第三五話:ミッションコンプリート

 男の声はぞっとするほど不気味なものだった。それはまるで人の心が全くこもっていないかのようだった。

「捕らえられたのはお前たちの方だ」

 男はそう言うと上着の中からガンを2つ、両手に取り出した。

「死ね死ね死ね!」

 男は両手のガンを一斉に発砲させた。

 バンバンバンバン!

 バレットが続けざまに乱射される。

「くっ!」

 英二達は咄嗟にシールドを張る。

 パキンパキンパキン――

 間一髪、バレットはシールドに弾かれた。

 ひゅっ!

 息つく間もなく、男がこちらに向かって飛び込んで来る。

 ぶん!

 男はガンを持った右手で英二に殴りかかった。

 すんでの所でそれを英二はかわした。

 男は手を緩めることなく追撃する。

 英二は攻撃をかわすのに必死になった。

 男の動きは常軌を逸した速さと鋭さだった。

 英二は攻撃をかわし切れず、後ろに大きく飛びのいた。

「おらあ!」

 横から兵馬が銃剣を構え、男に向かって発砲した。

 しかしバレットは男の前でばちん!と霧消した。

「なんだと?」

 男は兵馬を振り返ると右手をかざした。

「吹き飛べ!」

 男の手から波動が飛ぶ。

 波動は一瞬で兵馬を直撃した。

「ぐあっ」

 兵馬はうめき声とともに数メートル後方に吹き飛ばされた。

「結有、こいつは危険すぎる! 避難するんだ!」

 英二は結有に向かって声を張り上げた。

「嫌だよ! 私も一緒に戦う!」

 結有は毅然とした態度を見せた。

 じろり。

 男が声を上げた結有の方に振り向いた。

「やめろ!」

 英二がそう声を上げるよりも早く、男は結有に向かって飛び込んでいた。

 結有は必死にバレットを放つが、男はわけもなくそれを練り消す。

 男が右腕を左から右に一閃した。

 がん!

 鈍い音を立てて男の持つガンが結有の頭部を直撃した。

「きゃあ!」

 頭部から血がしぶき、結有の体が真横に吹き飛んだ。

 男は吹き飛んだ結有を追いかけ、倒れ込んだ結有の体を仁王立ちで跨いだ。かちゃり、と相変わらずの無表情でガンを結有の顔に向ける。

 ドッ!

 その惨状を見た英二の中で何かが爆ぜた。体の芯から湧き上がる炎が英二の体を乗っ取り、支配した。

「おおおお!」

 英二は猛スピードで男に向かって飛び、右脚で飛び蹴った。

 余りのスピードに男は避けることが出来ず、右腕で蹴りをガードした。

 ごっ!

