1-solve

日が昇り、細長く切り取られた空から光が差す。

空から降り注ぐ無数のモノたちが、周りで音を立てている。 俺はすっかりボロボロになったソファから起き上がり、大きく欠伸をした。

今日も見つからないんだろうなぁ、そう俺はぼんやりと考えた。 足元で丸まっていた毛玉のような奇妙な物体からピョコリと耳が生え、顔を上げてこちらを見た。

「なに、失くしモノが見つからないのは世界の定めじゃないか、今更考えるまでもないだろう」

心を読むコイツの力は正直鬱陶しい、だがこの孤独な世界で話し相手を失うのは中々辛いので仕方なくコイツが付き纏うのを許容している。

「孤独だ? 有象無象でもここを訪れる者は少なくないだろう、アレで満足できないとは、ゲートも中々贅沢者だな」

シュルリと体を伸ばした毛玉は、俺の肩へと登ってくる、最初に会った時に、いつだったか拾った本に描かれていた東洋の妖怪「管狐」にそっくりだなと思い、クダと読んでいる。 本人(?)もその名前は中々気に入っているようで、時折見つけたパイプや竹筒の中に収まってその「管狐」の真似をしてみせてくる。

「ここの訪問者は基本的に会話なんてできないだろう、こないだの少年みたいに人間だったらまだいい方だ」

俺は足元に何かが光るのを見つけ、それを拾い上げた。

「クダ、これ何?」

「あぁ、コレも知恵の輪だな、前にも拾っただろ」

そういやかなり昔に拾ったっけ、知恵を駆使して2つのリングをバラバラにするパズルだったな。

いや、にしては何かおかしいな、俺はその「知恵の輪」をじっくりと眺めてみた。

「ゲート、そいつぁパーツが足りねえな、片方だけじゃ知恵の輪は成立しねえ、今に始まったことじゃないがとんだハズレを拾ったな」

捨てられた上で忘れ去られたモノもここに落ちて来る事は珍しいことではない、それ故に何の役にたつのか分からないモノだったり、とっくに壊れて使えなくなったモノだったり、そんなモノがここには溢れている。

「近くに落ちてるかも」

俺の言葉を聞いたクダが呆れたような声を出した。

「お前なぁ、そんなんだからいつまで経っても記憶が見つからないんだぞ」

「どうせ見つかりやしないだから寄り道ぐらいしても変わんねえよ」

辺りを探す、只管に探す、手の平に収まる程度の小さな金具を探すのは大変なことだが、こういうことが気になると俺は延々と気にし続けてしまう質だった。

「もう片方がここにある保証も無いんだぞ」

クダが退屈そうに近くの冷蔵庫の上から見物を始める、高い場所を見つけることに関しては彼の右に出る者はいない。 もっとも、周りを崖で囲まれたこの地ではそこら中に「高い場所」があるワケだが……

「ここら辺、パズルがやけに落ちているな、パズル好きが何か纏めて忘れたのか?」

クダが呟く、俺はまた「知恵の輪」と思しき物を拾った、今度はしっかりと2つの輪がくっついている。

そういえば俺はこの輪のペアの形や見た目を全く知らなかったなと思い、手元の小さな輪をそっと太陽に翳してみた。

耳鳴りと共にこの輪の記憶が流れ込んで来る、この世界の太陽は向こうの世界の記憶全てを保管しているらしく、こうしてモノを翳すとそのモノに纏わる記憶を垣間見ることができるのだ。

当然、ずっと昔に自分の記憶が無いか試してみたが、何も返ってこなかった。

「あった」

目の前の自転車のカゴに奇妙な形の輪が入っていた、先ほど見た記憶の中にあったものと同じ形をしている。

「解くために一度戻すところから始める知恵の輪か」

「いい暇潰しになるだろ、ちょっと借りていくか」

どうせ誰かが思い出したり見つけたりすればここから消えてなくなるんだ、ちょっと解いてみるぐらいいいだろう。

俺は2つの輪を合わせながらどうにかあるべき形に戻そうとあれこれ試し始めた。

「パズルに夢中になるのはいいが、ちゃんと周り見て歩けよ……それに、そんなんじゃ探し物も見つからないだろ」

日々モノが増えたり減ったりするとは言っても、ここら一帯はもう気が遠くなるほどの期間歩き回っている、何かにぶつかったり変わったものを見落としたりするなんてことは無いと自負している。

ほら、そうこうしているうちにもう寝床のソファが見えてきた。

「あっ」

思わず声を上げる、どう頑張っても通らなかった輪がスルリと嚙み合い、連なった形になったのだ。

「暇潰しにはならなかったみたいだな」

「まだ解く楽しみが残っているさ」

そう強がってみせるが、夜を徹してでもやるつもりだった事がこうも簡単に解決してしまうと少々寂しいものがあった。

それに、解く楽しみというやつはちょっとお預けになったようだ。

知恵の輪に淡い光が点り、キラキラと粒子になって消えていった、誰かがアレのことを思い出したか見つけ出したか、とりあえずあの知恵の輪は再び日の目を見たということだろう。

「残念だったな、こっちのもやってみるか?」

クダが首元の毛皮の中から小さな布袋を取り出す、中には先ほど散らばっていたパズルのうちのいくつかが入っていた。

「やるじゃん」

「ゲート、お前の詰めが甘すぎるだけなんだよ」

日が暮れて次第に暗くなりつつある忘れ去られた谷の底で、俺は自分の寝床に、巨大な門柱の前に置かれたボロボロのソファーの元へと歩いていった。

ああ、今夜はちょっと楽しい夜になりそうだ。

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