第五十七話 男子高校生は女生徒たちに拒絶される2

前話のあらすじ


女生徒の制服を着るようになったら男子に触られることが増えた。その度に宏海がそれを阻止。プール授業で隣クラスの女生徒が同じ更衣室での着替えを嫌がった。彼女は、一緒に着替える条件として俺が本当に女子に反応しないか試してみると言いだした。


 ◇◇◇


 細い指先が俺の首筋にまとわりついてくる。綺麗に切り揃えられたツヤツヤした小さな爪が蛍光灯の明かりを反射して輝く。

 彼女の指は焦らすように俺のブラウスのリボンをほどき一つづつボタンを外していく。その間にも指先は常に肌に触れ続けて、少しひんやりとする感触を与え続けた。

 普段ならとっても官能的なシチュエーションなのだけれど、この指は我が愛しの樹里亞じゅりあのものじゃない。今日名前を知ったばかりの変な女生徒……堂本どうもと 由理ゆりだ。

 そしてここは、プールの授業を前に水着に着替えるために集まった二クラスの女生徒でいっぱいの女子更衣室なのである。


 指先が俺の髪に差し入れられ、耳の裏をなぞって首の後ろを撫でていく。

 背中をゾクゾクとした感覚が駆け上がる。


 元はと言えば彼女……由理は俺のことを『女の着替えに興奮するヤツ』と疑ってかかり、そんな俺と一緒に着替えるのは嫌だと言ってたハズだ。

 それなのに……。


 彼女の指先が俺の鎖骨に触れる。

 その瞬間、首から胸にかけてゾワゾワが広がっていく。


 そ……それなのに、その一緒に着替えるのも嫌な俺に抱きついて、まるで愛撫するかのような手つきで触り続ける。

 いったいどういう……。


「ひゃっ!」


 不意に心臓を掴まれた……ような気がした。

 由理の指先が唐突に俺の胸に滑り込んできた。胸というか……左胸のブラの中だ。強引じゃなく、あくまでも自然に。

 その手はほとんどペッタンコの俺の胸をそっと包むように触れてくる。エアコンのない更衣室で汗ばんでいた胸に由理の指先は冷たい。


「ふぅん?」


 由理が小さく鼻を鳴らす。

 どういう意味だかわからないけれど、訳知り顔に俺はなんだかムカっとした。

 由理を睨もうとして……俺はまぶたを堅く閉じていたことに気がつく。まぶたを開けると、すぐ目の前に彼女の瞳があってビックリした。


 え? なんでそんな近くに?


 差し入れられたときと同様に唐突に指先が引き抜かれる。

 俺の目の前に突き出された指先に紅いものが絡みつく。由理の舌だ。彼女は俺の胸に突っ込んだ指先にゆっくりと丹念に舌を這わせる。

 それはまるで、夕夜の家で観たAVに出てくる女優のようなエロティックな仕草だった。


 なにコレ?

 コイツ、俺のこと嫌ってるんじゃなかったのか?

 だから一緒に着替えたくないって言って、安全かどうか確認するために俺を試すんじゃなかったのか?


 彼女の指先がふたたび俺の胸に差し入れられる。

 しかし今度は胸に触れない……いや、違う。指先が触れている。その感触は乳首のすぐ近くに軽く触れてから、ゆっくりと円を描くように動き出す。そして少しづつ先端に近づいていき……。


「あっ!」


 出た! 変な声出た!

 なぜか軽く開いたままになっていた俺の口から……。

 慌てて両手で口を抑えようとしたら、その手を由理に掴まれてしまった。


「ほら! ちゃんとスカートを捲ってないとダメじゃない」


 そうだった。俺は自分の下半身が反応しないことを見せるために、自らスカートを捲り上げておかなければならないのだった。それができなければ俺は自分が女子にとって安全な生徒だと証明できない。

 慌てて下げた視線の先に俺を見つめる数十人の女の子たちの瞳が見えた。

 由理に捲られたスカートの裾を掴んで、開いたブラウスの胸元から指先を突っ込まれたまま立っている俺。

 なんだこのシチュエーション?

 いったいなんのために俺はこんなところで……。


「んぅ!」


 胸のあたりにじんわりとした心地よさが広がって、触られていないハズの下腹にぎゅぅっと掴まれるような感触が湧き上がった。口を閉じても今度は鼻から甘い息が漏れ出る。


 クラスの女生徒が見ている前で、今日名前を知ったばかりの女にどうしてこんなことをされなきゃならない?

