第四七話:最終決戦

「そろそろか」

 ルシファーは部屋の入口に立っている従者の男に向かって問いかけた。

「はい。住民たちも続々と広場に集まって来ております。あと10分もすれば皆が一堂に会するかと思われます」

「分かった。他の幹部陣にも広場に集まるよう声を掛けてこい」

「かしこまりました」

 男はそう言うと、ルシファーに向けて深々と礼をし部屋から出ていった。

 いよいよだ――

 窓から外界の闇を見つめながら、ルシファーは感慨に浸った。

 いよいよ、世界の覇権を握る時が近付いてきた。

 この忌まわしい世界を自分たちの手中に納め、自由に動かすことが出来るその時が、目前に迫っている。

 これまで虐げられてきた歴史、それは決して忘れられるものではない。

 自分達が受けた屈辱、痛み、そして悲しみの報いを、この世界は受けるべきだ。

 この後の演説でグラハム群全体の士気は最大限に高まるだろう。

 そして、明日からは首都である黒都に向かって本格的に進撃する。

 ルシファーはクローゼットからローブを取り出して身にまとうと、部屋を後にした。そのまま突き当りの部屋に向かって進む。

 全ては、自分が邪気を自在に操ることが出来ると分かったあの瞬間から始まった。

 その力を有することが出来たのは奇跡と言って良い。

 自分たちの、既存秩序に対する決定的な武器になると確信した。そして、その力を完璧に操ることが出来るようになった。

 もう怖いものは何もない。

 ルシファーは部屋の扉を開けた。

 その力の全てを注ぎ込んだ結晶が、ここにいる。

 真っ暗の部屋の中に、人影がぽつんと1つあった。

「行くぞ、ラッセル」

「……はい」


 ホールにはおびただしいほどの数の人間が集まって来ていた。

「……グラハムの奴ら、こんなにいたのかよ」

 忍び込んだ大ホール内上段の部屋の窓から慎重に下を見下ろしながら、兵馬は集まっている人の多さに驚いていた。

 しかも皆、熱に浮かされたような上気した顔を見せている。

 演説の時を今か今かと待ち構え、既に全身からアドレナリンが迸っているようだ。

 ホールは異様な熱気に包まれていた。

「すごい光景だな……」

 隣の慎も兵馬に同調する。

「だが結局奴らの精神的支柱は厄災・ラッセルだ。ラッセルさえ仕留められれば、奴らの熱気は根底から音を立てて崩れるだろう。そうなればきっと巻き返せる。ヘッドたちならきっとやってくれるはずだ」

「そうっすね……」

 兵馬はごくりと唾を飲み込んだ。

「少年なんて言って悪かったな。頼んだぜ、英二……」

 兵馬は柄にもなく祈るような気持ちでその時を待ち構えた。


 ルシファーとラッセルは宮殿内の大広間に出た。

 広間の階段を上がった先の通路を渡れば、この後の演説会場である大ホールにたどり着く。

 2人は広間の中を進んだ。

 カン、カンと靴の音が無人の広間の中に寂しく響いた。

 広間のちょうど真ん中まで進んだ時、唐突にラッセルがルシファーの肩に手を置いた。

「どうした……」

「誰か、いる」

 ルシファーは後ろを振り返った。

「よう、しばらくだな、ルシファー」

 聞き覚えのある男の声が、扉の向こうから響いた。


 凱が広間の扉を開け、中に入った。

 英二は結有とともに後ろからそれに続き、凱の横に立った。

「お前は……」

 ルシファーは凱の姿を視認すると、おかしそうに笑った。

「ははは、俺としたことが。してやられたよ。よくぞここまで気付かれることなく辿り着いたな」

「簡単じゃあなかったさ……だが俺たちは辿り着いた。お前らの目論見はここで終わりだ」

「何をとぼけたことを言っているんだ? ここまで辿り着けただけで、もう終わった気になってるのか、めでたい奴め」

「俺がこの時をどれだけ待ちわびたか……絶対にお前らをここで止めてみせる」

「それはこっちのセリフだ。やっと俺達はこの世界に復讐出来るんだ。誰にも邪魔はさせない」

 ルシファーは隣のラッセルの肩を叩いた。

「俺達にはこいつがいる。厄災の力を忘れた訳じゃあるまいだろう? お前もまたこの厄災の力の前に無様に散る運命だ。お前の家族と同じようにな」

「黙れ、外道が!」

 凱は怒りを爆発させた。

「外道はどっちだ! ……まあいい。すぐにお前たちの無力さを思い知らせてやるよ。だがここじゃあ面白くない。せっかく観衆が集まってるんだ。皆の前でケリをつけようじゃないか。付いてこい」

