさか、基礎中の基礎しか出題されないなんて……)


 正直発展問題まで予想していたルティアスにとってこの試験のどこが難しいのか全く持ってわからなかった。各大問に1つずつ応用問題もあったがそんなものは大したことはなかった。そのくらい物心つく前から本に埋もれていたルティアスにとって1+1を聞かれているようなものだった。


 結局試験時間を大幅に余らして、チャイムが鳴るまでひたすらぼーっとしているだけだった。


「それではこれより実技試験を行うために移動する。付いてきなさい」


 そういって試験官に案内されたのはだだっ広い室内グラウンドだ。この門の地図で確認したが、この学園にはグラウンドが10ある。そのうちの一つである実技演習場Cというグラウンドに来ていた。


 まわりにはすでに別の教室で受けていた受験者たちも集まっていた。どうやら自分たちが最後のようだ。一か所に整列し、試験官の説明を受ける。


「ここからは実技試験になる。 ここでは君たちの実力を測るため、冒険者の方々や我々教員がそれぞれの実力を見ていくことになる。」


 試験は魔法実技から始まり、武器の扱いを1対1で見ていく。武器はいろいろとむこうで用意してくれているのか、幅広い武器がグラウンド端のテントに置かれていた。


「受験番号を呼ばれた者から順に試験を行っていく。それまでは控室で待つように」


 控室は男女別で用意されており、グラウンド横に併設されている。


 受験番号の順番で呼ばれるため、ルティアスの受験番号は130番。今回の受験者数は150。あのグラウンドから考えて一回に受験できるのは10人ほど。つまりだいぶ後ろのほうで呼ばれることになる。


 周りを見渡すと、友人と会話してる人や瞑想している人など待ち方は自由である。ルティアスも呼ばれるまでは適当に瞑想して待つことにする。


「おい、お前ここは場違いじゃないか?」

「……」

「お前に言ってるんだよ!そこの黒髪っ」

「?俺か?」

「そうだよ、黒髪お前だ」


 他人が瞑想をしてる最中に邪魔をするとは不届きな輩だ。


 しかしそんなことには気にも留めず、目の前の金髪の男は続ける。


「お前みたいなやつがどうやってここの試験を受けているか知らないが、俺たちを侮辱しにきたのか?」

「そんなつもりは全くないんだが……」


 正直ルティアスはまだ王都の常識というものを知らない。だから何か失礼なことをしたのかと困惑していると、金髪の男とその取り巻きらしき連中は急に笑い出した。


「なんだ、お前。知らないのかよ?お前みたいなディフェクターはこの学園には相応しくないんだ。な?わかったら出て行けって」


 努力して魔法を身に着けていたルティアスはすっかり忘れてしまっていたが、黒髪はディフェクターとして魔法が一般的に使えない人種として知られているのだ。魔法が最大の戦力と考えているこの世界においてそれは致命的とも言えるものだ。だからこそ文官ですら黒髪や白髪は少ないし、貴族となればもっといない。


 ただルティアスにも言い分はある。


「ここは別にそういう差別的なものはないと聞いたが?」


 そうだからこうして本試験を受けることが出来ている。


 金髪はイライラを隠そうともせずに迫ってくる。


「それは建前に決まってんだろ?お前みたいな貧民には理解できないことだろうがな!」


 一応これでも男爵家の息子なのだが、それをわかっていってるのだろうかこの金髪は。これでことが大きくなってしまえば貴族同士の問題にもなる。


「51番から60番準備しなさい」

「ちっ」


 にらみ合っていると、試験官が呼びに来てそのまま金髪は行ってしまった。ああいう傲慢な輩はどんなにつぶしても貴族社会という背景からいなくなることはないのだろうなと思うと悲しくなってくる。


 とまれ、うるさいのがいなくなったのでルティアスは瞑想に戻った。



「121番から130番準備しなさい」


 ようやく自分の番が回ってきてグラウンドに出る。


「それでは一人ずつあの5つの的に魔法を当ててください。終わった人から1対1の実技に移っていただきます。」


 10メートル先に用意された丸い的に魔法を当てるという簡単なものだったが、それ故当てるだけではだめだとルティアスは勝手に解釈してしまっていた。


 他の受験者が簡単なファイヤーボールなどで的に当て、的が煤けるだけにとどまっている中、ルティアスの番がやってきた。しかしいざ魔法を放とうとして一人の試験官に止められた。


「待った。ルーア先生、彼はこの試験できませんよ。」

「そうですか?」

「だって、彼はその……ねぇ」

「ミルトン先生、そういう差別的な言動はよくないと思いますよ。 でもまあ私も賛成ですが。」


 この試験官たちのやり取りを見ていたルティアスは心底腹立たしくなった。人がどれだけ毎日苦労していると思ってるんだろうかこの人たちは。もういい、あとは全力で目の前の的を破壊するだけだ。


「先生方、人の可能性を勝手に閉ざさないであげてください」

「あ、あなたは……」

「いくらA級の冒険者となったからといって、試験官にケチをつけるなよ」

「せ、先輩!」


 そんなやり取りは最早ルティアスには聞こえていない。すっと右腕を伸ばし、頭の中で魔法式を構築していく。放つのは五つの爆炎。周囲が魔力によって吹き荒れる。


「こ、これはいったい……」

「何故だ…?」

「……」


「ファイヤーショット」


 ルティアスの魔法は一瞬にして全ての的へと着弾し、爆炎を上げた。そしてその破壊力故にすべての的が跡形もなく吹き飛んだ。


「ふぅ」


 魔法を放ち、すっきりしたルティアスはそのまま試験官の元へと向かう。試験官たちはいまだに何を見せられていたのか不思議でならないといった感じに呆然としている。


「次、1対1ですよね?」


 先ほど説明してくれたルーアと呼ばれていた女性に声をかける。


「はっ、で、では次の試験相手は――」

「私よ」


 不意に声を発した方へ振り向くと、懐かしい燃え盛るような紅い髪を揺らした女性がそこに立っていた。


「……カミラ姉さん?」

「久しぶりね、ルティアス!」


 そういって抱き着いてきたのは、現在王都で冒険者として活躍している姉のカミラだった。

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