王立エルメス学園編

第10話 王都

 王立エルメス学園はルイン王国の首都アインミラードにある由緒正しき学園だ。


 ここでは剣士科、魔法科のクラスに分かれて授業を行っていて、そこで自分の長所を伸ばすことが出来る。ここを出た生徒は冒険者になったり、王都で騎士や魔法士、文官になったりと就職先も幅広く用意している。


 ルティアスの姉カミラは剣士科を主席で卒業し、冒険者として活躍している。


「ここが王都……」


 ようやく王都に着き、検問所をくぐったその先に広がっていた王都はルティアスの想像をはるかに超えていた。


 まず街並みがかなり雑多でにぎわっているし、いろんな種族が行きかっていることに驚いた。身長が低いドワーフや耳の長いエルフ、獣耳や尻尾を生やした獣人など、どれも物語でしか見たことのない種族の人々だ。そして、中央に聳えているルイン城。クラッセル男爵の屋敷など霞んで見えてしまうほどに荘厳で巨大な建築物は、まさに権力の象徴とも言えた。


 すべてが完璧な中世の感じが出ていて、ルティアスは我を忘れて見入っていた。ここはまさに男のロマンが敷き詰まっている宝庫だ。


 目的の宿”銀の杯亭”に到着し、カウンターに向かうと既にお金は支払われているそうで、すぐに部屋へと案内してもらった。学園生活はこの宿を拠点にすることになる。一応寮も考えたが、門限や自由時間が少ないと聞いたので宿にすることにしたのだ。宿といっても一泊二日するような宿ではなく、長期宿泊用の宿だ。寮よりは少し値段が張るが、自由度を考えるとこういう宿にする学生も多いらしい。


 部屋はワンルームだが、貴族だからかかなり広い。全ての荷を宿に移し(荷物といっても筆記用具と本しかもってきていない)、必要な家具を調達するため王都を見て回ることにした。


 学園の本試験があるのは明日だ。

 

「本試験の対策なんて何にもしてないけけど、本当に大丈夫か?」


 父曰く、実力を見せれば最悪筆記はいらないと言っていたが、自分の記憶の中にある試験は筆記がすべてだったから少し心配ではある。


 特にルティアスは3姉弟の中で一番筆記が得意のはずである。姉のカミラが受かったのだからそこまで心配することがないということなのだろうが、こういうものはやはり緊張してしまう。


 そんな風に思いながらも、ルティアスは王都の散策に勤しんでいた。特に地図を持つわけでもなく、気になった看板があったら入ることにしていた。


 王都は自分の知らないことが多く、田舎から都会に出てくる者たちの気持ちが少しわかった気がした。通りではマジックを披露して観客を集めている者や、屋台を出している者、呼び子をしている者など様々だった。


 裏路地の方に入れば、大人が行くようなお店が立ち並び、昼間の時間帯である今は閑散としていた。男子たるものそういうお店には興味があるが、残念ながら子供の今では難しい。そういうものは二十歳になってからと心に決めていた。これはおそらく前世の記憶だろう。


 ひたすらいろんなところを食べ歩きながら、商業地区へと出た。ようやく本来の目的である家具を買うことが出来る。


 家具の相場がどの程度なのかは知らないが、父にもらったお金と自分が屋敷で魔物を狩って得たお金を合わせると相当な額になる。予算は気にせずに買うことにしていた。なんならオーダーメイドにしてもいいと考えている。


 それらしいお店を見つけ、中に入る。


 ”ロデリーの家具屋”と書かれた看板の店に入ると、中は魔法で大きくしているのか、外から見た時よりもずっと広々としていた。


「いらっしゃいませ、なにかお探しでしょうか」


 その広さに感動しながらあたりを見回していると、奥から店主と思われる人がにこやかに挨拶をしてきた。


「これは魔法で?」

「さようでございます。大きなものを取り扱っている家具屋では至極当たり前の魔法でございます。」


 これが当たり前のように扱われている王都はやはりすごいのだろう。本で読んだことがあるやり方でこの空間を拡張しているのなら、そこそこお金がかかる。これは自分の部屋にも早速施しておこうと決め、適当な家具をいくつか店主に見繕ってもらい、部屋の拡張が済み次第馬車をもってもう一度戻ってくることを伝え、お金だけ払って店を後にした。


 向かう先は魔石店だ。


 今回施す空間拡張魔法は、魔石に魔力を込め、そこに空間拡張魔法の術式を書き込み発動するのだが、本来はおそらく一週間に一度蔵のペースで魔石の交換を行い、魔力が切れた方は一週間かけて魔力を一週間分溜めるということを行っているはずだ。


