第四二話:『選ばれし者』
そんな――
「数十年前まで、私達一族への差別は続いていました。大きな邪気が生じた際には体を張ってその邪気を吸収し危機を未然に防いでいたのにも関わらず。時代の移り変わりもあり、やがてその差別は公式に禁じられることとなり私達は市民権を得ました。それまでの差別はタブーとなり、歴史から消されることとなりました。その魔女の歴史についての記録はほんの僅かしか残っていないはずです」
「確かに黄昏村についてネットで調べても何も出て来なかった……情報統制が行われていた訳ですね」
「そうです。今となってはその歴史を知っている人の方が少ないでしょうね」
結有は……結有はその歴史を知っていたのだろうか。
「一方で、黒炎という禍々しいまでの力を持った雅人は後に『閻魔『と呼ばれて崇められるようになっていました。その雅人の力も脈々と受け継がれていきましたが、雅人ほどの強い炎を持ち、邪気を焼き尽くすことが出来る者は滅多に現れませんでした。その間、人類は厄災との戦いを強いられることとなります。何とかその厄災を葬ることが出来ても邪気は消えることがなく、また次の対象を見つけてしまいます。根本的な解決にはならないのです。強い黒炎を持つ者が現れて初めて、邪気を根絶することができ、そして世界はその後しばらく平和と繁栄を謳歌することが出来たのです。これまでの歴史で幾度か現れ、世界に平和をもたらして来たその男達は、閻魔の血を引く選ばれし者と呼ばれています」
選ばれし者――
「そして17年前……久しぶりに大きな黒炎の魔気を持つ赤ん坊が生まれました」
七瀬の視線は真っ直ぐに自分を見つめている。
「それがあなたです」
「そういう……そういうことだったのか……」
「だからあなたは、この世界にとってなくてはならない存在なのです。ただ、選ばれし者だけ、つまりあなた1人だけではその任務を果たすことは出来ないことはお分かりですね?」
既に頭の中には悪い予感がよぎっていた。
「邪気は一点に凝縮させて一瞬で焼き尽くさねば消えることはありません。でも邪気は厄災の体中に充満しており、その体を攻撃したところで邪気は逃げてしまいます。誰かが、邪気の憑依を請け負い、1点に凝縮させて焼き貫かれる役目を担わねばなりません。それが出来るのは当然、浄化士に限られます」
英二の心臓はどくどくと鐘のように打ち始めた。
もしかして、それは――
「今の世界を危機に陥れている厄災を滅ぼすために選ばれた浄化士が、結有です。選ばれし者であるあなたは結有を焼き貫かねばなりません」
「まさか……!? そんな……」
英二は悲鳴にも似た声を上げた。
俺が結有の心臓を?
そんなこと出来るわけがない……
「結有は幼い頃から浄化士としての類まれな適性を見せていました。数十年に一人のレベルの逸材だと判断されました。再びこの世界に厄災が現れた時のために、アカデミーにも入学が認められました」
「結有は……結有はそのことを知っているんですか……?」
「はい。無事邪気狩りをこなしてしばらくしたタイミングで、彼女にはその事実が伝えられています。厄災が出現した時には自らの命を差し出してこの世を救って欲しいと。そして彼女はその宿命を受け入れました」
頭を強く殴られたような気持ちだった。
一緒にアレクサンドリアまで向かう旅路で、彼女はそのような過酷な使命を背負っていることなんて全く思えないほどに明るく朗らかだった。
どれほどの覚悟が、苦しみが、その笑顔の裏にあったのだろう。
どういう気持で俺と接していたのだろう。
英二は唇を強く噛み締めて目を閉じた。
結有の笑顔を思い出す。
やがて自分の命を奪うことになるかも知れない存在と、どうやったらあんな風に接することが出来たのだろう。
「結有は……今どこにいるんですか……? アレクサンドリアでテロが起こった瞬間から、どこかにいなくなってしまったんだ」
「彼女は今、この村にいます」
「え……」
「私たちは、厄災が出現すること、すなわち結有がその使命を果たさなければならない時が近いことを分かっていました。邪気の動きにはとても敏感なのです。そして私達は結有の役目が迫りつつある状況を黙って見ていることは出来ませんでした」
七瀬の目が少し憂いを帯びる。
「最後にどうしてももう一度彼女の気持ちを確かめたい。そう思った私達は彼女をこの村に呼び寄せるべく刺客を放ちました。アレクサンドリアであなた達が2人で行動していたのはまたとないチャンスでした。そしてテロが起こりあなたの意識がそちらに奪われている数秒の時間を見逃さず、刺客達は結有の身柄を確保しこの村に連れてきたのです」
「じゃあ、結有はこの近くに……」
「はい、います。もう私達はじっくり話し合いました」
「結有に合わせてください! 俺、一緒にいたのに結有の苦しみを全く分かってやれていなかった……結有が何を思っているのか、本音で話をしたい」
七瀬は英二の目をじっと見つめた。
そして目をゆっくりと閉じた。
「いいでしょう。あなたもこの過酷な運命の渦に巻き込まれている1人。その権利はあるはずです」
アレクサンドリアから南西50キロメートルほどに位置する中小都市・マグレス。
いつもはとりたてて何の事件もない、平穏なこの街を不吉なサイレン音が揺らした。
「緊急事態、緊急事態。街に襲撃者あり。住民の皆さんは、南門からいち早く街を出て避難してください」
程なく、その放送音をかき消すような悲鳴があちらこちらから上がり、街を包んだ。
厄災が、街に現れた。
厄災は、目に入る人々を片っ端から攻撃し、血祭りに上げていた。住民たちにはなす術がなかった。
その厄災のすぐ横には、若い男がぴったり付いて歩いていた。
「次はあそこだ」
男の言葉に、厄災は従順に従っていた。
指示された方向にいる、逃げ惑う人々の一群に邪気の波動を浴びせる。
「ぐああ!」
「きゃあ!」
波動を浴びた人々は絶叫して倒れこみ、絶命した。
厄災と男はつまらなそうにその横を通り、街の先へと進んでいく。
彼らだけではない。
街の至るところでグラハム軍のテロリスト集団が猛威を振るい、次々と住民が命を落としていた。
「おらああああ!!」
エージェントの一団が奇をてらって背後から厄災と男に襲いかかった。
彼らの振りかざした銃剣は二人をかすめた。
「これ以上お前たちの好きにさせてたまるか……! 俺たちの街だ……!」
エージェント達は2人に向かって対峙した。
「へえ、逃げなかったんだ」
「当たり前だ! 貴様ら、絶対に許さんぞ!」
「立派だけど、馬鹿だね」
男は隣の厄災に顎で指図した。
「やれ、ラッセル」
厄災がエージェント達に向かって飛び込んだ。
街に彼らの断末魔の声が響くまで、時間はさしてかからなかった。
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