第四五話:街の中へ

 凱を先頭に4人は進み出した。

 街に人影はほとんどない。既に多くの人がここを去って避難したか、あるいは犠牲になってしまったのだろう。

 もぬけの殻となった街は不気味なくらい静かだった。

『いたぞ』

 先頭の凱からテレパシーが届いた。

 4人は建物の影に隠れながら用心深く前方を覗いた。

 ガンを手に携えた男が辺りを見渡しながら歩いている。警護兵だろう。

『無駄な抗争は避けるぞ。それだけ発覚のリスクが増える』

 凱が再びテレパシーを送る。

 男は何かに気付く様子もなく、4人の目の前を過ぎ去っていった。

 タイミングを見計らって4人は素早く道を突っ切って前に進んだ。

『しばらく人の気配は感じませんね』

 兵馬が周囲の様子をリサーチして伝える。

『そうだな、このまま一気に進もうか』

 4人はさらにスピードを上げて進んだ。

 やがて街を取り囲む塀がほんのすぐ前に迫ってきた。

 塀に備え付けられた門は4人の右手にあった。門の様子を伺うと、門番らしき男が両脇に1人ずつ待機していた。

 2人とも屈強な体つきをしている。

『オッケー、俺に任せてください』

 当初の計画通り兵馬が進み出た。兵馬は風呂敷ほどの大きさの布を取り出し、上に放り投げた。

 その布がひらりと兵馬に被さり、すぐに兵馬がパッとその布を払った。

 すると布の中から現れたのは兵馬ではなく、高齢の老人だった。

 老人はよろよろと前方へ歩き出した。

 建物の影から抜け、門番の2人からもその姿がはっきりと見えるようになった。

 門番は突如現れた老人に訝しげな視線を向けた。右に控えた男が近付いてくる老人に声を掛けた。

「おいそこのお老いぼれ、一体何の用だ」

「中に……中に入れてもらうことは出来ませんでしょうか……」

「はあ、何を言ってる?」

「中に家族がいるんです……家族と会わせてもらえませんでしょうか……」

 そう言うと老人はその場にばたりと倒れた。

「はっ、勝手にくたばりやがった」

「面倒くせえな、こいつどうするよ。そこら辺にでも捨てるか」

 門番の2人は顔を見合わせた。

「何しに来たんだか」

 再び2人は足元の老人を見下ろしたが、ぎょっとした驚いた顔をした。

 老人のローブだけがそこに落ちていて、その中身がすっぽり抜けていた。

「なっ……これ」

 そこで男の言葉は途絶え、ばたりと前方へ倒れ込んだ。

 続いてもう1人も倒れ込む。

 その背後には兵馬が悠然と立っていた。

 兵馬が建物に隠れる3人に向かって手招きする。

「行くぞ」

 凱を先頭に3人は門に駆け寄った。

「よくやった。手始めにこいつらを隠すぞ」

 英二達は手分けをして門番2人を門の脇にある管理室へと運び込んだ。

 管理室内には大きなパネルや通信機器と思われる器具が設置されていた。

「ここで内部と連絡を取り合ってるわけだな」

「もうしばらくしたら後方部隊が来る。その中には擬態の能力者もいる。そいつらにこの場は任せて、俺達は一気に攻め込むぞ」

「はい」

 待つこと数分、専任二班が英二達のいる6番ゲートにやって来た。

「じゃあここはよろしく頼むぞ」

「はい、任せてください」

 後方部隊としてやって来た3名のエージェントが凱に応じる。

 4人は管理室を出ると、門の中を進んで街の中に入った。

「うっ、これは……」

 門を抜けた先の景色に思わず4人は息を呑んだ。

 建物はほとんどが何かしらの損傷を負い、全壊して倒れているものもある。煙と、靄のようなものが立ち込め視界は不明瞭だ。

 そこはまさに死の国だった。

 4人はその中でもなるべく損傷の少ない建物の中に慎重に足を踏み入れた。

 中には人の気配はない。

 それぞれエントランスフロアの椅子に腰を降ろした。

 ちょうどその時4人の脳内にテレパシーが飛んで来た。

『こちら3番ゲート、門を突破しました。これより中へ入ります』

『ご苦労。こちらは既に街の中だ。中は想像以上に破壊されて、人の気配はない。だが用心しながら進め』

『ラジャ。では後ほど』

 テレパシーが途絶えた。

 どうやらもう1グループも無事に街の中へ入れそうだ。

 残るは結有達が侵入予定の9番ゲート。慎と斉人も付いていることだ、きっと問題ないだろう。

 英二は窓の外を見た。相変わらず視界は悪く、先まで見通すことが出来ない。

 ふと、窓のガラスの中に一筋の光が映った。

 あれは、斧――!

