第5話ブーストエンチャント

この世界の魔法には大きく分けると4つの魔法に分けられる。


一つは攻撃魔法。

ファイアーボールなどの、エレメントを介して物理的破壊や精神的破壊を行う魔法である。


二つ目は防御魔法。

一種の壁のようなものを作り出し、攻撃を防ぐ魔法である。ウォール系の魔法はこれに該当する。


三つ目は付与魔法。

あらゆるものに付与を掛け、そのものの能力を引き上げる魔法である。


四つ目は回復魔法。

読んで字のごとく回復させる魔法である。これにより、傷を癒すことができる。ただこれは聖属性と呼ばれる光属性とは似て非なる属性を使うため、使用する者は限られる。



「“ブーストエンチャント”!」

「む?」


体が浮くように軽くなり、周りの景色が遅く見える。これが今回使用した魔法だ。


ブーストエンチャント


加速付与魔法の初級魔法。

身体能力を速さだけに限定して底上げをする魔法で、今回の場合は力を上げるパワーエンチャントではそもそもその程度で埋まるほどの力を俺が持っていないため逆に返り討ちにされてしまう可能性があり、防御を高めるシールドエンチャントも恐らく初級ではあまり意味の持たない可能性もあるので、加速して受け流しに適しているブーストエンチャントが適切であると判断した。


欲を言うならパワーエンチャントかシールドエンチャントのどちらかも同時に習得しておきたかったが、時間的にそこまで許されなかった。


どうせ負けるなら痛くない負け方をした方がいいに決まっている。父がどれほど強いかは正確には分からないが、これである程度速さも落ちて見える分、受け身が取りやすいと判断した。なにも分からずに受け身も取れずボコボコにされるよりかは多少ましだろう。


「お、お前………いや」


カルドは驚いたような感動したような表情をしたが、目の前の相手を真剣に見定める様に睨みつける。


「父さん、これは受け身の練習でしょ?そっちからこうげきしないと、ね?」

「ふふ、良かろう。その浅い挑発に今は乗った方が楽しめそうだっ」


一応挑発してみたものの、内心は恐怖で今にも逃げ出したい思いだった。嫌な汗が背中を伝っていくのが分かる。


油断を付いてはいたみたいだが、逆に本気にさせてしまったようだ。


そんな俺の焦りを助長させるかのように様子を窺おうとして身を低くした途端に、一瞬にして目の前まで詰められた。


(おいおいこんなに早いのかよっ!?)


今まで父が本気を出していたとは思えなかったが、恐らく今も本気は出していないがエンチャントしてもこの早さである。


レオンとカミラが何も出来ずに倒されるのも頷ける。この速度はかなり脅威だ。想像していたより数段も早く、人間離れしているとしか思えなかった。


このままではこのままなす術なく吹き飛ばされてしまうだろう。それはごめんだ。明日以降のトレーニングに支障が出るのは避けたい。


ならばとる方法は一つだと、ルティアスは詞を発する。


「っ“ブーストエンチャント”!!!」

「!?」


あと2回は行使できる余裕があるとは思っていたのだが、先程よりも体内の魔素が一気に抜け落ちる感覚を覚え、一瞬目の前が真っ白になる感覚を覚えたがぎりぎり持ちこたえる。


目の前には今まさに蹴りぬこうとするカルドの脚が目前に迫っていたが、先程よりも遅く感じる。致命傷を避けるように腕を伸ばし、力を込めて全力でいなす。


「づぁっ!」


腕に強烈な衝撃が走り、そのまま吹き飛んでしまう。若干後ろに飛んで衝撃を受け流したが、それでも結構な距離を飛んだ。


「ルティアス、お前、……魔法を使えるのか……?」

「?少しだけですけど……」


倒れたままになるルティアスの元へカルドがやって来て恐る恐る問い掛ける。


そりゃあ受け身の練習で魔法を使ったのだから多少は起こっているだろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。父は信じられない者を見るかのようにこちらを見ていたが、やがて「そうか」と短く返すと納得したように頷いた。


