第3話ディフェクター

ルティアスが絶望に打ちひしがれてから2ヶ月という月日が経った。


「……見つけたっ」


クラッセル男爵本館横に設置された広い図書館。そこは以前のような整然さはなく、本の山が所々に積み上がっていた。


ルティアスはこの2ヶ月で黒髪でも魔法が使えるようになる方法を必死に探していた。この世界に来て、何故魔法を使えないなどということが許されようか。


神がそのような仕打ちをしたならば、それをひっくり返すのが物語の主人公というものである。


そしてようやくそれらしき研究に関する本が見つかった。


黒髪白髪ディフェクターの魔法適性の伸び代に関する考察』


この研究はディフェクターの魔法適性がどれほどの伸び代を見せるのかという実験結果を載せたものである。


結論からいえば、ディフェクターの伸び代は100を最大値とした時、最大でも30前後に留まった。これ以上は拒絶反応を引き起こし、死に至る危険があるため、中止としたと記載されていた。


「つまりは死にもの狂いで特訓すればそれなりにはなる可能性があると。」


ルティアスはこの日から全力で特訓を行った。その研究に書かれていた伸ばし方を忠実に再現し、更に自分を追い込んでいった。


この世界に生まれてきて、魔法を使わずしてどうするのか。そんなものは生きる屍くらいのものであろう。


訓練内容は以下の通りである。


早朝ー瞑想を小1時間行い、その後ランニング3キメル(前世の3キロメートルと同じくらい。屋敷一周がだいたいそのくらいに相当する。)


午前ー朝ご飯を食べ、その後体内の魔素の循環を体で感じる訓練。これに関しては、最初はただの瞑想を行っているのと変わらない。自分の体の仕組みを内側から理解するために行う。


午後ー腕立て、腹筋、スクワット30×3セットを行い、3キメルランニング


夜ー魔法理論の書物で勉強。就寝前に必ず瞑想。


これが訓練の内容である。しかし俺自身はまだ6歳で、もうすぐ7歳になろうかというところ。このトレーニングは最初はとんでもないほどハードだった。


今まで図書館に篭っていただけなので、今の体でその訓練は厳しいものがあった。なので瞑想以外は少しずつ伸ばしていくことにした。


本によると、研究日数は半年と書かれていた。とりあえずの目標は1年である。



「そういえばルティアスはまた図書館か?」

「はい、何やら真剣な表情で書物を読み漁っていますよ」

「最近は早朝からランニングをしたりしていたからな!何かなりたいものでも出来たのだろう」


夜、書斎で寛いでいたカルドは書斎の窓から見える図書館の灯を見て、もうすぐ7歳になる息子に、そろそろ剣術を教えてもいいかもしれないと、新たなトレーニング方法を夢想していた。