 どうして俺はこんなことを許してるんだ?


 頭の中がどんどん真っ白になっていって、次第になにも考えられなくなってくる。


「ちょっと待って! ストップ!」


 後ろから鋭い声が飛んできた。

 樹里亞の声だ。


 俺の頭の中の霧が一瞬で晴れる。

 そうだ。俺は今、自分の無害さを証明するためにここにいるのだ。

 でも、樹里亞はそれにストップをかけてしまった。


「どういうつもり? 途中で止めたら今後一切、東條とうじょうさんと一緒に着替えることはできないわ。それがどういう意味だかわかってるの?」


 堂本 由理が抗議する。いや、抗議というより挑発だ。

 一緒に着替えられないということはつまり、単に女子更衣室を使わせないというレベルの話じゃない。今後一切俺を女生徒として扱わないという意味だ。この勝負には、俺……東條 雪緒ゆきおの女生徒としての学園生活が掛かってる。

 こっちからわざわざ負けを認める必要はない。俺は絶対に勃起しないのだから……。でも、樹里亞はそれを知らないのだ。


「こんな事よりもっと簡単で確実な方法があるわ」


 そう言うと彼女は由理の腕を掴んで俺の胸元から引き抜いた。


「雪緒も、もうスカートを降ろしなさい」


 そう言われて、下着を披露したままだった手を慌てて離す。

 自分がどんな異常な格好をさせられていたのか今更気づいて、羞恥心で顔から火が出そうになる。

 でも、もっと簡単で確実な方法ってなんだ?


 そう思って樹里亞を振り返ると、目の前に彼女の瞳のドアップが映った。


「雪緒は誰にも渡さないわ。東陵の女帝が宣言します。これでどうかしら?」


 俺の唇にフイに柔らかな感触が押し当てられる。

 視界は樹里亞の長い睫毛とストレートの髪で覆われて、他にはなにも見えない。

 『樹里亞に任せておけば大丈夫』……普段からそう思っていたけど、彼女のこの強気な行動はいったいなんだ?

 そのことに気を取られて俺は油断していた。

 少しだけ開いた口の間に温かい舌が滑り込んでくる。

 さっきまで、由理に与えられ続けてきた快感を凌駕してしまうほどの衝撃が全身を流れる。

 強く抱きしめられると膝から力が抜けてしまって脚がふらついた。


「これで納得してもらえるかしら?」


「なにがどうなってるんだ? わかるように説明してくれ」


 唇を離して、堂本 由理に問いかける彼女に、俺は疑問をぶつける。

 俺が女子に反応するかどうかが問題なのに、俺たちがキスしたくらいで相手が納得するとはとても思えない。


「違うわ、雪緒。堂本さんは最初から、あなたが女子の着替えに興味があるかなんて、どうでもよかったのよ。ねぇ、そうでしょう?」


 樹里亞は俺の身体を抱き寄せながら、後半は由理に対してそう言った。

 俺の目の前は樹里亞の瞳でいっぱいで、由理の表情はわからない。


「じゃぁ、なんのためにあんなことを?」


「詳しいことは堂本さんに聞かないとわからないわね。でも恐らく、あなたを恋敵だと思ったんじゃない?」


 恋敵だって?


「俺は樹里亞と付き合っているんだぞ」


「そうよ! あなたは門倉かどくらさんというレッキとした相手がいると言うのに『彼』にまで色目を使っているじゃない!」


 俺の疑問に由理が直接返答した。

 『彼』だって? 俺と仲がいい生徒と言うと『宏海ひろみ』のことか? それともまさか『夕夜ゆうや』の方か? ヤツはるちあの彼氏だぞ。


 あーっ!


 彼女が誰のことを言っているのか、わかってしまった。俺との仲を誤解されそうなヤツがもう一人いたことを思い出す。モエモエ王子……早瀬はやせ もえだ。


「……ってことはアンタ、早瀬の彼女なのか?」


「そうよ……わたしはモエモエ王子親衛隊のサブリーダー『堂本 由理』よ。よくわかったわね!」


 由理は腕を組み脚を開いたポーズでドヤ顔でそう言った。


 なんでそんなに自信たっぷりなんだよ!


