第四三話:過酷なる運命

 英二は木製の階段をゆっくりと登っていた。

 この上には村全体の風光明媚な景色を見渡せる、見晴らしの良い展望台があるはずだった。

 残す所数段という所となり、その展望台の様子が目に入るようになって来た。

 七瀬に、この展望台の上に来るよう伝えられていた。

 奥にベンチが備え付けられており、そこに1人の少女が向こうを向いて腰掛けている。

 階段を登りきり頂上に辿り着いた英二は、そのままベンチの方へと歩を進めた。

「やあ、元気だった?」

 英二は後ろから声を掛けた。

「え……」

 結有がこちらを振り向いた。

「いつの間にかいなくなってて、びっくりしたよ」

「英二……どうしてここに?」

「俺なりに調べたんだよ。そしたらびっくりする話がたくさん出てきて。で、ここの村は避けて通れない、きっと何かここに答えの1つがあるって思わずにはいれなかった。そうなるといてもたってもいられなくなってさ」

「そっか……色々調べたんだね」

「ああ」

 英二は結有の隣に腰を降ろした。

「ごめんね、何も理解してあげられてなくて」

「ううん、英二は何も悪くないじゃない。これは私自身の問題だから。それよりも悲しいのはね……」

「ん……」

「もう前みたいに無邪気に笑い合ったり出来なくなるのかなーってこと。いつかその時は来るんだって頭では分かってたけど、いざそうなってみるとやっぱりさみしいな」

 結有の声は憂いを帯びている。

「あのさ、2人でどっかに行かない?」

「えっ……?」

「世界を救うっていう責任を、結有が1人で負わされるなんてやっぱりおかしいよ。俺たち2人でどこかに姿をくらまそう。で、世界を救うには本当にこの方法しかないのか徹底的に調べよう。絶対他にも方法はあるはずだよ」

 その言葉を聞いて結有がくすりと微笑んだ。

「ありがとう、英二。その気持はとっても嬉しいな。英二と2人でどこかへ行って暮らしたら、とっても楽しそう。でもね、私は今のこの世界を見捨てておくわけにはいかないんだ。こうしている間にも、どこかで誰かが犠牲になっているかも知れない。一刻も早く厄災を封じなきゃ。そのために自分の命が役立つのであれば、私は喜んでそうしたい」

「結有……」

 英二は何も答えを返すことが出来なかった。

「だからさ、英二にもその為に力を貸して欲しいんだ。思い出して、アカデミーで2人とも魔気が全く使えなかった時のこと。あの時の落ちこぼれ2人が世界を救えるかも知れないんだよ。そんな凄いことってないと思うんだ」