動けるようになってから身体を起こし父とともに元の場所へと戻ると、既にカミラとレオンは戻っていた。


「二人とも、もう戻っていたのか!随分と受け身が上手くなって父は嬉しいぞっ」


そう言って父は興奮気味に二人の肩を叩く。嫌そうに見えるが、表情を見るに二人とも嬉しさの照れ隠しだろう。


「そして、お前達二人にも話しておきたいことがある。ルティアスの魔法のことだ。」


それの話題が出た途端、ルティアスを横目で見てから二人はその表情を一転させ暗い顔になる。二人の間でこの話はタブーとなっていたのだ。しかもルティアスのいる前では尚更である。


「?」


当のルティアス本人は全くもって心当たりがないので、どうしてそんなしてはいけない話をしているみたいな空気を作っているのだろうと疑問符を浮かべているのだが。


「おほん」とカルドは咳払いをし、話を続ける。


「ルティアスは何故だか知らんが、黒髪でありながら、かなり魔法を使える。」

「「え?」」


二人が驚くのも無理もない。つい先日に彼女らはこれ以上、つまり“ファイアーボール”以上の魔法習得及び適正値は伸びないと思っていたのだから。それが父によって覆されたのだから当然である。


困惑気味に父を見るカミラは当然の疑問を父へとぶつける。


「こう言っていいのかは分かりませんが……何故父上はそう思われたのですか?」

「よくぞ聞いてくれたカミラよ。ルティアスはな、“中級魔法”を使用できたのだ。」

「「「は?」」」


これには二人だけでなくルティアスも驚いた。ルティアスには今はまだ中級魔法は使えないのだ。これは間違いなく言えることで、文献にも中級魔法を使うには適正値が40は必要である。としっかり基準が明記されている。


これは実体験も含まれるため、信憑性がかなり高い。ファイアーボールを撃てるようになった時に興味本位で中級魔法のいくつかを試してみたが、掠りもしなかった。そもそも魔法が発現する明確なイメージがまるで何かに阻まれるように出来なかったのだ。


「?何故お前までも信じられない顔をしているのだ?」

「い、いえだって、俺が使ったのは“ブーストエンチャント”ですよ?」

「それは1度目であろう?2度目のあれは“ブーストエンチャント”を遥かに上回っていたように見えたぞ?」


カルドはかなり強い。そうなるための修羅場もいくつもくぐり抜けてきただろう。だから言っているのだ。「あれは決して“ブーストエンチャント”のように弱いものでは無かったと。」


確かにあの時かなり体が軽くなり、1度目よりもわかりやすく遅くなった感じはあった。それに体内の魔素も驚くほどに抜けたのが分かった。


(でもそれは自分の脳が極限状態でそう錯覚してしまったのではないだろうかと思っていたが……)


「私はお前の中の魔素が1度目より確実に減ったのも見えていたぞ?」


こちらが疑問に思っていることなどお見通しか。カルドは自分は間違っていないぞという主張を続けた。


「凄いじゃないルティアス!これは歴史的快挙よ!?」

「ああカミラ姉の言う通りだぜ!ディフェクターで中級レベルの魔法を打てるやつなんか聞いたことねえよ!」

「え、あの………」


(どういう事だ?適正値が20の俺が中級魔法を使えたのはもう間違いないとしても、その方法は?いやそれともやっぱりただの勘違いで脳の錯覚?)


事態の把握が出来ず、戸惑いを隠しきれない俺は、頭の中で何度も同じ思考を行ったり来たりしていた。


するとカルドがルティアスの肩に手を置き、自分の正面を向かせる。


「お前が何に悩んでるかは知らないがな、例え勘違いだったとしても、それを成功のイメージとしてしまった方が近道になろう?それにあんな“ブーストエンチャント”は見たことがない。クラッセル家の男子として胸を張れルティアス!」

「っ」


やはり大人の説得力は違う。彼の言っていることには多少の強引さはあるが、時にはそれが正解なこともある。


父カルドの言葉で、ルティアスの表情は戸惑いから自信へと変わっていった。

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