第三三話:邪気狩り
「まあ初めての実戦でのミッションだ、そんなに気にするな」
失敗に終わったミッションからオフィスに帰ると慎はそう英二を励ました。祥子や哲郎ら、ギルドの他メンバーも同様だった。
英二は自分の実力不足をはっきりと痛感していた。アカデミーでの生活とは全く異なる世界がそこにはあった。
アカデミーでの首席なんて、何の意味もない。
もう一度、初心に帰って自分を鍛えなければ。
それからの英二は、不満の一つも漏らさず黙々と仕事に取り組んだ。リサーチ、資料作成、そして些細な雑用に至るまで、英二はどんな仕事でも積極的に取り組んだ。
すると初めは単調に思えた仕事も、徐々に苦にはならなくなり、次第に楽しさすら感じるようになっていった。
思えばこれまでの人生、自分が何の為に生きているのか、その答えを探しながら無意味に時間を消費するだけだった。誰かから必要とされ、わずかばかりでも貢献することが出来ることに英二は喜びを覚えていた。
そんな英二の姿勢に、『アカデミーの首席、かつファミリアヘッドの実息』というこれ以上ない話題性を持ったルーキーに最初は懐疑的な目を向けていたギルドメンバーも心を開き始めた。
「よう、頑張ってるな。どうだ調子は?」
そんな風に他愛もなく話しかけられる機会も増えていった。
英二は着実にジョーカーズパークに溶け込み、一員として認められつつあった。
そしてギルドに加わってからあっという間に3ヶ月が経過し、これまで主にサポート業務をこなしていた英二に早くも大役が巡って来ることとなった。
英二は慎に呼び出され、オフィスの戦略会議室に来ていた。部屋の中には英二の他に慎と兵馬、そして哲郎と祥子も集まっていた。
「英二、どうだ仕事には慣れて来たか?」
メンバーが集まると早々に慎が切り出した。
「まあまあかな」
「えらく謙虚じゃないか。みんなからは、頼もしくなったと良い評判を聞いているよ。そんな君に、とても重要なミッションをお願いしたいと思っている」
「どんな?」
英二は緊張と高揚を感じながら、努めて冷静にその言葉を受け止めた。
「今回のミッションは君がいなければ務まらない。君のその黒い魔気が必要だ。君はその黒い魔気で、炎を操れるようになっただろう?」
英二は慎の言葉に驚き目を見開いた。
確かに英二はアカデミーで魔気の扱いを覚えるうちに、自分の魔気を使って炎を生み出し操れるようになっていた。
「知ってたんだ」
「まあね」
黒き魔気が生み出す黒き炎。
アカデミーで知ることとなった己の特異的な能力は、すぐに封印されることとなった。魔気の概念を大きく覆すものであったからだ。
その炎は、人を攻撃し傷つけることが可能だったのだ。
魔気の絶対の特質、それは何かに害を与えるものではないということだ。自分達を助けることはあれど苦しめるものではない。それがこの地下世界で認識されている魔気だ。
だからこそ英二は苦しんだ。自分のこの力が何なのか分からなかった。
幸いにも英二の魔気を扱う力は徐々に開眼し、その炎を操る力は完全に封印したままで何不自由なくその後のアカデミー生活を送れるようになった。
首席として卒業したという事実がその何よりの証拠だ。
その封印した力を、再び使うことになるとは――
「このミッションは少し特殊な案件だ。俗に、『邪気狩り』と呼ばれるものだ」
「久しぶりだな、この邪気狩りも」
哲郎が片肘で頬杖をつきながらぼそりと言う。
「本来魔気は理性を持って扱われるものだし、人体に害を及ぼすものではない。しかし世の中にはどうしても例外というものが存在してしまう。魔気が悪性のものに変容し、人を乗っ取ってしまうことがある。そうなった魔気を『邪気』と呼ぶ」
慎は手元に邪悪な色をした光を灯してみせた。
「こいつに乗っ取られた人間は残虐な思考にとらわれ、人の心を失ってしまう。しかし表立って暴れる者は僅かで、大多数の者は水面下でしたたかに暮らし、人目につかない所で残酷な行為に走る。聞いたことはあるだろう、サイコパスと呼ばれる人種だよ」
