第8話 最後の訓練1

「はぁっ」

「ふっ」


 日がまだ出始めた早朝。クラッセル男爵屋敷庭では、二つの影が激しく剣と剣を交あわせていた。


 1人はクラッセル男爵次期当主レオン・クラッセル16歳。短く整えられた金色の前髪が風で揺れ、その紅く燃え上がる様な瞳を正面の相手へ向ける。その姿はまるで燃え盛る黄金の獅子とも思えた。


 そしてそのレオンと相対するのはクラッセル男爵家次男ルティアス・クラッセル12歳だ。黒髪黒目の少年で、兄弟とは思えないほどに違いがある。



 ルティアスは12歳になり、いよいよ王都の学校へと入学する年齢になった。


昨日の夜、2人は父に呼び出されていた。


「ルティアスよ、お前も明日にはこの街を出ていき、王都の学校へと入学することになっているな。」

「はい」

「そこでだ、出ていく前にレオンと全力で戦いなさい。」

「え?」

「これはお前がどの程度成長したかを見る私の最後の訓練だと思えよ」

「はぁ……」

「レオンも全力でぶつかってやれ」

「はい、父上」


 今までも全力でやっていたが、父が初めて「全力でやれ」と言ったということは全てを使ってもいいということだろう。そうなるとルティアスにも勝ち目が生まれてくる。いやむしろ8割がた勝てると言ってもいいほどの自身がルティアスにはあった。


「ルティアス」


 部屋を出ていく時にレオンに呼び止められ、振り向く。


「お前がどれほど自惚れているかを教えてやるよ」


 そう言ってルティアスに向けて獲物を見るように獰猛な視線をぶつけてきた。


「臨むところですよ」


 背筋がぶるりと震えるのを感じながら、本気でやらないとマジで死ぬなと先程までの自分の甘い考えを捨て去った。



 そうして今、こうして相対している。


 レオンは体つきが父に似てきてスマートな体格をしているが、それでも隠しきれないくらい鍛えているのが伺える。書斎の壁に飾られている父カルドの若い頃そのものである。


 一方のルティアスはといえば体つきは完全に華奢な部類だろう。おまけに黒髪黒目ということもあって強さとは無縁にさえ見える。


 しかしそんな見た目とは裏腹に両者の戦いは拮抗していた。いや、どちらかと言えばルティアスが押しているだろう。


 剣を交えては離れて体制を整えるを繰り返していた両者だが、レオンは既に息が上がってきていた。


「っ」


 そんな彼を追い詰めるためにルティアスは更なる魔法を展開していく。すると、先程までの戦闘は肩慣らしだと言わんばかりに力も速さも上がっていく。


(デュアルエンチャントとはまた厄介なものを!)


 レオンは目の前の弟に舌打ちをしながらも必死に食らいつく。


 ルティアスよりも魔法適性の潜在値が高く、剣術も上の彼が何故追い詰められているのか。それはルティアスが新たに覚えた付与魔法によるものが大きかった。



デュアルエンチャント



本来、付与魔法は重複しての付与は出来ない。


 例えば、力を上げるエンチャントを付与しその上で速さを上げるエンチャントを掛けても、どちらもかかった状態となる。


 だが、力を上げるエンチャントの上にさらに力を上げるエンチャントを使用しても最初に掛けたエンチャントが上書きされてしまうだけとなってしまう。


 そんな本来なら出来ないという法則を捻じ曲げ、可能にしたのがデュアルエンチャントという特殊付与魔法である。これを使えば1度重複して魔法を付与することができるようになる。言ってしまえば2倍の付与が可能となるわけだ。


 もちろん誰もが使えるというものではない。どんなに修行しても使えないことの方が多く、この世界どこを探しても両手で収まる程度だろう。さらに使える者にも法則性が全くないため、完全に運というわけである。


 ルティアスが8歳の時には既にその兆候は現れていた。父との最初の訓練で使用した基礎加速付与魔法を2度目にかけた時である。あの時はたまたま別の上位互換の魔法が発動して上書きされたものだと思っていたし、父もそうだと言っていた。しかし10歳の頃、森で魔物と戦っている時にデュアルエンチャントが可能かどうか試すと、また同じ現象が起きたのだ。


 ここで確信に変わり、ルティアスはあらゆる魔法の重ねがけをすることができるようになった。


(これは昨日挑発すべきじゃ無かったかな?)


