第三九話:糸口

 エージェント界最大のイベント当日に起こったテロは、世界に大きな衝撃を与えた。テロを企てたのは非正規エージェント達の集合体、グラハム。

 ここ最近は各所でテロを起こし、国際的に存在が危険視されていた集団だが、ついに今回の大々的な凶行に踏み切った。

 彼らの暴挙は決して衝動的なものではなく、周到に練り上げられた計画に則ったものだった。

 アレクサンドリアでのテロに続いて、地下世界の他の主要都市でも同時多発的にテロ行為が相次いだ。

 グラハムの攻撃は苛烈だった。情けのない徹底的な武力行使で、次々と都市を制圧した。

 そして世界はエージェント軍とグラハム軍との全面戦争に突入していった。


「はっ」

 英二は大きく息を吐き出して目覚めた。

 自分が見ず知らずの部屋の中にいることがぼんやりと分かった。

 ベッドから体を起こしたが、体が痺れたように重く難儀した。

「ようやく目が覚めたかね」

 後ろから誰かの声がした。痛む体に鞭を打って後ろを振り返ると、数段の段差を上った部屋の奥に机と椅子があり、1人の老人が腰掛けていた。

 玄徳だった。

「これはいったい……」

「混乱するのも無理はないな。だがまあとりあえずは私に感謝してくれよ」

「何が起こったの……」

 英二の声は掠れている。

「テロだよ。それもかなり凶悪なね。君も覚えているだろう、あの会場から上がった爆発音を」

 英二は広場から見たあの禍々しい光景を思い出した。

 大きな爆発音、不気味に上がる黒い煙、そして悲鳴を上げて逃げ惑う人々。

「君も知っているだろう、グラハムという国際テロ組織だよ。そのグラハムによるテロが起こった時、私もちょうど会場へ向かう途中だった。少し遅れて行こうとしたことが幸いして、会場での爆発には巻き込まれなかったがね。会場では多くの死者が出たという……酷いことだ」

 玄徳は顔を曇らせて少し俯いた。

「そしてそれはテロの始まりに過ぎなかった。サミット開幕の直前に相次いで会場を襲った爆発を皮切りに、街で一気に集団暴動が起こった。テロリスト達は街中で見境なくガンを乱射した。そして何より最悪だったのが、厄災の出現だ」

「厄災……?」

「強大な邪気に支配された存在だ。歴史上何度か現れ、この世界を窮地に陥れてきた」

 玄徳は椅子から立ち上がり、段差を降りて英二が身を預けるベッドの近くにやって来た。

「君は厄災の攻撃を受けて意識を失っていたね。私はテロリストに応戦しながら、意識を失って倒れている君を何とか保護して避難し、ここに連れ帰って来たんだ」

 そうだ、自分は背後から厄災の攻撃を受けたんだった――

 英二は少しづつ何が起こったのか理解し始めていた。

 そして、自分が直前まで苛まれていた喪失感、絶望感を思い出した。

 そうだ――

「結有が……結有がいなくなったんだ」

 英二は震える声を絞り出した。

「ほんの一瞬、だけど振り向いたらもうそこに結有はいなかった。結有はどうなったの……? 俺達が一緒にあの街から帰ることはないって言い当てたあんたなら分かるだろ!?」

「彼女は無事だ。安心したまえ」

 玄徳は英二の目をひたと見据える。

「私もこと細かに把握することは出来ないが、彼女の魔気は危機を訴えてはいない。ましてや消え去ってなどいない」

「じゃあ、結有は一体どこに……」

「それは分からん。ただ彼女が君のもとからいなくなったのは彼女の意志ではない。そして一方で、彼女の魔気の様子から察するに、彼女の身が危険に晒されている訳でもなさそうだ」

「どういうこと……」

「私にもよく分からんが、1つだけ思い当たる節がある。この一件には彼女の出自が大きく関係しているのではないかということだ」

「結有の、生まれが?」

「そう。それはつまり彼女が持つ常人にはない能力も関連することを意味する」

 玄徳はコホンと咳払いをし、窓際に歩み寄っていった。

 窓から外の景色を眺めながら、

「まあこれはあくまで1つの可能性に過ぎない。私に言えるのはここまでだよ」


 英二はオフィスのパソコンにかじりついていた。

 玄徳の家を後にし、最短ルートでオフィスに帰って来るやいなや自分の部屋に直行してパソコンを起動していた。

 探しものはすぐに見つかった。

 エージェントプロファイル。プロエージェントだけがアクセスすることを許された情報データベースだ。

 各エージェントの略歴やエージェントとしての功績等が簡潔にまとめられている。

 『西宮結有』と検索するとすぐにヒットした。

 結有のプロフィールページを開き、略歴に素早く目を通す。

 出身:黄昏村

 黄昏村――

 聞いたことのない地名だ。

 英二は急いで検索窓に『黄昏村』と打ち込む。

 検索結果、0件。

「そんなばかな……」

 この情報社会で、検索結果が0件なんてあり得るはずがない。

 この村には何かある。

 英二は薄気味悪いものを感じていた。

 何とかしてこの村について調べることは出来ないか――

「そうだ、あそこならもしかして……」

 英二は急いで荷物をまとめオフィスから飛び出した。

 寒気を頬で切りながら英二はエアボードを走らせた。

 しばらくして辿り着いたのは都立図書館。この国で最も多くの書籍・文献が集まると言われている場所だ。

 受付で都民票を見せて入場する。既に夜の時間となっていたため図書館内の人の数はまばらだった。

「ここじゃない……どこだ」

 英二は館内図を確認する。

「……ここか」

 目的地を見定めると一直線に早歩きで向かった。

 1階の奥まった場所に再び受付があった。そこで英二はエージェント証を提示する。

「はい、どうぞ」

 受付は英二を中へ誘った。奥へ入り扉を開けると地下への階段が伸びていた。

 階段を降り地下へと進む。

 地下の扉を開けて中へ入ると、おびただしい数の本が棚に並べられていた。

 ここはエージェントのみに閲覧が許された特別エリア。機密度の高い文献等が多く格納されている。

 ここならきっと探している情報を見つけ出せる――

 英二はそう強く信じていた。

 黄昏村をポータルで検索する。

 あった――

 5冊の本が検索にヒットした。

 タイトルに素早く目を走らせる。

 ん――

 1冊の本が英二の目を奪った。

 『黄昏村と魔女の歴史』

 衝撃的なタイトルだった。

 魔女という禍々しい単語が不吉なオーラを放っている。

 どくん、と心臓が大きく鼓動を打った。

 直感的に、そこに避けてはならない何かが記されていると英二は感じていた。

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