 結有は英二の瞳を真っ直ぐに見据えながら言う。

 その瞳の中には確固たる強い意志が光となって現れていた。

「お願い、英二。一緒に厄災と戦おう」


 プシュ、と扉が開く。英二は結有と並んでその部屋の中へと入った。

 部屋は10人ほどは収容出来る広さで、中央に円卓が設けられていた。

「着いたか。ご苦労だったな。さあ遠慮せず座ってくれ」

 入り口に近い席に慎が座っており、部屋に入ってきた2人に声を掛けた。

 慎の隣には、見覚えのある顔があった。

 斉人だ。

 アカデミー卒業以来の、久しぶりの再開だった。

「やあ、久しぶりじゃないか」

「斉人も来てたのか」

「まさかここで一緒になるとはね」

 部屋の中はがらんとしており、2人を除くと奥の席に1人の男が座っているのみだった。

「よう。まともに喋るのは初めてだな」

 奥に座っている男が英二に向かって声を掛けた。

 深みのある低い声。

 見間違える訳もない。

 奥に座ったその男はファミリアのヘッド、桜井凱だった。

「そうだね」

「改めて、見ない間にすっかり大きくなったもんだな。生まれた時はあんなに小さかったのにな」

 凱が感慨深げに言った。

「俺は何も覚えてないけど」

「そりゃそうだ」

 英二と結有は入り口から一番近い席に腰を降ろした。円卓を挟んで凱と対峙する。

「七瀬から話は聞いている。まず、俺の口から2人に詫びさせてくれ。すまない」

 凱は2人に向かって頭を下げた。

「この事態を防ぐことが出来なかったのも、俺たちエージェント界の幹部陣の責任だ」

「いえ、そんな……」

「トップってのはそういうもんだ。全ての物事に責任を持たなきゃならない」

 凱はそう言うと咳払いをしてしばらく間を置いた。

「さて、お前らもよく分かってるだろうが、今この世界は大きな危機に瀕している。過激派組織・グラハムの力は、悔しいが俺達の想像を遥かに越えていた。奴らは水面下で急激に軍事力を高めていたようだ」

「既に3つのファミリアが奴らの侵略を防ぎ切れず、占領されてしまった。犠牲者の数も日に日に増えている。このままではこの世界は地獄と化すだろう」

 慎が横から説明を加えた。

「奴らの最大の脅威が、厄災・ラッセルだ。こいつを葬らなければ俺達に明日はない。そして厄災を殺すだけじゃ同じことが繰り返されてしまう。根底から邪気を消す必要がある。そのためにお前ら2人の力がどうしても必要なんだ。頼む、世界の為に力を貸してくれ」

 凱は再び頭を深々と下げた。

「そんな、やめてください……当然です。私の大好きな世界の為なら、なんだってやりますから」

「ありがとう。本当に。何と礼を言えばいいか……」

「いえ……」

「英二、お前も協力してくれるな?」

 凱は視線を英二の方に向けた。

 英二は少し間を置いた後に口を開いた。

「うん……仕方ないもんね」

「……ありがとう」

 凱は神妙な面持ちで英二を見つめる。

「2人とも村からの長旅で疲れてるだろうから、しばらく休んでくれ。その後改めて、このミッションの詳細を話させてくれ」


「英二、お前には少し話がある。ここに残ってくれ」

 一通りの話が終わり、皆が席を立とうとした時に凱が英二を呼び止めた。慎と結有、斉人はそのまま部屋を後にし、部屋には2人だけが残った。

 しばらく沈黙の時間が続く。

 おもむろに凱がその沈黙を破った。

「すまないな、こんな過酷な決断をさせて」

 英二は俯き、机の上の1点を見つめた。凱は英二を険しい顔付きで見つめている。

 英二はやがて、机の上に置いた左右の手を強く握り締め始めた。

 肩も小刻みに震え始めた。

 バン!

 英二は左右の拳を机に振り下ろした。

「なんでだよ! なんで俺達なんだよ!」

 英二の両目からはぼろぼろと涙が溢れていた。

「なんで結有が犠牲にならなきゃいけない!? なんで俺が結有の命を奪わなきゃいけない!? そんなのおかしいよ……! 何が選ばれし者だよ!」

 英二は思いの丈をぶちまけ、それまでずっと抑えていた感情を爆発させる。

 行き場のない怒り、遣る瀬無さ、そして悲しみが体の中を暴れ回り、どうにかなってしまいそうだった。

「ああああ!!!」

 バンバンバン!

 続け様に机を拳で殴りつける。

 拳の痛みなど全く感じられなかった。

「ハア……ハア……」

 英二は肩で息をしていた。

 凱は目をそらすことなくじっと英二の様子を見守っている。

 やがて、凱の目からも涙が幾筋にもなって流れ出した。

「つらいよなあ……英二。それがどれだけつらいことか……当事者じゃない俺だって胸が張り裂けそうだ」

 英二は顔を上げて凱の顔を見つめた。

 地下世界の、魔人界のトップたる男が、息子の前で涙を流している。

 その光景は英二の激情にも似た気持ちの高ぶりをそっとなだめた。

「でもな、英二。こんなことを言ってほんとに俺は最低だと思うが、俺はお前がちょっとだけ羨ましいんだ」

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