第四四話:覚悟

「どういうこと……」

「俺は厄災に対して何も手が出せなかった。あれは忘れもしない、俺がまだ9歳だった頃だ。数十年ぶりに現れた、魔人族史上4度目の厄災が、世界を襲った。俺の住む街にも例外なく、厄災の矛先が向けられた。厄災が街を襲った時、俺はなす術もなく家の地下室に避難した」

 記憶を辿り言葉を絞り出す凱の顔は、傍から見てもつらそうだった。

「どれくらいの時間が経っただろう、それは永遠にも思えるほど長い時間だった。地下室への隠し扉が開き、親父が降りてきて俺を地上に連れ出してくれた。地上はひどい有様だった。建物はぼろぼろで、完全に崩壊しているものもたくさんあった。地面には血だらけで横たわっている人々もいた。言葉を失っている俺の横で親父はこう言ったよ。母さん、死んじまったってな」

 凱の目からは大粒の涙が溢れた。

「多くの犠牲とともに、その厄災となった男の息の根は止められた。でもそれは何の解決にもならなかった。その時、閻魔の血を引く選ばれし者は誰もいなかったんだ。一定の期間をおいて、再び厄災は出現した。倒しても倒しても、また現れる。俺は必死に自分を鍛えた。母さんを奪った厄災にこれ以上好きにさせてたまるかってな。でもその厄災との戦いの中で、親友が死に、恩師が死に、そして遂に親父も死んだ。俺は厄災に大切なものをほとんど奪われちまった。俺は自分を呪ったよ。俺に選ばれし力があれば、大切な人達を守ることが出来たのにってな。だから、お前がその力を持って生まれてきてくれた時は本当に嬉しかった……お前は、俺達にとっての希望の光になったんだ。俺は、ファミリアを挙げてお前を一流のエージェントに育て上げ、ともに厄災を葬り去ることを誓った」

「そんな……ことが……」

 凱の言葉は英二の心を強く揺すぶっていた。

 自分の家族に降り掛かった不幸に胸がぎゅっと締め付けられる。

「だが、同時に不可思議なことも起こり始めた。お前の誕生の少し前から、厄災がぱたりと現れなくなった。これまでは長くても3~4年以上厄災が現れないことはなかったのに、だ。やがて不穏な噂が流れ始めた。とある過激組織に、邪気をコントロール出来る者が現れたらしい、と。そしてそれは本当だった。その過激組織が、グラハムだ。奴らは邪気を生まれたばかりの赤子に植え付け、自分たちの言うことを聞く厄災として育てるというおぞましいことを始めていた」

「嘘だろ……」

「邪気を操る者、そいつは当時まだほんの小さな少年だった。名はルシファー。そして、邪気を植え付けられた赤子の名がラッセルだ。ルシファーとラッセルが、今のグラハムの中枢を担っている。奴らはその厄災・ラッセルが十分成長するタイミングに合わせ、世界に向けて総攻撃を仕掛けて来ることは明白だった」

「なんで……なんでグラハムはそんなに世界が憎いの? こんなテロなんか起こして何がしたいんだよ」

「奴らは、もともとは地下世界の被差別民族だったんだ」

「え……」

「代々伝わる遺伝なのか、十分な魔気を身に付けることが出来なかった魔人たちが身を寄せ合う地域がある。魔気に不自由するから、当然仕事にもなかなかありつけず、彼らは困窮を強いられた。理不尽で不平等な身の上を嘆き、不満をため込んでいたんだろう。そんな彼らの転機になったのが、人工魔石の開発だ」

「人工魔石……?」

「彼らは魔気の宿った人工魔石の開発に成功した。その魔石を身に埋め込むことで、強力な魔気を身に付けることが出来るようになったんだ」

「そんなことが……」

「そしてルシファーとラッセルまで生まれた。大きな力を手に入れた奴らは、過激組織グラハムを結成し、これまで舐めさせられてきた辛酸の借りを返そうとテロを企てることにしたんだろう。その際に奴らの最大の脅威になるのは英二、お前だ。だから俺達はお前を地上世界に隔離し、時が来るまで保護し続けようと決めたんだ。お前が十分成長し、アカデミーへ入る直前に奴らはお前のことを嗅ぎ付け攻撃を仕掛けて来たが、何とか無事こちらの世界に戻って来れた。そして立派に邪気狩りのミッションを果たすまでに成長した。奴らはそこで決心したんだろう。攻撃を仕掛けるなら、お前が完全に覚醒する前の今しかない、とな」

 凱の目には既に涙はなく、代わりに決意に満ちた強い力が込められていた。

「それで、あのタイミングだったのか」

「ああ、まさにあのサミットは打ってつけのタイミングだ。世界を大混乱に陥れるまたとないチャンス。奴らにその兆候は見られなかったが、俺達はまんまとしてやられたわけだ」

