第7話 森へ 後編
クラッセル男爵領背後に構える広大な森は、魔物や動物が多く住む土地であり、資源の宝庫であるとも言えた。なぜこの場所を開拓しないのかといえば、それは父の意向で何でも「この森がなくなってしまったら、自分の楽しみがなくなってしまうではないか」ということらしい。脳筋の父が言いそうなことである。
それに、この領地の人々はこれ以上の発展をあまり望んでいないのが現状だ。発展している訳では無いが、資源は豊富で、おまけに屈強な騎士たちが周辺を守ってくれている。噂によれば国の中でも1位2位を争う治安の良さなのだとか。
そんな安全な土地なのだからこれ以上望むものはないという田舎者らしい思考停止理論がこの領地が発展しない理由のもう一つの理由だった。
「ルティアスよ、ここの魔物はそれほど強くはないので今のお前ならかなり余裕で倒せるはずだ。」
「そうなのですか?」
「うむ。ごく稀に変種が出てくることもあるが。お前ならば余裕だろう」
変種とは通常の魔物に比べて強力になった個体のことだ。
どれほど危険かというと、魔物の危険度には10段階あって、変種は通常の魔物より2段階から3段階上がる。
危険度がどの程度の目安かなのは本に書いてあった。
危険度1:冒険者が1人で討伐可能
危険度2:冒険者が3人以上で討伐可能
危険度3:冒険者が5人以上で討伐可能
危険度4:冒険者が10人以上で討伐可能
危険度5:上級冒険者が3人以上で討伐可能
危険度6:上級冒険者が10人以上で討伐可能
危険度7:上級冒険者が50人以上で討伐可能
危険度8:精鋭1万の軍勢に匹敵
危険度9:魔王と同レベル
危険度10:ほぼドラゴン。神話の英雄の存在が必須
ざっとまとめるとこんな感じである。冒険者がどの程度の実力かは知らないが、危険度10に関しては最早戦うのを諦めるレベルだ。
とにかく危険度が数段上がるというのは、かなり危険だということで、発見され次第直ぐに討伐隊が向かうことになっているほどだ。
さて、どの程度の強さかなど関係なしに俺は緊張していた。
なにせ初めての魔物狩りであるし、そもそも本の中でしか魔物を見たことがない。本物を見るのも初めてなのだ。
森に入って半刻ほど進むと、ようやく魔物が現れた。
「カラジカだな」
「あれが。。」
前方の木陰で、休憩し眠っているカラジカの姿があった。
カラジカとは見た目は完全に強そうな鹿である。もっと言えば某アニメ映画のナ〇シカである。そして魔物故、見た目以上に肉食で、鹿とは思えないほど強気で格上相手でも臆することなく1人で襲いかかってくるようなやつである。
筋肉で盛り上がった健脚は、一般的な鹿の数倍はある。危険度は凶暴な気質により3。
冒険者が5人以上で挑む数字だ。
「倒し方は知っているか?」
「はい、側面ですよね」
そう返事を返しながらも、俺は落ち着いてカラジカの特徴を思い出していく。
彼らはその気質故に真っ直ぐ突進することに長けている。そのため、攻撃を避けるといった概念がそもそも彼らにはない。
工夫がないといえばそうなのかも知れないが、油断してかかれば一瞬にして上半身を持ってかれるだろう。
カラジカとの距離はおよそ100メル。まだ気づかれてはいない。
カルドを見ると、その表情は一人でやってきなさいと語っていた。
初めての魔物戦だが、冒険者になる以上、いずれは通らなければならない道だ。俺は腹を括り、息を殺しつつ敵に近づいていった。
身を低く保ち、茂みを隠れ蓑として距離を詰めていく。
カラジカとの距離が50メルを切るかという所で、カラジカが耳を立てあたりを見回し始めた。慌てて止まり、呼吸を止める。
(………やり過ごしたか?)
