第二二話:贈られた言葉

「おや、あんたは……」

 男は慎の姿を目にし、独り言のように呟いた。

「有川慎、まさかあんたが現れるとはね」

「お前達、何をしているのか分かっているのか……? まだエージェントとして認められてもいない生徒達が集うこのアカデミーを襲うなど、鬼畜の所業だ!」

 慎が男に向かって一喝した。烈火の如き怒りを隠そうともしない慎は、これまでの姿からは想像もつかないものだった。

「しょうがないだろう、これは偉大なる目的のための道のりだから」

「冗談もそれくらいにしろ! 何が偉大なる目的だ」

 慎の顔は怒りに歪んでいた。

「慎……どうしてここに……?」

「……たまたま近くでのミッションを終えたところでね。急に救援要請を受けたものだから飛んで来たんだが……」

 慎は地面に横たわる林太郎に、険しい顔を向ける。

「ちょっと遅かったね、有川慎」

「黙れ!」

 慎は男に射るような視線を向けた。

「そんな怖い顔をするなよ。あんたと今ここでやり合う気はないんだから」

 すると男は、額に手を当てて誰かと通信を始めた。

「あ、もしもーし。ちょっとまさかの有川慎登場で困っちゃってさ。あ、そっちも大変なんだ? 分かった、それじゃあしょうがないね」

 男は通信を終えるとこちらに向かって口を開いた。

「さすがだね、有川慎。あんたの仲間も続々と集結してくれたお陰で、こっちはいい迷惑だ。残念だけど今回はおいとまさせてもらうよ」

 男はそう言うと一瞬で闇の中に姿を消した。

 慎はその後を追うことはせず、素早く林太郎の体の横に移動してかがみ込んだ。

「林太郎……!」

 英二も痛む体に鞭を打って林太郎の側に向かった。

 真上の月だけが、静かに変わらず皆を照らし続けていた。


「みんな、揃ったようだね……」

 ホールに集まった生徒達に向かって、小柳津が口を開いた。場内は水を打ったようにしんと静まり返っている。

「みんなも恐ろしい思いをした通り、昨晩我がアカデミーを過激派ギルド・グラハムが襲った。開校以来初めての、到底許すことは出来ない卑劣な行為だ。しかし奴らの襲撃は、駆けつけてくれたエージェント達のお陰で幸いにも短時間で食い止められた。彼らに心から感謝の念を捧げよう」

 小柳津はそう言うとしばらく間を取った。

「しかし、奴らがすぐに引き下がったことをただ喜ぶことは出来ない……皆に悲しい知らせを伝えねばなりません」

 場内の生徒達は呼吸を忘れたかのように息を詰め、壇上の小柳津を食い入るように見つめている。

「グラハムの1人の男の銃撃を受け、関林太郎が命を落とした」


 生徒達がホールに集まり小柳津の言葉を聞く中、英二はアカデミーのとある一室の椅子にぐったりと腰を降ろしていた。机を挟んで向かう正面には、慎の姿があった。

「林太郎のことは、本当に残念でならない……」

 慎の言葉が虚しく部屋に響く。英二は下を向いて俯いている。

「私があとちょっとでも早くあの場に着いていたら……」

「俺のせいだよ」

 英二が俯きながらも口を開いた。

「俺が弱いから……俺が慎みたいに強ければ、林太郎は死ななくてすんだ」

「何を言ってるんだ。君は何も悪くない……そう自分を責めるな」

 下を向いて俯く英二の目から、大粒の涙が垂直に落ちていった。

「俺、悔しいよ……何も出来ない自分が悔しい……何が魔王の息子だよ、何も出来ないじゃんか、俺」

 慎の目が少しだけ見開かれた。 

「……そうか、知っていたか。そのことはその内私の口から伝えようと思っていたんだがね」

 そう言うと慎は手元のカバンの中に手を入れ、丸い水晶のようなものを取り出した。

「何……?」

「これはボイススフィアと言ってね。声をこのスフィアに込め、自由に再生することが出来るんだ。このスフィアには……君の父親、桜井凱から君宛てに贈られた言葉が録音されている」

「えっ、父さんの?」

「あいつが俺の存在を知る時が来たらこれを渡してくれ、と凱さんから私に託されていてね。その時が来たということだ」

 慎は英二に向かってスフィアを差し出した。

「さあ、受け取ってくれ」

 英二はゆっくりと手を差し出し、そのスフィアを受け取った。

 この中に、父さんの声が……?

「スフィアに向かって魔気を送るんだ」

 英二は右手にスフィアを包んで念を込めた。すると、スフィアがぱっとエメラルド色に光り出し、中から野太い男の声が響き始めた。

『よう、英二。元気にしてるか?』

 初めて耳にする声。

 だがどこか懐かしくすら感じるのが不思議だった。

『俺はお前のことを知ってるが、お前は俺のことを知らないだろう? これでもまあ、列記とした血の繋がった親子なんだぜ。だからまあ、めんどくさがらずに俺の話を聞いてくれ』

 声の主、凱はマイペースに話し続ける。

『お前は今、エージェントになるためにアカデミーに通っているところだろう? はっきり言って俺はお前に期待している。ファミリアのヘッドである俺の息子なんだ、中途半端なエージェントになるわけがねえ。それにお前には、世界を救う特別な力が眠っている。俺にもない、お前だけの力だ。世界はこれから大きな危機に直面するだろう。その時にお前の力が絶対に必要になる。だから英二、いや、息子よ――』

 自らに語り掛けるその声を、英二は息をするのも忘れて聞いていた。

『俺と会うその時までに、ぶっちぎりのエージェントになっていろ。いいか、これはお前の父親からの唯一の言い付けだ。後にも先にも、唯一の俺からの命令だ。ははは』

 スフィアの中から陽気な笑い声が響いた。

『立派なエージェントになったお前と会えるその時を、楽しみに待ってるぞ。じゃあな、息子よ』

 その言葉を最後に、スフィアは声を出すことも、光ることもぱったりとやめた。

「これが、俺の父さん……」 

「どうだ、なかなか豪快な男だろう。これが我れらがファミリアのヘッド、魔王・桜井凱だ」

 父親から贈られた言葉を、英二はじっくり噛み締めていた。

「昨日の講義で、虹玉に触れたんだ」

 英二は慎の顔を見ることもなく話し始めた。

「その時、虹玉が真っ黒に変わったんだ。本来は有り得ない色に。それが多分、親父も言ってた通り俺が普通じゃない証拠なんでしょ?」

「……ああ、そうだね」

「どうせ今聞いたって詳しくは教えてくれないだろうからさ、いいよ、自分のことは自分で知っていくよ」

 慎はじっと英二の目を見つめている。

「でも決めた……それがどういう力だったとしても、俺、なるよ。ぶっちぎりのエージェントになってやる。自分の父親をがっかりさせるなんて、男じゃないもんね。それに……もう誰も、俺の弱さのせいで失いたくない……あんな惨めな思いはもう懲り懲りだ」

「英二……」

「今度親父に会うことがあったら、言っておいて欲しい。あんたの想像以上のエージェントになって、息子が会いに来るって」

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