 凱は悔しそうに歯ぎしりをする。

「悔しいが、奴らの力は本物だ。エージェント陣営は劣勢を強いられている。だが、ルシファーと厄災・ラッセルさえ止めれば全てが変わる。あいつらの存在が奴らの精神的支柱になっている。そこを根こそぎへし折りたい。奴らのこんなやり方は絶対間違っている。止めなきゃならない。その為に英二、お前の力がいる。残酷過ぎるミッションであることは十分に分かってるが、力を貸してくれないか」

 英二は凱の、自分の父の半生に思いを馳せた。

 母を殺され、親友を殺され、そして父も殺された。

 無力な自分の前で大切な人達を奪われる気持ちはどのようなものだろう。

 その悔しさは想像を絶するはずだ。

 そして、それは凱だけじゃない。

 この世界に暮らす数え切れない程の人々が厄災によりどん底の悲しみを味わわされ、そして今もいつ終わるとも知れない恐怖に怯えながら過ごしている。

 そして最後に思い浮かべたのは結有の顔だ。

 結有の決意。自らの命を差し出してでも世界を救うという決意には一点の濁りもなかった。

 英二の答えは決まっていた。

「やるよ」

 英二の顔にももう涙はなかった。

「俺が厄災をとめる。この世界を悲しみと恐怖の連鎖から救って見せる。それが、俺のミッションだ」


「起きたか。もうすぐで到着だ」

 英二が目を開けると、奥の席の凱が話しかけて来た。

 車に揺られながら英二はいつの間にか眠りの淵につき、夢を見ていた。

 白昼夢のように、輪郭がなくおぼろげな夢。

 でもそれはどこか温かくて、居心地の良い夢だった。

 このような緊迫した状況でなぜそのような夢を見ることが出来たのか、英二は不思議に思った。

 車は人通りの少ない道を駆け抜け、目的地への距離を縮めていた。

「頼むぞ。お前にかかってんだからな」

 運転席から兵馬の声が飛ぶ。

「さすが、大物だぜ」

 哲郎も調子を合わせる。

 車には凱、哲郎、運転手の兵馬、そして英二の4人が乗車していた。

 目的地は歴史ある文化街、ノーランディア。

 この都市はちょうど数日前にグラハムによって制圧され、奴らが活動の拠点としている街だった。

「このノーランディアにグラハムの幹部陣、そして厄災・ラッセルがいる。当然警備も厳重だが、そこを突破しなければ埒が明かない。作戦決行は深夜0時。奇襲をかけて厄災のもとへ辿り着き、あいつを浄化する」

 凱が出発前に一同を集めて今回の作戦の説明をした。

 今回の奇襲にはファミリアから選りすぐられた20名の精鋭たちが参加する。

 その中でも重要な役目を果たすのが、凱が率い英二も属する特攻一班、そして慎が指揮し、斉人と結有も属する専任一班だ。

 この2つの班が厄災・ラッセルの元まで辿り着き、邪気を葬り去ることが最大にして唯一の目標だ。その為に他の奇襲メンバーはあらゆる手を使ってサポートする。

 車が市街地に近付いてきた。辺りにぽつぽつと建物が見え始める。

 遠く先を見渡すと大きな建物がいくつもそびえ立っている。

 いよいよノーランディアが近付いてきた。

 しかし、その街からは至る所から黒い煙が上がり、紛争が起きたことを容易に想像させた。

 車は街から少し離れた場所で停まった。

「さあ、降りるぞ。ここから先は自分たちで突破しなきゃならない」

 凱に続いて英二達は車から降りた。

「あれを見ろ」

 凱が前方を指差す。

 車の停車地から100メートルほど先に、人の背丈の3倍はあろうかと言う塀があった。塀はぐるりと街を取り囲んでいる。

「ノーランディアに入るにはあの塀を越えなければならない。平時ならもちろん俺達が止められることはないが、今は当然グラハムの手によって固く守られている。街を囲うように等間隔で10個の門が設けられており、攻撃部隊でその内の3個を同時に攻撃してこじ開ける。俺達の担当はあの第6の門だ」

「承知です。ただヘッド、門をくぐった後はどうします? えらい騒ぎになると思いますが」

 哲郎が凱に尋ねる。

「もちろんギリギリまで俺達の存在はバレたくない。穏便にことを運ぶぞ。門を制圧したらすぐにダミーの門番を置いて中央への連絡を担う。俺達は密かに中へ入ろう」

「任せてください。こう見えてスマートにことを運ぶのは得意なんですよ」

「じゃあ進もうか。ここから先は厳重に警備されている。決して俺達の動きを悟られるなよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る