確かに地上世界にいた頃にもそういう人間がいることは聞いたことがあった。サイコパス特集として放送されたテレビ番組を目にしたこともある。
こちらの世界でもサイコパスという概念が共通して存在することに、英二は少し驚いていた。
「基準値を超える邪気を宿したサイコパスが検知された場合に、邪気狩りのミッションが発生する。しかし困ったことに、サイコパスに宿った邪気は通常であれば消えることはない。仮にその保持者を殺したところで、邪気はまた別の憑依者を探してさまよう。だが君のその黒い炎、通称『黒炎』があれば話は別だ」
慎は手元の妖しげな色をした光をふっと消してみせた。
「君の黒炎は邪気にも大きなダメージを与えることが出来る。ダメージを受けた邪気はしばらくさまよう力を失う。ここでもう一人のキーパーソンが必要となる。邪気を体内に吸収し浄化できる、浄化士と呼ばれる者だ」
慎の口から語られたのは驚くべき内容だった。
「邪気を吸収? 浄化?」
俄かには信じられない話だ。そんなことが出来る人間がいるのだろうか。
「その特殊な力を持った一族がこの世界にはいる。その内の1人は、君のよく知っている人物だ」
誰だ――?
英二の顔は少し強張った。
「浄化士は、君の黒い魔気とは対照的に、白い魔気をその身に宿している」
白い魔気――
「まさか……」
「西宮結有。彼女は浄化士の一族の出身だ」
結有が――
「本当に……?」
「ああ、そうだ。今回のミッションは西宮結有の所属ギルド、ローズガーデンと合同で取り組むことになる。この邪気狩りに際して、君と同様に初めて彼女に自分の持つ力とその役割が知らされることになる。驚きはするだろうが、何を隠そう世界を危機から救う尊い力だ」
「俺が攻撃して、結有がその邪気を浄化する……」
「そうだ。君達がいるからこそこのミッションは可能になる。君が選ばれし者と呼ばれるのも、こういうわけさ」
英二は東京の街を走る車の窓から外の景色に目を向けていた。
灰色の雲が空を多い、雨が途切れることなく降り続けていた。
入念な戦略会議を重ね、ミッション遂行の日を迎えていた。サイコパスのその男がいるとされるビルまで、英二達は車で移動しているところだった。
選ばれし者――
その言葉が英二の頭の中で幾度もぐるぐると回っていた。
「どうした英二、表情が晴れないな。緊張でもしているのか」
「いやまあ、ミッションがミッションだからね」
「難しく考えすぎるな。君は自分の役割に集中してくれればいい。それ以外のお膳立ては私達に任せてくれ」
「どっちかって言うと、俺って言うよりは結有の方かな、気がかりなのは。邪気を吸収して浄化するなんて、ほんとに出来るのかなって」
「あの子は紛れもなくその力を持っているよ。それも、一族の中でも飛びぬけた力を持っている」
「ふうん……」
英二は再び窓の外の暗い景色に目を向けた。雨の中を車は淡々と進んでいく。
車がオフィスビルの立ち並ぶ街の中で停車すると、英二達一行は急ぎ足で近くのカフェに駆け込んだ。
カフェの地下に降りると、そこは貸切られており他の客の姿は見えなかった。
「ローズガーデンのメンバーもすぐ到着する」
慎がコートをハンガーに掛けながら一同に伝える。そして待つこと数分、ローズガーデンの面々が地下に降りてきた。
「ごめん慎、お待たせしちゃったかしら」
先頭の女性がカジュアルに慎に話しかけた。
「全く問題ないよ。私達も今来たばかりだからね」
「あら、良かった。そうだ、挨拶しなくっちゃ」
そう言うと女性は皆の方を改めて見た。
「皆さん始めまして、
後方に控えていた女性が前に進み出る。見間違えようもなかった。
「初めまして、西宮結有です」
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