 男の腕に英二の蹴りがめり込む。

 男は衝撃によろめいた。

 英二はすかさず追撃する。

 その顔はまさに鬼神のそれだった。

 拳と蹴りが目にもとまらぬ速さで乱れ飛ぶ。

 男は必死にそれをかわすが、とうとう英二の右拳が男のボディーを捉えた。

「ぐふっ」

 みぞおちに鋭い一撃をもらい、男は思わず前にかがみ込んだ。

 英二は間髪入れず、前のめりになった男の顔を右脚で思い切り蹴り上げた。

 鈍い音とともに男の体が宙に浮き、2~3メートル後方に吹き飛んだ。

 英二は倒れた男に馬乗りになり顔を殴りつける。

 3発目に入ろうかと右腕を掲げた時、後ろから誰かの手がその右腕をつかんだ。

「ここまでにしとけ。勝負ありだ」

 後ろを振り返るとそこには兵馬が立っていた。

 冷静になって目の前の男を見ると、攻撃を受けて完全に意識を失っていた。

 兵馬から連絡を受けて朱音が、そして続けて慎が屋上に上がってきた。屋上の床でぐったりとしている男の体を囲むように一同が集まる。

「完全にノックアウトだな」

 男を見下ろしながら慎がつぶやく。

「とんでもねえ邪気でしたよ、ボス。英二が覚醒しなかったらどうなってたことか」

「こちらの想像以上に強大な邪気を抱えていたようだな」

 そう言うと慎は英二の方を見た。

「英二、よくやったな。だがまだ終わりじゃない。こいつの邪気を炙り出してくれ」

 続けて結有の方を向いた。

「結有さん、負傷しているところ悪いが、邪気が炙り出されたら浄化を頼むよ」

「はい、大丈夫です」

 結有は痛々しい傷跡をものともせず気丈に答えた。

「悪いな、君たちにしか出来ないことなんだ」

「わかってるよ」

 そう言うと英二は男の体に向かってしゃがみ込んだ。

「……じゃ、早速いくね」

 男の胸の上に右手を置き、目を閉じる。

 英二は心の中で激しい怒りの感情を呼び起こした。

 ふつふつと湧き上がる怒り、衝動。

 やがてその感情は黒い炎となって燃え上がり、英二の体から漏れ出した。

「すげえ、これが……」

 兵馬はその光景に息を呑んだ。

 黒炎は英二の右腕に集中し、そのまま男の胸の中にすうっと流れ込んでいった。

 すると男の体が色を帯び赤黒く光り始めた。内側から焼かれているかのようだ。

 しばらくすると男の口から紫色のおどろおどろしい色をした気が漏れ出してきた。

「出たぞ、邪気だ」

 慎が冷静に状況を伝える。

 結有はその言葉を聞くと、すっと前に一歩進み出た。両手を胸の前でクロスさせ、ぐるんと回転させる。

 すると邪気はその動きにあわせてぐるんと回転した。

 結有は交差した両手をほどき、今度は胸の前で大きく広げた。邪気はぷるぷると小刻みに揺れながら、徐々に結有の体に向かって近付いていく。

 結有がゆっくりと目を閉じた。邪気はその結有の胸に吸い寄せられ、体の中に溶け込んでいった。

 誰もが固唾を呑んでその始終を見守っていた。

 しばらくして、再び結有が目を開く。

「浄化、完了です」


 ルーキーが邪気狩りのミッションをクリアした。

 その一報は地下世界に一気に広まった。邪気狩りとはそれほど特別なミッションであるのかと、役目を終えた2人は身に染みて感じていた。

 2人の顔は広く知られることとなり、取材の申込も相次いだ。たった一日の活動で一躍英雄のような扱いを受けることに英二は少しとまどいを隠せなかった。

 しかしそんな英二の内面には構うことなく、その日を境に確実に英二を取り巻く環境は一変していった。

 英二に直接ミッションの声がかかることも増えていった。

 初めてのミッションで惨めな姿を晒し、これまで数ヶ月に渡って下積みを続けて来た英二の姿からは考えられないことだ。

 ジョーカーズパークの注目度もさらに一層高まり、ファミリアの枠を超え存在感を大きく増していった。

 しかし世間の喧騒を他所に、英二は舞い込んでくるミッションに集中した。無心で目の前の仕事に取り組み続けた。

 そして短期間で英二のエージェントとしての能力は飛躍的に高まり、それがまた更にミッションを呼び込み自信の成長につながるという好循環が回り始めた。

 ギルドに加入して8ヶ月も経つ頃には既にルーキーとしての面影はなく、大抵のミッションであればほぼ独力で完遂することが出来るほどの力を付けていた。


「お疲れーい」

 英二がミッション帰りにオフィスのエントランスをくぐると、ちょうど兵馬が手を挙げて声を掛けてきた。

「ども」

「最近絶好調じゃねえか。飛ぶ鳥を落とすとはまさにこのことだな」

「また大袈裟な」

 英二は口角を上げて兵馬ににやりとしてみせた。

「そろそろ年末も近付いてくるからなあ。何か良いことあるかもな、エイ坊」

 兵馬もお返しとばかりににやりとした笑みを浮かべると、そのまま奥に向かって歩いて行ってしまった。相変わらずのマイペース。

 英二はシャワーを浴びて3階の自分の部屋に向かった。

 荷物を置いてスクリーンの電源を付ける。いつものようにメールをチェックするが、その中に見覚えのない宛先からのメールがあった。

 英二は何の気なしにそのメールを開く。

「おめでとう……ございます……?」

 そのメールは、年末に大々的に開かれるエージェントサミットへの招待状だった。

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