第三八話:動き出した者達
ガーデンまではバスの停留所から歩いて数分の距離だった。その道中には露店が軒を連ねたり、娯楽施設が設けられていたりと賑わいを見せていた。
時刻は既に18時を回り、開場の時刻を過ぎていた。ガーデンの入場客の列はずらりと数十メートルの長さになっていた。
「すごい人だねえ……報道の人たちもたくさん集まってるし」
周りを見ればずらりとカメラを携えた報道陣の姿もたくさんある。
「予想はしてたけど、すんごい注目だね。俺達が招待されるなんて場違いじゃないと良いけど」
唐突に、結有がぱっと前方に駆け出し、そのまま街の中の階段を登っていった。階段は街の高台へと通じている。
「ねえ、英二も来てよ」
結有が階段の途中で立ち止まり、こちらを振り返る。
「どうしたんだよ急に」
英二も仕方なく後を追う。小走りに駆け上がり、結有に追いつく。
そのまま2人で高台のてっぺんまで登った。
「すごーい。壮観だね」
確かにここからは街中を一望でき、その景色は壮観の一言に尽きる。
「見て、私達あの大きなガーデンよりも高い位置にいる」
結有が左のガーデンを指差す。
「いきなり走り出すから何かと思ったよ」
「何か、急にこの街をちゃんと目に焼き付けておきたいなって。そんな気持ちが湧いてきたの。あの丘からはどんな景色が見えるかなって」
結有が気持ちを吐露する。
「すぐにあのおっきなガーデンに入っちゃうのが、何て言うか勿体無いような気がして」
手すりに手を置いて街を見下ろす結有の目はどことなく寂寥感を湛えていた。
2人はそのまま、しばらくその丘から見える景色に様々な感情を重ね合わせていた。
はらりと枯れ葉が英二の足元に落ちた。
「そろそろ行かなきゃな。サミット始まっちゃうし」
「そうだね、行こっか」
2人は手すりから手を離し階段を降り始めた。
階段を降り切ったちょうどその時だった。
ドオン!
大きな爆音が2人の鼓膜を揺らした。
「何だ!?」
慌ててその音のする方を振り向く。すると、ガーデンの方からもくもくと灰色の煙が上がっていた。
「いったい何が……」
英二はガーデンがはっきりと見える位置まで慌てて走った。続けて再びドオン!という爆発音が響き、ガーデンから炎が噴き上がった。
これは――
「テロだー!」
誰かが大きな声で叫んだ。
周囲から一斉に悲鳴が上がり始めた。
蜂の巣をつついたような騒ぎが起きる。
人々が慌てて走り逃げ惑う。
ガーデンからも続々と人が走りながら溢れ出て来た。
街は一瞬にしてパニックに陥った。
走り惑う人とぶつからないように避けながら英二は冷静さを保とうとした。
「結有、テロだ!」
英二は後ろを振り返り結有に危機を告げる――はずだった。
振り返った先の視界の中には結有の姿は見つからなかった。
「あれ……」
英二は慌ててキョロキョロと辺りを見回す。しかしどこにも結有の姿は見えない。
「え……何で……?」
英二は頭の中が真っ白になった。焦りと混乱が英二の心を満たす。
英二は必死に辺りを探し回ったが、やはり結有は見つからない。
既にテロのことはほとんど頭の中からなくなっていた。
唐突に、
「うわあー!!」
という叫び声がアリーナ側から響いて来た。その声に続き数人の人が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる光景が目に入って来た。
叩きつけられた人々は血みどろになり、ずるりと地面に落ちた。
凄惨な光景に、周囲のパニックは更に度を増した。
続けて、何度も人がこちらに向かって吹き飛ばされて来た。
確実にその震源地はこちらに近付いている。
人々が必死にその方向から逃げて来る。
そして、『それ』が姿を現した。
角を曲がって、禍々しい妖気を発した人物が姿を見せた。
全身を漆黒の衣服に包み、顔には不気味なマスクを付けている。
「厄災だああ!」
その姿を見た男が声を張り上げた。
悲鳴が続けざまに上がる。
厄災――
その厄災が必死に逃げ惑う人々の一群に手をかざした。
ゴオッという音とともに黒い波動が飛び、人々を襲った。
人々はいとも簡単に吹き飛ばされ、建物や地面に叩きつけられた。
重傷を追うだけならまだましだった。見るからに絶命している人々もいた。
殺される――
英二の全身を恐怖が駆け巡った。
とても立ち向かえる相手ではないことは明白だった。
周りの人々と同様に英二も走り始めた。
厄災から少しでも離れられるように、必死に逃げた。
厄災は次々と波動を人々に浴びせていた。
被害者の数はおびただしい数に登っているはずだった。
広場を出て、商店街通りに差し掛かった時、全身を武装した男達が英二達の前に立ちはだかった。
「嘘だろ……挟み撃ちかよ……!」
前の男が悲鳴を上げた。
「後ろの奴よりはましだよ……! 行くしかない!」
英二が声を大にして一同を駆り立てた。
「くそおお!」
一同は捨て身の強行突破を試みた。
武装集団のガンが容赦なく一同を襲う。
シールドで必死に弾き返すが、膨大なバレットを防ぎ切れず直撃を受けてしまう者もいた。
直撃を受けた者達が次々と倒れ込む。
ひとしきりガンを撃ち終わった男達はこちらに向かって直接攻撃を仕掛けてきた。
どの男達も戦闘能力が高く、プロエージェントである英二でさえも必死の戦いを強いられた。
「くっ……!」
必死に攻撃をかわす英二は、後ろから距離を詰めてきていた厄災に気付かなかった。
ゴオッ!
厄災の右手から放たれた一筋の波動が英二を後ろから襲った。
「うがあっ!!」
英二は苦悶の叫び声を上げ、体ごと前に吹き飛ばされた。
地面に突っ伏した英二は、既に意識を失っていた。
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