1章 クラッセル男爵家編
第2話魔法
目覚めると、視界がボヤけている。何だか自分が小さくなってしまった気分である。いや、小さくなっているのは当然か。まだこの世界に生まれたばかりなのだから。
視界では赤い髪の女性が俺を覗き込んで子守歌らしきものを歌っている。赤い髪ということは自分は西洋の方に生まれたのか。
しかしながら彼女が奏でる子守歌はとても安らぎはするが、聞いたことのない言語な為何を言っているのかは全くわからなかった。
これが生まれてまもない俺の思ったことである。
時は経ち、俺ールティアス・クラッセルーは5歳になった。
この頃にはこの世界の事についてだいぶ把握できるようになっていた。
まず初めに驚いたのは、この世界がまず間違いなく俺の知っていた世界ではないということだ。
俺の生まれた家はそこそこ大きいのか、図書館があるのだが、その入ってすぐの正面に大きな世界地図が描かれていた。そこで目にしたのは、中央に巨大な大陸があり、その周りには諸島や小さめの大陸といった感じの世界なのだ。
俺が想像していたのはもっと複雑な地形だったので、この世界は恐らく俺が知っている世界とは違う。
(ハニエルが最後に意味深な事を言っていたのはこういう事か)
文化レベルは中世ヨーロッパとさほど変わりがないが、この世界には魔族や魔物といった凶悪な敵が存在し、これらとの歴史の中でこの世界は成り立っていた。
そして俺の家だが、クラッセル男爵家で、この国に仕える貴族様である。メイドが数人、そして両親と兄と姉がいる。父はこの地域では結構な剣術家であるらしく、兄と姉はよく庭で指導を受けていた。また、最初の記憶にあった赤い髪の女性は母であった。父は金髪で母は赤髪なのに、何故か自分は黒髪であるのは謎であった。姉兄にしても姉のカミラは赤髪で、兄のレオンは金髪である。
俺はまだ5歳なので、特に何をするでも無く、家庭教師に座学を習ったり、本を読んだりと、自由に活動していた。
多くの知識を既に持っているため、多少の前世との知識の差はあれど、やはり理解力の高さには凄まじいものがあり、家中でも「あの子は天才かもしれない」と言わせるほどであった。
6歳になる頃にはこの世界について殆ど知らないことがないと言うほどには知識を身につけていた。前世の知識と整合性を取っていただけなので、それほど難しいということでもなかった。
これには父も驚いていて、
「将来は優秀な文官になれる!」とはしゃいでいた。
俺も暫くはそれでもいいかなと思っていたのだが、あるものとの出会いが俺の考えを180度変えてしまった。
ー魔法ー
万物の理を解読することで、体内の魔素を変換し、それをエレメントを介してあらゆるの事象を改変することができる力。
この世界で名前を知らぬものはいないであろう大賢者エルメス・ライデリオラは言った。
「魔法は万能である」と
これは前世の知識としては持っていたが、それは想像上のものであり、実際に存在はしなかったものである。
これは言わば浪漫である。
この存在を図書室から見つけ出した時、今まで軍師で無双しようと考えていた俺は魔法使いとしての道を切り開くことにした。
この日からひたすら図書室に篭もり、魔法の勉強をしていった。(余談だが、家庭教師は6歳になる頃には既に要らないほどだったため、現在はもう付いていない。)
「ルティアスはまた図書館か?」
「はい」
早朝の剣の修練を終えた父ーカルド・クラッセルーは母ーラミア・クラッセルーからタオルを貰い、汗を拭った。
「はっはっは!あいつは賢くなるぞ!」
「将来がとても楽しみですね」
そんな2人を見ていたレオンとカミラは木陰で座り込み休息をとる。
「ルティアスのやつ、また図書館に篭ってるのか」
「あの子はうちの中でも珍しく勉強が好きよね」
「俺もアイツみたいに文官志望だったらこんなに苦しまなくて良かったのかもなー」
「アンタにそれは無理でしょ。私より頭悪いんだから」
「言うなよカミラ姉、自分でも剣の腕がなかったら何の価値もないってことくらい分かってるんだ」
レオンの腕前は間違いなくこの近辺では父を除き、負け無しの実力を持っている。姉のカミラもそれに引けを取らないくらいには実力があり、この辺では「クラッセル姉弟」として有名である。
次期当主になる長男のレオンは今年で12歳になり、少しずつ父の跡を継ぐために簡単な雑務もやるようになっているが、しょっちゅう逃げ出しては父にボコボコにされて連れて帰ってこられるのが日常である。
姉のカミラは13歳で、冒険者になるか婿を取るのか、嫁に行くのかまだ悩んでいる所だった。しかしながら恐らく彼女はその剣の実力から冒険者になるのがほぼ間違いないと専らの噂である。
