第5章:運命との対峙

第三六話:旅路

「すごいじゃない、英二!」

 食卓の反対側にいる祥子が英二に賛辞を送る。

「ルーキーがエージェントサミットに呼ばれるなんて、滅多にないことなのよ」

 仕事を終えたジョーカーズパークの一同はダイニングスペースに集まり、食卓を囲んで夕食を取っていた。話題は英二がエージェントサミットに招待されたことで持ち切りだった。

 それもそう、このエージェントサミットは全地下世界から選りすぐられた者達のみが参加を許される、言わばエージェント憧れの場なのだ。その場に居合わせることだけで大きなステータスとなる。

 ルーキーながらその場所への立ち入りが許されたことは快挙と言っていい。

「今年の場所はいったいどこなんだ?」

 哲郎から質問が飛ぶ。

「アレクサンドリア。ここからだと大分遠いな」

「ほう、アレクサンドリアか! 国境を越えて遥々ご苦労なこったな」

「まあでも、飛空艇で行けばあっという間っしょ」

 兵馬が手元のソーセージを口に運びながら会話に入る。

「そうなんだけどね、せっかくだし空路は使わずゆっくり行こうかなって。知らない景色をじっくり見る良い機会だし」

「わあ、素敵じゃない! 年末で仕事も一段落するでしょうからゆっくり旅するのが良いわよ」

「うん」

 英二はにこりと笑顔を見せた。

 同時に心の中には一抹の恥ずかしさを感じていた。

 というのも、英二がアレクサンドリアまでゆっくり旅をしたいというのには、知らない世界を楽しみたいという他に小さからぬ動機があったからだ。


 地下鉄道の駅の入り口で英二はぼんやりと街の空を眺めていた。どこまでも続くような闇が一面に広がり、街から飛び交うライトがその闇を照らしている。

 こうしてゆっくりするのも久しぶりだな――

 英二はすっかりくつろいだ気分になっていた。

 すると、

「お待たせー」

 こちらに手を振りながら小走りで近付いてくる少女がいた。

「お久しぶりです」

 少女は英二の前に辿り着くと小さく敬礼ポーズを取った。

「やあ、久しぶり」

 結有に最後に会ったのは実に半年近くも前に遡る。

 『邪気狩り『のミッション以降、お互い一心不乱に仕事に取り組んでいた。連絡はと言えば、たまにメールのやり取りするくらいで直接顔を合わせることはなかった。

「まさか私達が招待されるなんてね」

 結有はどこか他人事のように言う。

 あの12月初旬の夜、エージェントサミットへの招待状が届いたとき、結有からも久しぶりのメールが届いていた。

『ねえ、なんでか私にエージェントサミットの招待状が届いたんだけど、もしかして英二も?』

 そこからは話が早かった。せっかくだし2人でゆっくりアレクサンドリアまで行こうかと、自然と2人旅をして目的地を目指すことになった。

 その約束をして以来、英二はこの日が来るのを心の中で密かに楽しみにしていた。

「うーんと、地下鉄道のパスはいったんここまででいいんだよね」

 結有が運行パネルの中の1つの駅を指差す。

「そうだね、そこからは水路。潜水艦での旅だ」

「楽しみだね、なかなか豪華な船取ったしね」

 2人はパスを購入し駅の改札を抜け、パスに記載された番号のホームへ向かった。

 ホームで待つこと10分、銀色のフォルムの車両がやって来た。プラチナの車体が構内のライトを浴び輝いている。

 車両の中は年末ということもありかなり混んでいた。

「うわー、予約せずに乗れてラッキーだったね」

 結有は車内を見渡すと思わず言葉をこぼした。

 2人は隣り合わせに座り、窓の外の景色に目をやった。

 しばらくすると車内に発射を告げるメロディーが流れる。いよいよ出発だ。

 音も揺れもなく車体は前に進み始める。

 2人は景観の鑑賞もそこそこに、よもやま話に花を咲かせ始めた。お互いに話したいことは積もるほどにあった。

 エージェントになってからどんなミッションに取り組んだか。

 オフの日は何をして過ごしているか。

 そんな他愛もない話が英二はこの上なく楽しかった。

 楽しい時間は光陰の如く過ぎ去る。地下鉄道はあっという間に目的地へと辿り着いた。

 ここからは潜水艦に乗り換えだ。

 車両を降り、駅を出た2人はマップを頼りに潜水港へと歩いて向かった。頬を撫でる冷たい風が近くに水場があることを仄めかす。

 やがて市街地が途絶え、2人の前には大きな潜水港が姿を現した。その先には巨大な壁がそびえたち、壁に空いた空洞の中をパイプが通っている。

 このパイプを通って、深海の中へと出るのだ。

「すっごい迫力……!」

 潜水港を見た結有がはしゃぐ。英二も思わず気分が高揚した。

 商業船、観光船など、港には様々なフォルムの潜水艦が複数並んでいる。

 その中でも一際大きないわゆる豪華客船が英二達の乗り込む船だ。

 船の名前はセントビンセント号。その船は堂々と存在感を放って港の中央に鎮座していた。

「すっごい船」

「私達これに乗るんだね……」

 2人はその迫力に圧倒されながらその船を見上げた。

 感嘆もそこそこに、乗船口へと向かう。お洒落で高貴な洋服に身を包んだ人々に挟まれて、少々肩身の狭い思いをしながら船に乗り込んだ。

 乗船して10分としない内に、セントビンセント号は一筋の光を頭上に放ち、ゆっくりとレールの上を進んでパイプの中へと入っていった。目指すは深海を越えた先の地下世界の都市、アレクサンドリアだ。

 2人は別々に取った個室に荷物を置くと、船の展望スペースに出て深海の景色を満喫しようとした。

 パイプの先の扉から深海に出た潜水艦は水を切って進む。その景色は雄大だった。

「うわー……!」

 結有がガラス窓から海の中の景色を見上げながら感嘆の声を漏らす。

「すっごいね」

「ほんとな」

 船内の客層はバラエティに富んでいた。

 アレクサンドリアは地下世界の中でもトップレベルに大きい都市だ。政治、経済、娯楽。その街が抱える機能は多種多様だ。当然、様々な目的の人が集まり行き交う街だ。

 英二はアレクサンドリアの街をこの目で見れることに胸を躍らせていた。


 潜水艦内での豪華なディナーを終え、英二と結有は再び展望スペースに出て来た。

「美味しかったね」

「うん。何使った料理なんだろ」

 2人は柵にもたれ掛かり青暗く揺らめく深海を見つめる。

「明日の昼にはアレクサンドリアに着いてるんだもんな」

「なんかあっという間だったね」

 英二はこれまでの旅路を頭に思い浮かべて感傷的な気分に浸った。

「アレクサンドリアは、初めてかな」

「えっ」

 気付くと、結有の隣には1人の老人が立っていた。いつ近づいてきたのか全く分からなかった。

 英二は少し頭を後ろに引いてその老人の顔を見た。

「あっ、あんたは」

 見覚えのある顔に英二は驚いた。

「ほっほっ、覚えてくれていたかね」

 音もなく隣に現れたその老人は、ポートフォリアのカジノで火花を散らした玄徳だった。

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