「おおおお!!!」

 唐突に叫び声がフロアに響いた。

「ぐっ!!」

 哲郎が声を上げて咄嗟に身を交わした。

 斧は真っ直ぐに振り下ろされ、哲郎の左腕をかすめて地面に突き刺さった。

 その腕からは血が滴り落ちた。

「哲郎!」

 兵馬が叫んだ。

「うあああああ!!!!」

 続けて部屋の奥から奇声と共に一斉にバレットが乱射された。

 人数は分からないが、とても数人どころではない。

 英二達は不覚を取られたが、すぐに臨戦態勢を取りシールドでバレットを弾き返した。

「うあああああああああ!!」

 しかしバレットの乱射は止まることがない。英二はそれを防ぐのに精一杯だった。

 その時、凱がバレットを目にも留まらぬ速さでさばきながら前に出た。

「ふっ!」

 凱は息を吐きながら斧を持った男に正拳突きをぶち込んだ。

「ぐふっ!」

 男は体をくの字に曲げて吹き飛んだ。

 そしてそれと同時に衝撃波が前方に向かって走った。

 その波は目にも留まらぬ速さで進み、物影に隠れた者たちを直撃した。

「ぐあっ!」

 悲鳴とともに男達が吹き飛んだ。

 バラバラとガンが地面に落ちる。

「落ち着け! お前たち!」

 凱がその男達に向かって声を張り上げた。

「俺をよく見ろ。俺はグラハムの一員なんかじゃない」

 倒れ込んだ男達からざわめきが上がった。

 凱はさらに前に進んだ。

 既に男達は戦意を失っていた。

「もしかして、あんたは……」

「ファミリアのヘッド、桜井凱だ。お前たちを助けに来た」

 室内にざわめきが広がる。

 男達は興奮と動揺が混じったような混乱状態となっていた。

 と、その中から1人の男が前に歩み出た。

「あなたは、本当に本物のヘッド様なんですね……?」

「いかにも」

「ああ……神様は私達を見捨てていなかった訳だ……」

 男は天を仰いだ。

「私達はこの街の住人です。いや、住人でしたというのが正しいのかも知れない……この街はグラハムの奴らにすっかり制圧されてしまいました……」

「他の住民はどこへ?」

「うまく逃げおおせた者もいれば、奴らの凶行の犠牲となったものもいます……また、奴らの奴隷として捕らえられている者達もいます。少ないですが、中には私達のようにこうして身を隠している者達もいますが」

「なるほど……とりあえずお前たちが無事で良かった。よく頑張ったな」

「ヘッド様……」

 思わず男の両目には涙が滲んだ。

 後ろの男達からもすすり泣く声が聞こえた。

 絶望の中にあって、予期せぬヘッドの登場は大きな光となって彼らの心を照らしたのだろう。

『ヘッド、応答願います』

 その時テレパシーが4人の頭の中に響いた。

 慎の声だ。

「ちょっと、悪いな」

 凱は目の前の男達に断りを入れた。

『どうした?』

『こちらも9番ゲートを突破して中へと侵入しました』

『そうか、ご苦労。これで3箇所とも問題なく突破だ』

『では私達も当初の計画通り、宮殿前の地下室に向かいます』

『ああ、頼んだぞ』

 テレパシーはそこで途絶えた。

「失礼したな。この街の状況はどうなっている?」

「ここら辺は街の周縁部だから人は全然いませんが、ここから街の中心に近付くとグラハムの連中達の姿が見え始めます。奴らは街を我が物顔で占拠して使っています」

「幹部連中はどこに? やはり宮殿か?」

「はい、仰る通りです。そこを拠点として指示を出しています」

「事前の情報通りだな。今日はその宮殿で演説があると聞いたが」

「よくご存知で……宮殿内の大広場にグラハムの奴らが集まり、そこで奴らの指導者からの演説が行われる予定です。捕らえられている者達もそこに集められると聞いています」

 男はより険しい表情を見せた。

「そこで……見せしめが行われるという噂があります。奴らの恐怖政治をより徹底するため、一部の者達がその大衆の前で処刑されると……」

「何て愚かなことを……」

「それを黙って見過ごすことは出来ません。私達は今日、その集いの場にクーデーターを起こすつもりでした。勝算は薄いかも知れません。でも、何もしないで仲間たちが殺されていくのを見ているよりはましです」

「ああ!」

「そうだ!」

 後ろの男達からも力のこもった声が上がる。

「その勇気は素晴らしい。だが勇敢と無謀は違う。俺達が来たからには安心しろ。俺達が奴らを壊滅させてみせる」

「ヘッド様……」

 男はほっとしたような安堵の表情を浮かべた。

 たった一言でたちまち相手を安心させてしまうその信頼感は圧巻だ。

「奴らの強さの源は厄災・ラッセルとそれを操るルシファーだ。そいつさえ封じてしまえば奴らの勢いは消え去るだろう。十分に巻き返せる。今から俺達はその厄災の待つ宮殿へ向かう」

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