まあ婚約した男もいないのに、縁談をすべて断っているのだから俺もそうではないかなと思っている。
父がしばらくして二人の元へやって来て、唐突に剣を構えた。
「さあ、お前達!かかってきなさいっ」
「「はぁ……」」
午前最後の練習が始まった。
「そんな、馬鹿な……!」
一方、図書館に篭っているルティアスは、この時ある事実を目の当たりにし、心が折れかけていた。
彼が今読んでいる本は「世界魔法の起源」という本である。そこにはこの世界の魔法の起源が書かれているのであるが、その中に魔法の相性と人間の外見的特徴について書かれている項目がある。そこにはこう書かれていた。
「魔法と人間の相性は外見的特徴で見分けることができる。最も相性が良いとされるのは赤と青の髪を持った人間であり、これはエレメントが色で分けられるのと同じように、よりエレメントに色が近づくほどに魔法が使い易いということが分かる。逆に、最もかけ離れている白や黒といったような色に関してはほぼ絶望的なまでに相性が悪いと言える。黒と白の髪を持った被験者200人の魔法適正は100を最大値と捉えると、平均値は10を下回っていた。魔法適性が10を下回るということは、魔法を感知できることは愚か、使用することもほぼ困難であると言わざるを得ない。」
「…………」
これがホントならば、俺は全くもって魔法が使えないということになる。剣と魔法のファンタジー世界に来て、魔法が使えないというのはあまりにも酷である。
彼女が俺に送った特典は異世界だけでは無かった。俺は今ニヤニヤしているだろう白の世界の天使に届きますようにと願い、恨みの念を送った。
しかしてこの世界でどうしても魔法の使いたい俺は、魔法に関する資料を全力で読み漁っていった。
「なんか急にだるくなりました……」
「あらハニエル、元気しか取得のないあなたが元気がないなんてもう存在が危ぶまれるじゃない?」
「失礼な!私だってしっかり仕事はこなせてますっ」
ハニエルは自分をからかってころころ笑う友人のクルエルに怠さを堪えながら憤慨する。
「ふふ、ごめんなさい。あなたがだるいなんて言うのがあまりにも珍しくて」
「珍しいって理由でからかわないで下さいっ」
「それにしても、ほんとにどうしたの?」
「まあ、恐らく検討は付いてますが。」
これは誰かが恨みの念で私を攻撃しているに違いない。
「まあ、あの人に攻撃されてるんでしょうが……」
「それってちょっと前に担当した珍しい人?」
「ええ。大方こちらのやった措置に不満を覚えているんじゃないですかね。」
「仕事なんだから私のせいじゃないのにぃ」とげんなりハニエルは言う。
「前世の知識を持ったままイデアに来るなんて、これまでに無い例外だったからねぇ… 前世の彼はどんな人だったの?」
「特に何の変哲もない人でしたよ。」
強いてゆうならと、手元にあった前世の彼のデータに目線を落とす。
生まれてから特になんの変哲もなかった彼だったが、転機が落とすれたのは20歳。
20歳ー宝くじで4億当選。
21歳ー仕事を辞め、投資家に転向。初めて買った株で大当たりし、1億の利益が出る。
25歳ー投資家として大成し、長者番付で日本人初の3位になる。
30歳ー宝くじで6億の当選。
35歳ー飛行機事故に見舞われ、自分以外全員死亡という奇跡の生還を果たす。このことをきっかけに彼を崇拝する信者が増える。
36歳ー大財閥の一員になり、財産は国家予算を軽く超える額になる。
40歳ー海洋上に土地を買い、巨大人工島の国を作りはじめる。
50歳ー国が完成。信者が大量に付いていき、初期の国民は500万人を下らなかった。
「……国って作れるの?」
「普通は無理ですよ」
「だよねぇ………」
「何の変哲もない人だったんですけどねぇ……神ですらどうすることも出来ないほどの幸運の持ち主だったなんて……」
「充分普通じゃないんじゃない?」
「普通ですよ、ほら20歳まで何の変哲もない人生送ってるじゃないですか。」
クルエルのため息とともにでた困り果てた訂正に、ハニエルは手元の資料をバシバシと叩いて答える。
そしてはぁとため息をつき、今まさに描かれている彼の人生物語を眺める。
「恐らく、こんな措置をしても彼にはあんまりにも無力かも知れませんけどね。」
天使2人は、これから起こるであろうとんでもない事件を予見して軽い頭痛を覚えながら、それぞれの作業に戻っていった。
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