 しかし、今のルティアスの魔力で一気に補充すれば一か月くらいは持つ。ただ、それに見合う魔石はやはりそのぐらい大きくなければならない。もしくはそこまでの大きさではなくても質があるものにしなくてはならない。


 商業地区の恥にあった魔石店に入り、そこで相場を確認する。


「10セルチで金貨一枚か」


 魔石の10セルチは大体空間拡張魔法一か月分に相当するもので、金貨一枚は宿に一か月滞在できるくらいである。


 この世界の通貨は金貨、銀貨、銅貨からなり、銅貨10枚で銀貨一枚。銀貨100枚で金貨一枚になる。


 ちなみに、王都に来た時に持っていたルティアスの所持金は金貨20枚と銀貨15枚で、さっきの家具屋ではテーブル、椅子、本棚一式で金貨一枚と銀貨15枚だったので、今は金貨19枚。


 一応予備のも含めて2つ買って店を後にする。


  しかし、やはり幼い容姿でここまで大金を持っているとさすがに噂にもなる。


「やあ、ボクぅ。ちょっとおじさんたち困っててさぁ」

「お金貸してくんない?」


 こういう輩は当然出てくる。相手は自分が年上であるから力が上だと完全に舐めている。おまけにルティアスは黒髪黒目ディフェクターであるから、むしろ舐めるなという方が無理があるのかもしれない。


「はぁ、こういう星の元には生まれたくなかったよ……」

「あん?なんか言った?」


 ルティアスも相手を舐めているわけではないが、正直チンピラが自分の父親よりも上だとは思っていないため、最早眼中になく、思い浮かべるのは自分の運命を勝手に決めたあの天使だろう。きっと今頃「呼んだ??きゃるーん☆」みたいなかんじでほくそ笑んでいるのだろう。


 あ、なんか腹立ってきた。目の前にはいいサンドバックがずっとあんあん言っている。俺は迷わず、本能の赴くままに相手の一人の懐に入り込んで鳩尾に一発。もう一人は何が起こったのか理解できていないといった感じでこちらを見ていたが、向こうが自分の仲間がやられたと気づいた時にはすでに顔面にルティアスの膝が食い込んでいた。


「さてと、馬車取りに行きますか!」


 まさに一瞬で片づけたルティアスは、この場を誰かに見られて大事になる前に、そう言ってその場を後にした。


 しかしルティアスは知らない。絡んできた彼らがこの王都でクラスBの冒険者であること。そして、目撃者がしっかりいた事。


「す、すごい!」


 建物の陰に隠れながら事態を伺っていたルナはそのあまりにも速い攻撃に感動していた。


 彼女はルナ・ロデリー。ルティアスが先程訪れた家具屋の娘だった。父に買い出しを頼まれたその帰り道、何やら裏の通りが騒がしいなと思い覗いていたらこの事態に出くわしたわけである。


 恐らく同年代であろう少年がまさに圧巻の動きを見せて年上の、しかも王都では有名なあの『アルデオ兄弟』に勝った。それも圧勝だ。


 彼女は明日の学園の本試験に気合を入れるべく、足早に家に帰って勉強するのだった。


「奥が騒がしいですね?」

「うちの娘がすごいものを見たらしくてですね。 何故だか張り切ってるんですよ」

「僕もそのすごいのを見てみたかったです」


 ”ロデリーの家具屋”に馬車を借りて戻ってきたルティアスは、他愛もない話を店主としながら馬車に買ったものを乗せて店を後にした。


 ”銀の杯亭”に戻ってきて早々、拡張魔法に取り掛かる。


 魔石に丁寧に術式を編み込んでいき、それに魔力を込める。明日が本試験であるため、実技で魔法を使う場合にそれを温存しておきたいため、とりあえず一週間分の魔力を注いで部屋の隅に放り投げる。ディフェクターであるということもあって、魔力を回復するのもすこぶる遅いのだ。今の持っている魔力をすべて使い切ったとして、一日休んでも前回には至らない。


 すると思い描いた通りの地下室を完備した二階建ての部屋が完成した。これで宿の二階の部屋に地下室完備の二階建ての家があるという何とも奇妙な構図になってしまった。


 ルティアスは満足げにうんうんとうなずき、家具を取り付けていく。本は1000冊は下らないほど持ってきていただけに、図書室のような部屋が二階に出来上がってしまった。一階には寝室やリビングといった感じで、地下は完全に趣味である。ここでは魔法の研究を行っていくつもりだ。もちろん必要とあらば拡張もしていく予定である。


 しばらく寛いでいると、窓からいい匂いが漂ってくる。”銀の杯亭”は朝食と夕食を用意してくれるので、部屋にキッチンはあえて作らなかった。


 ルティアスは今日の晩御飯が何かなと、ここでの初食事を楽しみにして食堂へと向かっていった。

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