第二四話:卒業試験

「整列!」

 油屋が号令をかけた。素早い動きで隊列を組む一同。英二は列の先頭でメンバーの点呼を取り始めた。

 時はあっという間に過ぎ去り、遂にアカデミーの卒業試験の開始日を迎えた。入学セレモニーが行われたのはもう1年近く前だ。

 この試験に合格することが出来れば、晴れてプロのエージェントとして認められる。当初のアカデミー入学生30人のうち、ここまで辿り着けなかったのはわずか2人のみ。28人の候補生がこの卒業試験に臨むことになった。

 毎年この試験に辿り着くまでに10人以上の候補生が脱落するのが慣例となっていたため、今年の卒業試験受験者数28人という数字は目を見張るものがあった。

「英二キャプテン、よろしくお願いします」

 列の前から2番目に並んだ結有が英二にぺこりと頭を下げる。

「やめろよ、馬鹿にしてるでしょ」

 この卒業試験は4人で1チーム、計7チームで課題に挑む形式となり、英二はそのチームキャプテンに任命されていた。魔気の扱いに苦しんでいたかつての姿はもうそこにはなく、今や押しも押されぬ世代のエース格となっていた。

「片山チーム、問題ございません」

 隣の斉人がきびきびと油屋へ報告する。斉人ももちろんキャプテンに任命されていた。

 斉人がちらりと横目で英二を見る。口にこそ出さないが、2人はこのアカデミーでの暮らしが進むにつれ自然とライバル意識を持つようになっていた。英二の急成長は、開講当初からずば抜けた成績で世代を引っ張ってきた斉人も認めるところとなっていた。

「よし、7チーム準備万端だな」

 油屋は隊列の正面に備え付けられた演説台に上った。ぐるりと全体を見渡し、口を開いた。

「いよいよ卒業試験の日がやって来た。お前達、これまでよく頑張ったな。ここに集った28人はみんな俺のレッスンを潜り抜けた、紛れもない精鋭ぞろいだ。胸を張ってくれ」

 皆、心なしか少し誇らしげな顔をしていた。

 ここまで、長かった――

 しかし、これまでの苦労が報われるかどうかは、全てここから先の2日間にかかっている。

 慎、小柳津、そして父親の凱……その期待を裏切るわけにはいかない。

 チームのメンバーも全員合格させてみせる。

 英二は強い覚悟を持ってキャプテンの立場に就いていた。

「さて、気になる卒業課題を発表しよう。まだ君たちはチームで何かを行うということしか分かってないだろうからな」

 グラウンド一体にわずかな緊張感が走った。

「今回の卒業課題では、チーム対抗でゲームをやってもらう。ゲームの内容はシンプル、物の奪い合いだ。チームの4人のメンバー以外、全て敵だ」

 ぴりっとした空気が辺りを包んだ。

 周りの全6チームが敵――

 壮絶なサバイバルになりそうだ。

「そのゲーム内容を説明しよう。ここに7つの虹玉があり、虹玉は既にそれぞれ7色に分かれている。今からこの虹玉を各チームに1つずつ配布する。以降、明日の17時までチームでどのように過ごしてもらっても構わない。ただそれだけだ。ルールも特にない」

 油屋はこれ見よがしに意地悪な笑いを浮かべて見せた。

「じゃあ、誰が一体このゲームの勝者となるのか……」

 思わせぶりに間を空ける。

「明日17時を迎えたタイミングで、虹玉の色と同じ7色に別れたルーレットを回す。ルーレットの針がとまった時に指していた色……その色の虹玉を持っていたチームがこのゲームの勝者となり、晴れてプロエージェントの肩書きを手に入れる」

 油屋の言葉に、会場から徐々にざわめきが起こった。

「うそ、じゃあ……」

 後ろから結有の声が聞こえる。その声は少し震えていた。

「4人しか、アカデミーを卒業出来ないってこと? こんなにたくさん最終試験に辿り着いたのに……」

 さすがに英二もここまでの狭き門は想像していなかった。28人が4人に絞り込まれる最終試験、波乱の予感しかない。

「では、早速キャプテンに虹玉を渡していこう」

 油屋は台の上に置かれた黄色の虹玉を手に取った。

「一番左の斉人から、さあこちらに来てくれ」

 斉人が正面の台に向かって進み、壇上で油屋から虹玉を受け取った。油屋は次々と虹玉をチームキャプテンに渡して行った。英二も他に倣い、前に進む。

「ほい」

 油屋から渡された虹玉は、爽やかな緑色をしていた。

「さて、全チーム、キャプテンが虹玉を手にしたな。その中のどれか1つがゲームを制する虹玉として選ばれる。いわばそれらの虹玉が皆の運命を決めることになる。私から言えることはそれだけだ」

 油屋は後ろを振り向き、柱にかけてある大時計を見た。時刻は8:59だ。

「うん、ちょうど良い時間だな。今から32時間、明日の17時で試験は終了だ」

 時計が9時を告げた。

「これより卒業試験を開始する! みんな、健闘を祈る!」

 油屋はそう言うと淡々と演説台を降り、その場を後にしてしまった。余りに簡潔な試験の説明を受け、取り残された生徒達。

「とりあえず、ここにいても仕方ない。どこか別の場所に移動しよう」

 英二はチームの面々にそう声をかけ、広場からの移動を先導した。他のチームも同様に、素早く広場から離れて行った。

 あっという間に広場はもぬけの殻となった。


「1チームだけしか勝てないなんて、あんまりだよ……」

 結有が落ち込んだ様子で話す。

「これまでみんなで一緒に頑張ってきたのに……みんな敵になっちゃうなんて」

 英二チームは小さな建物の部屋の中に移動していた。3階立てで周囲の様子も比較的見渡しやすいし、一方で目立ちすぎることもない。

「しょうがないだろ、ルールはルールだ」

 英二はあくまで前向きに答えた。

「どうやったら俺達が勝てるか、それだけを考えよう」

「確実に勝つ為には……」

 メンバーの1人の蔵下くらした章夫あきおが口を開く。

「やっぱり、虹玉を総取りすることだよな。総取りまでは行かなくても、虹玉を持てば持つほど勝てる確率は上がる。奪うことが、エージェントへの道につながるってことか……」

 誰もが理解していたであろうが、改めて突きつけられる事実。

 このゲームは、今まで仲間同士だった者達による壮絶な奪い合いだ。

「残酷だな」

 もう1人のチームメンバーである川部かわべとおるが呟く。

 その時、英二が手元に置いていた虹玉が急に光り始めた。

「何だ!?」

 すぐに玉から機械的な音声が流れ始めた。

「試験速報。試験速報」

「この虹玉、スピーカー機能が付いてるのか……」

「あるチームが早くも虹玉を2個手中に収めた模様。あるチームが早くも虹玉を2個手中に収めた模様」

「なっ……」

 一同に衝撃が走った。

 既に奪い合いは始まっていたのだ――

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