 目の前でそんな希少な魔法を見せるルティアスに軽く舌をまく思いのレオンだったが、兄としての、これからなる領主としてのプライドが彼を好き勝手させてはならないと叫んでいた。


「はああああ!!」

「くっ」


 いくらルティアスが力を上げようとも、技術ではこちらが勝っているのだ。故に技術を駆使してルティアスを翻弄する。


 剣術には一般的な考え方として「剛」と「柔」というものがあり、それぞれの流派でどちらを主体としているのかが分かれる。


 クラッセル家は「剛」を主体とした剣術を主体としてはいるが、父があれなのでどちらを教えることも可能なのだ。


 レオンは「剛」の使い手としての認識が強いが、彼の本当の強みは「柔」にある。姉のカルラは完全に「剛」である故にそう思われても仕方ない。技術だけて言えばカルラでもレオンには敵わないだろう。


 ルティアスは完全に「柔」である。これは魔法訓練に殆どを割いていた彼にとって、細い技術が必要となる「柔」の剣術は魔法と似ている部分があるために使いやすいのだ。


 そしてルティアス自身も攻めきれない焦れったさがある。「柔」と「柔」が戦えば技術として優れた方が勝つのだ。この場合でいえばルティアスの技術はレオンに圧倒的に劣る。今は力と速さで上回ることで拮抗させているに過ぎない。


 だが、これも長くは続かない。レオンは体力を徐々に削られているのに対し、ルティアスは魔力を削られていく。


 ルティアスは特訓の成果によって、今ではそこらの魔法使いと勝負しても確実に勝てるほどの実力を付けているし、それを裏付ける十分な魔力も得た。だがそれでも、魔法適性は低いままだ。つまり魔法への変換効率が悪いということで、下手に魔法を連続しては使えない。そして魔力が減ればそれは体力にも影響が出てくる。今はまだ表情に出さないようにしているが、内心では魔力が悲鳴を上げているのが現状だ。恐らくあと1回使えば動けなくなってしまうだろう。


 それを剣を交えていて気付いたレオンは流石だろう。彼は恐らく最後に何かしら悪あがきをしてくるだろう。それを油断せずに確実に仕留めるようにルティアスの一挙手一投足に意識を集中させる。


「ふぅ」

「……」


 ルティアスは1度離れて深呼吸をする。これは少しでも魔力を回復させるための行為でもあり、今1度変換効率をあげる行為でもある。集中力が途切れれば、魔法への変換効率も下がってしまう。


 目の前のレオンを見れば、油断なくこちらを見据えているのが分かる。こちらの意図に気付いたのだろう。何かをしてくるとわかっている相手の意表を突くのは簡単ではない。


 意表を突くのに最も簡単で、効果的なものは一つしかない。今まで見せていなかったものを出してやればいい。ただ小手先で通用するほど相手は油断していない。


 故に今まで見せてこなかった大きな変化を与えるものを出すと決め、魔法を編み始める。


「場を沈めし空の精霊ー」

「っ」


ルティアスの魔力が一気に膨れ上がる。


 レオンはこの魔法を知らない。だが直感でこの戦況を大きく変える魔法だということを悟る。


(どこまで魔力温存してるんだよ!?)


 内心で呆れと賞賛の混じった愚痴を零しながらも、魔法の発動を阻害しようと一気にルティアスの元へ詰め寄る。


「全てを沈めし沈黙をーグラビスフィールドー」


 しかしルティアスはコンマ数秒で魔法を完成させる。途端その場にとてつもない重圧が降り注ぐ。


「ぐっ」


 レオンの剣先がルティアスに届く寸前に堪らず片膝を付いてしまい、攻撃は阻止された。


グラビスフィールド


 空のエレメントの使う広域魔法だ。これはかなり特殊な魔法であるために習得するのはかなり困難だった。上級特殊攻撃魔法に分類するそれは本来使えない火、水、風、空のエレメントの上位発展エレメントを使うものだ。


 単にかっこいいからという理由で身につけたが、これがかなり強力で、恐ろしく魔力を食らう代物だった。この程度の魔力消費で済むようになったのはつい先日だ。


 今までレオンとの戦闘で攻撃魔法は多用せず、付与魔法ばかりを使っていたために、レオンにとってもこれは想定外だっただろう。


 ただ、この魔法は使用するにあたって範囲を指定するのだが、今回の場合まだ詠唱と発動に時間がかかるために自分も範囲内に入れる必要があった。故に自分も食らうのだが、エンチャントによって力を上げている分、動きはかなり遅くなるが動ける。


 対するレオンは先程片膝をつき、たまらず剣を落としているのを確認した。


「僕の勝ちですね、レオン兄さんー!?」


 ルティアスが勝ちを確信し、ふらつきつつも目を向けたその瞬間、焔を纏うレオンが目の前に平然と立っていた。


「いや、ルティアス。俺の勝ちだ」


 そこには犬歯を見せ、獰猛に笑う兄がいた。

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