そう思い、様子を伺おうと顔を出した時、こちらをじっと見つめたまま動かないカラジカと目があった。
(っ!まずい!)
そう思った時には既に遅く、相手は既に地面を蹴り上げ猛スピードで接近してきていた。
「“ストーンウォール”!」
慌てて土の壁を作り出すが、強度は信用していない。予想通りコンマ数秒後にカラジカが激突し、全く効果がなく何も無かったように崩されてしまった。
壁を作った際に全力で横に飛んだおかげで大丈夫だったが、飛んでいなかったことを考えると背筋に寒気が走る。
「“エアー”!」
横に飛んだ体制のまま手を突き出し、すかさず次の一手を講じる。
ストーンウォールの崩れた破片が中に舞っているそのタイミングで風を起こし、側面を殴った。
『エ゛エ゛ゥ!?』
やはり側面は弱いらしく、いくつもの衝撃を与えられ怯んだ。
彼らの側面を狙うのはその素早い特性故、容易ではない。
だから短い文言で素早く魔法を撃ち、尚且つ精度もしっかりとしていなければならない。今日ほど鍛錬を続けていてよかったと思う日はないだろう。
カラジカが怯んだその瞬間に剣を抜き、加速を付与して一息で接近、そのまま側面を突き刺した。
そのままカラジカは絶命し、その場で倒れた。
「ふぅー………」
予想以上の疲労に俺はヘタリ込み、そのまま仰向けになって倒れる。
そこにカルドが現れ、唖然として俺のことを見る。
「ルティアスお前、無詠唱ができるようになったのか………?」
「加速の付与魔法だけは訓練でも多用してたので、できるようになりましたよ」
そう、この1年新たな魔法は数多く使えるようになったが、それよりも大きかったのはやはりこの無詠唱である。本には魔法をかなり使い込めばひとつずつできるようになっていくと書かれていたが、それを出来るのも世界でも両手で数える程だという。
だから無理だろうなとも思っていたのだが、一応やってみたら加速の付与魔法だけは使えるようになっていた。
これは剣術訓練でほかの魔法よりもかなりの回数使ってきたからだと分かったが、同時に両手で数える程しか無詠唱を使える者がいないのは嘘だと思った。何年前の本かは見てないが、魔法黎明期のものなんじゃないだろうか。
「お前には常々驚かされてきたが、まさかここまでとは……」
「?無詠唱は練習すれば誰でも出来るものじゃないんですか?」
「そんな訳なかろう!」
父が突然怒鳴ったのでビックリした。
なんだか物凄い偉業を成し遂げたみたいになっているが、そこまでのことはしてないと思うのだが。
ルティアスのあまりの天然ぶりにカルドは「こいつマジで言ってんの?」みたいな顔をして呆れていたが、「そういえばこいつはそういう奴だった」と無理矢理納得し、ルティアスに常識について説明する。
「いいかルティアス。無詠唱はこの世界でも指で数える程しか使える者がいない貴重な技術なんだ。生涯その技術を手に入れるために努力した者は五万といる。それを「普通に練習してたらなんか出来ちゃった」で片付けられたらそりゃあ怒鳴りたくもなる。」
「なんと」
まさか俺が実は天才だったとは思わなかった。本に出てきたものは実際にやってみて間違いだったと思うやつもなかにはあるが、だいたいが「こんな技術普通だよ」みたいに書かれているから当然と思っていた。
なるほど、つまりは
「僕は努力の天才だったということですね!」
「え?いや、そういう訳じゃ………はぁ、もうそれでいいか……」
カルドは自分の息子の天然ぶりにまあこれはこれで大物になるなと自分に言い聞かせて諦めた。
その後魔石の取り方やキャンプの仕方などを父から教えてもらい、やはり1度魔物を狩ってしまえば楽で、その勢いのまま何体か魔物を狩ったところで屋敷へと戻っていくのだった。
こうして、俺の初めての魔物狩りは幕を閉じた。
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