 でも、コイツが早瀬の彼女(の一人)だとしても、まだ疑問は残る。早瀬はナンパなヤツで、今までにも俺に『好きかも』なんて言ったり、ボディータッチしたり……気があるような行動を見せていた。でも、それはヤツがふざけてやってただけのことだ。


「俺と早瀬はお互いを『男同士』だと思ってるんだ。俺たちの仲を疑う必要なんてないだろう?」


「それこそが大きな問題なのよ!」


 俺の問いに、当たり前だと言うように由理は胸を張って答える。


「東條さん。例えばあなたが身も心も女生徒だと言うのなら、私たちだってこれほど大騒ぎしたりしないわ。実際に王子はあなたの事を気に入ってるみたいだし、これ以上女の子が増えるのは面白くないけれど、至高の存在を愛する同志として喜んで迎え入れる用意はあるのよ」


 こっちは迎え入れられたくないけどな。


「でもね……」


 由理の瞳がスッと細められる。

 拳が固く握り締められていた。


「あなた。王子に写真を送ったでしょ? 彼、その写真を一目見ただけであたしを放って出て行っちゃたのよ……あなたを探しにね。それがなんの写真だかその時にはわからなかった。でも今はハッキリしてるわ。あなたが保健室で先生と話してるのを見てた子がいるのよ」


 ナンダッテ!


 俺が早瀬に送った――宏海ひろみにも送った――写真は、自分で撮った股間のアップだ。樹里亞とホテルのスイートルームに泊まる……って時に自分の股間が『ちゃんと男なのかどうか』知りたくて送ったんだ。でも、結局のところ写真を見た早瀬たちがホテルに乗り込んできて、樹里亞との初エッチはダメになってしまったけれど。

 おまけに二人だけじゃなく、保健医の燐子先生にまで『女に見える』と太鼓判を押されて俺は落ち込んだんだ。

 しかもあの時、保健室を覗いてたのはコイツら『王子親衛隊』とかの仲間らしい。

 ヤバい。あの時の先生との会話を樹里亞に知られたら、俺の身体のことがバレてしまう!


「あなたが女子なら構わない。でも、男子として王子と関係されたら困るのよ。あの時、あなた。燐子先生にパン……っ!」


 俺は優しく抱き寄せられていた樹里亞の腕を振り解くと、由理に掴みかかった。

 でもどうする? ここで彼女の口を塞いだとしても、こんなやり方は不自然すぎる。


 一瞬の躊躇が俺の動きを鈍らせる。

 しかし、由理は言葉を続けることができなかった。

 二クラス分の女生徒が集まって、異様な熱気に包まれていた女子更衣室に突如として強烈な轟音が響き渡った。


 耳を塞いでその場にうずくまる者。驚いて悲鳴をあげる者。雷鳴の正体を確かめようと振り返った者は一人の例外もなく入り口のドア付近に立つ般若の姿を幻視した。


「チャイムはとっくに鳴ってるぞ! 着替えにいつまでかかってるんだ? バカモノども!」


 更衣室の入り口に仁王立ちになっていたのは女子体育教官の菅原すがわら 鮎美あゆみ先生だった。薄い素材の競泳用ワンピース水着に身を包み、白いジャージを羽織ったその姿に女生徒たちはみんな落雷に撃たれたように動けなくなっている。


 鮎美教官は体育教官ながら小柄な体躯と正反対の絶妙なプロポーション。身長に似合った幼い感じの小顔美人で、妙齢ながら男子生徒に圧倒的人気なのだ。

 いつもニコニコと優しい笑顔を絶やさない好感度ナンバーワンの先生で、俺は今まで彼女の怒った顔を見たことがなかった。

 だから、一瞬誰なのかわからなかったほどだ。

 その目は怒りに燃えていた。


「全員一分で着替えてプールに集合しろ! 遅れたヤツは全裸で泳がせるぞ」


 そう言って鮎美教官はニヤリと笑った。

 この先生、男子の前と女子の前とでこんなに態度が違うのかよ!


「今日に限って見学は認めない。生理になったヤツはタレ流しながら泳いで構わん。うちのプールにはサメもピラニアもいないから安心しろ! なにしてるんだ? サッサと着替えろ!」


 鮎美教官が手を叩くと、まるで止まっていた時間が動き出したかのように全員が一斉に制服を脱ぎだした。

 誰一人身体を隠すことなく制服も下着も脱ぎ捨て、水着に足を突っ込む。そこにはもはや羞恥心もなければわだかまりもなくなっていた。

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