失せ物の谷

ナトリカシオ

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瞼の裏から光が差す、背中のあちこちが痛み、僕は呻きながら起き上がった。

ここはどこだ? 真っ先に浮かんだ疑問だ、見覚えのない景色、見覚えのないガラクタの山、ここは一体どこなんだ?

「なんだ、人間か、何故ここに来た?」

白くて細長い不思議な生き物が目の前に現れる、思わず悲鳴を挙げそうになるが、上手く声が出なかった。

「クダ、何を見つけたんだ?」

「よく分からない、人間の匂いはするんだが、どうやら声の出し方を向こうに置いて来てしまってるみたいだ」

謎の生物はそう言ってガラクタの山の向こうに消える、程なくしてそこから現れた青年が僕をチラリと見て僕の足元に視線を移した。

「君、自分が何者か覚えてる?」

青年に問われる、先ほどあの生き物を「クダ」と呼んだ声はこの青年のものだったようだ。

問われてやっと気付いたことだが、ここに来るまでの記憶が僕には一切無かった、ありとあらゆる記憶をかき集めようと尽力するが、頭の中に残されている記憶が一切見当たらない。 それどころか、どうやら僕は声の出し方すら忘れてしまったようだ。

「君がどう「忘れ去られた」のか俺には興味は無いが、このまま君を放置するのも後味が悪いな」

青年は語りながらガラクタの山を滑り降りる、そうしている間にいくつかのガラクタが空から降って来てそこらの塊に加わっていった。

「ここに来るモノは全部、誰かが無くしたモノだったり、世界中の人々から忘れ去られたモノだったりする。 君が記憶も何も持たないのは、君がここに来る直前はそれを覚えていたから、忘れられていないモノ、無くしていないモノはここには辿り着けないから、そこだけ抜け落ちたんだ」

僕の足元にあったガラス玉を拾い上げた青年は、それを掲げて覗き込んだ。

キラキラと光るそれはどこか懐かしい雰囲気を帯びていた。 青年は一通りそれを観察した後、ため息をついて僕にガラス玉を差し出した。

「君がここに来る時に「忘れた」ものだ、一歩遅れて落ちてきたんだろう」

ガラス玉を受け取ると、その内部に暖かな光が灯り、シャボン玉のように弾けて消えてしまった。

「どうだ、どこまで思い出せた?」

いつの間にか青年の足元に居た謎の生物が問いかけてきた。

「あっ……」

声が出る、僕は頭に浮かんでいた疑問を一気にぶつけた。

「あの、僕はどうしてここに? あなたは何者ですか? そこの白いのは一体何なんですか? そもそも──」

立ち上がろうとしたところを、ガラクタに足を取られて転がってしまう、なだらかな坂となったガラクタの山を転がった僕を、あの白い生き物が笑った。

「俺が何者かなんて、俺が知りたいさ」

遥か頭上、まるで崖に挟まれた中から見上げたかのような空に太陽が顔を出す、青年の後ろから差したその光はどこか神秘的な何かを持っているようだった。

「もう何百年も探している、だが無くしモノなんてのは中々見つからないものだ、だから此処ができた」

光に目が眩み、感覚が次第に遠ざかる。

「じゃあな、もう忘れられるなよ」

青年の言葉を最後に、僕の意識は途切れた。

* * * * *

「久々の話し相手になると思ったのになぁ、残念だ」

白い生き物がぼやいた、何故か「忘れられて」しまった少年はすぐに自分の世界へと帰った、それで充分じゃないか、こんな時の止まった空間で暮らすなんて、彼にはまだ早い。

「俺が話し相手にはならないと、そういう事か」

白い生き物へと嫌味を飛ばす、そういう事じゃねぇよぉと言いながら、白い生き物は俺の後ろを歩き始めた。

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