 そう言うと2人は身を翻して階段を上がり、その先へと進んで行った。

「くそっ……悪趣味なやつめ」

 やむなく3人はその後を追った。


 大ホールにルシファーとラッセルが入場して来た。

「おおおおお!」

 広場の聴衆からは一斉に歓声が上がった。

 待ち望んでいた2人が現れたのだから無理もない。会場のボルテージは最高潮に高まった。

 大ホールはコロッセオのようなすり鉢状の形をしており、まるでホールの天井のように上部を水平で透明な床が覆い、中央に演説台が設けられていた。

 大ホールに入った聴衆は下からその透明な床を見上げ、演説を聞くことになる。

 その床の中をルシファーとラッセルがゆっくりと進んで行く。

 中央の演説台を囲うようにして、ホール内にはたくさんの通信機器が備えられていた。

 その通信機器を通じて、演説の内容は世界中に放送される予定なのだろう。

 しかし会場の熱狂はすぐにざわめきに変わった。

 すぐ後ろから、また別の2人の男と1人の少女も姿を現したからだ。

 兵馬はその光景を見て目を見開いた。

「ヘッド、英二! 結有ちゃんも……あいつら、あそこでケリつけるってのかよ……」

「これまた派手な舞台が整ったものだな」

 隣の慎も静かに言葉を添える。

 演説台に辿り着いたルシファーが聴衆に向かって声を張り上げた。

「お前たち、いよいよ俺たちが世界に向けて狼煙を上げる記念すべきこの日に、わざわざ敵の要人がここまで出向いてくれたぞ! 面度な手間も省けるというものだ。先頭のこの男が、魔王、桜井凱だ!」

 ホールからは聞くに耐えない怒声や罵声が沸き起こった。

「俺達の理念を邪魔するこの3人には、ここで見せしめとして死んでもらい、その断末魔の叫びを号砲としようじゃないか! なあ、お前たち!」

 ルシファーの声に熱狂する聴衆。

 狂気と熱気が会場を包み込んでいた。

「結有、ここにいては危険だ。離れていろ」

 凱が結有を見やり、避難を促した。

「分かりました……」

 結有は素直にそれに従い、ホールにつながる通路に戻り身を潜めた。

「長い前座は退屈だろう。じゃあ始めようか……行け、ラッセル!」

 ルシファーの声を受けたラッセルは声にならない呻き声を上げ、体をくの字に折り曲げた。

 次の瞬間、ラッセルの体から禍々しい妖気が一斉に溢れ出した。

「ああああああ!!」

 ラッセルは叫び声を上げた。

 全身を漂う妖気が八方に飛び散り、2人を襲う。

「ぐっ!」

 英二は何とか体を吹き飛ばされないように踏ん張るので精一杯だった。

 ラッセルが間髪入れずこちらに飛び込んで来た。

「よけろ! 触れてはダメだ!」

 凱が英二に忠告する。

 ラッセルの右腕が一閃した。

 英二はギリギリの所でそれをかわした。

 右腕が通過した箇所は空間が捻れたように歪な状態となった。

 なんだ、これ――?

 ラッセルの腕は紫色に怪しく光っている。

 続けてラッセルが腕刀を振るう。

 1発、2発と英二は何とかそれをかわしたが、3発目が英二のこめかみをかすった。

 ジュッという音とともに額に激痛が走る。

「ぐああっ」

 英二は思わず叫び声を上げ、後方に倒れ込んだ。

「こっちだ!」

 凱がこちらに踏み込み、手に持った拳銃でラッセルに殴り掛かった。

 ガキン! という金属音が響く。

 ラッセルは凱の一振りを右腕の金具でやすやすと受け止めた。

 ブン!

 ラッセルが反撃とばかりに拳を下からアッパー状に振り上げる。

 凱はその拳を後ろに仰け反ってかわした。

 風圧が凱の体を吹き抜ける。

 続け様にラッセルは凱への攻撃を繰り出した。

 凱は必死にそれをかわしながら反撃を繰り出す。

 そこから2人は壮絶な攻防戦を繰り広げた。

 凄まじいスピードで展開される2人の動きは、目で追うことさえ出来ないほどだ。

 しかし、凱が次第に押され始めていることは誰の目にも明らかだった。

「いいぞ!やれやれ!」

「殺せ!」

 ホール内の観衆はラッセルの攻勢にヒートアップし、狂乱の如き騒ぎとなった。

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