「うっ、急に寒気がしたんだが……」


半年後、遂に成果が出始めた。


「………」

ルティアスが緊張した面持ちで見据える先には木の的がある。

一呼吸置き、目を閉じてイメージトレーニングを行う。


今回使うのは魔法の中でも基礎中の基礎である初級魔法“ファイアーボール”。


魔法には明確なイメージが必要であると、本には書かれていた。しかし自身の魔力に適切なイメージがないと魔法は発動してくれない。試行回数は今日で200を超えた。


少し前から、体内の魔素の動きを感知できるようになり、そこから自分の威力イメージを寄せていった。


適性のある者は適当にイメージするだけでも初級魔法は発動するらしいが、残念ながらルティアスはディフェクターである。マッチレベルの火をイメージしても発動しなかった。


だが、この半年トレーニングを続けたおかげで、体感でも20くらいまでは上がったのではないだろうか。以前にマッチくらいの火を飛ばすことには成功している。


イメージを終わらせ、今度は自分の中で巡っている魔素を右腕に集約させる。


正直この感覚は初めてだから、最初は全く良く分からなかった。本来であれば、ディフェクターは魔素を感じることが出来ないため、魔法を撃つのが非常に難しいらしい。


魔素が右手に集約したのを確認し、一気にイメージを加速させる。そして引き金となる文言を口にする。


「ファイアーボール!!」


右手から魔法陣が浮かび上がり、拳大の火の玉が現れる。瞬時に魔法陣が回転を始め火の玉は真っ直ぐ的目掛けて飛んでいった。


「お、おお!?」


しっかり命中し、的に焦げた後が出来上がっていた。


「……遂に………遂に魔法を出せた!!!」


ディフェクターは、通常威力のファイアーボールが撃てれば偉業レベルだとすら言われている。それほど難しいことをルティアスはやり遂げたのだ。


「あ、あれ?目眩が………」


ファイアーボールをしっかり撃てたからと言って、ディフェクターに変わりない。そもそも魔法適性を5から20にしただけで低いのには変わらないのだ。


適性が低ければ低いほど、エレメントに変換する魔素の効率は下がるわけで。


簡単に言えば、一般の人が10の魔素でファイアーボールを撃てるとすると、ルティアスの場合は30の魔素を消費する。ここだけでも3倍の差があるのに、ディフェクターの特徴としても知られる魔素の少なさも影響し、簡単に魔素切れを起こしてしまったのだ。


急激な眠気に耐えられず、ルティアスはその場で気を失った。




「ルティアスー?今の音は……な、なんじゃこりゃ!?」

「どうしたの?ってうわぁ……」


今日はルティアスの7歳の誕生日。パーティの準備が整ったので、呼びに来たカミラとレオンは、久しぶりに入る図書館の惨状に絶句してた。


本の山がいくつも連なって出来ていて、ルティアスがどこにいるのか入口からでは全く分からなかった。


「全く、整理しながら読みなさいよね!ルティアスー」


2人は本の山をかき分け、ようやく彼の姿を捉えられた。そこには本をかき分けて作られた雑なスペースに、ぐっすり眠っているルティアスと、少し離れたところには木の的らしきものがあった。


「カミラ姉、これって……」


レオンはルティアスの足下に広がっていた本を拾い上げ、その本に書かれていることに目を通し、察した。


「ええ……」


カミラもその本のタイトルで全てを察したようだ。二人の表情に影が落ちる。


恐らくルティアスは魔法を使い、魔素切れを起こしたのだろう。ディフェクターでありながら。


これは殆どの人が通る道なのかもしれないが、「自分も魔法を使ってみたい。」そんな思いから、小さい頃から魔法の練習を独自で少しやったりするのだ。もちろん二人もそれをした。結果的には二人とも魔法は余裕で使えるのだが、勉強が嫌いな二人は結局魔法の勉強もそこそこに、剣術を選んだ。


しかしルティアスの場合は話が変わってくる。


“ディフェクター”だから。


魔法の恩恵を理解することすら出来ない劣等種として扱われることもある。


もちろん家族や周りの人間はそんなことは気にしないし、そもそも話題にしたことすらないのだが、いずれ外に出るのなら避けることが出来ない蔑視を浴びることになるだろう。それだけディフェクターは魔法に対して弱すぎた。数多の歴史がそうしてしまった。


「よりによって、勉強が嫌いな私たちが選ばれて、勉強が好きなルティアスが選ばれないなんてね……」

「カミラ姉!」

「分かってるわ。でも世の中残酷だなぁって…」

「………」


レオンはふと木の的に目をやる。的に焦げが付いてるのを見る限り、そこまで相当な努力をしてきたのだろう。


ただこれ以上は望めない。それがこの世界の常識だった。


二人の間に少し重い空気が流れたが、カミラがぽんと手を叩き、


「まあ、私たちが落ち込んでもしょうがないでしょ!とりあえず、彼を起こさなきゃ」

「いいのか?」

「それはルティアスが決めることよ。この本の山を見れば分かるでしょ?ルティアスは私たち以上に頭がいい。多分だけど、自分がディフェクターだってもうとっくに気づいてるはずよ。なら今後の自分のことも自分で分かっているはずよ。」


その後レオンにおぶられて寝室で小1時間眠ったルティアスは、そんな上二人の話など露知らず、パーティを楽しんだのだった。

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