第五十六話 男子高校生は女生徒たちに拒絶される1

前話のあらすじ


旧校舎のトイレでの悲劇から生還した俺。燐子先生は俺がエロ自撮りで早瀬を誘惑したのが原因だなんて言う。必死で弁明するもなぜか燐子先生にその場で股間を見せるハメに。その後、女子トイレを使用した俺は今度は謎の女生徒集団に絡まれてしまい、パンツを降ろして撃退した。


 ◇◇◇


 ウインナーとソーセージの違いをご存知だろうか?

 スーパーの食品売り場で見かけてもその表示はまちまちで違いはわかりにくい。それもそのハズ、ソーセージというのはひき肉の腸詰めの総称――つまり、腸詰めはすべてソーセージなのだ。その中でも特にオーストリアのウイーン発祥の羊の腸を使ったものをウインナーと呼ぶらしい。日本農林規格では直径二センチメートル未満、長さ十センチメートル未満のソーセージを指す。ソーセージの中でも一番小さなものがウインナーというワケだ。


 そんなウインナーとジャガイモがゴロゴロ入った料理が俺の目の前で湯気を立てていた。


「美味しそうね。ソレなあに?」


 るちあが瞳を輝かせてテーブルの向かい側に座る。彼女に続いて彼氏の夕夜ゆうやがその隣に座った。


「『クレイジーソルトを振ったジャーマンポテトとサラダのセット』だよ」


 これは東陵高校の学食が誇る人気メニューである。

 主に女子にだが……。


「最近、よくココで食べてるね」


「うん」


 今までは母親に弁当を作ってもらってたけど、登校前に樹里亞じゅりあの家で着替えるために一時間早く出かけるようになったから、弁当を断るようにしてるのだ。一人息子だと信じていた俺が女だったとわかってから、母親には面倒をかけ通しだった。これで少しでも休んでもらえたらいいなと思う。


 左隣の席には俺に付き合って学食のランチをフォークで突つく樹里亞。右隣にはチャーシュー麺をすする宏海ひろみが座っていた。ちなみに彼は自分の弁当を平らげてからの追加メニューだ。それだけ食べるからこそ、あの男らしい強靭な肉体を維持できるのだろう。

 そんな宏海に最近は何度も助けられていた。


 女子の制服を着て登校した初日。トイレで何人かの女生徒に絡まれた後、廊下やクラスでは男子生徒になん度もからかわれた。彼らから見れば俺は『女子の制服を着たオカマ』程度の認識なのだろう。オカマというのは男性同性愛者や女装者を侮蔑した言葉だ。

 一般的にテレビなどに『オカマ』という名称で登場する人たちは、主に『イジラレ役のお笑い芸人』のような役割を果たす。そんな番組ばかりを見て育った人間は性的マイノリティーに対して同じような偏向的な反応を示すのだ。


東條とうじょう。お前、胸膨らんだか?」


 廊下を歩いていると、そんなセリフと同時に突然後ろから抱きつかれた。

 誰かの腕が俺の胸の辺りをゴソゴソと強引に動き回る。


 !!!!!


 驚いて口から飛び出しそうになる悲鳴を必死に抑える。

 俺は学校内では性同G一性I障害Dという事にしているから、元々の身体は男だということなっている。

 男子というものは、女子にはおいそれと触れないくせに、同性の身体だったら遠慮はいらないと思うものらしい。女子の制服を着るようになってから、以前に比べて触られる事が多くなった。ホルモン療法をしていることになってるから、胸が膨らんでいるかどうか興味があるのかも知れない。俺としては男に触られても嬉しくないし気持ちがいいハズもないけど、こんな真っ平らな胸を触られたところで性的な嫌悪も感じない。

 しかし、俺はMtF(身体が男で心は女)という設定だから、本来なら『キャー!』とかなんとか悲鳴をあげるのが正しい。正しいんだけど、親しい友達には『GIDは狂言』だと打ち明けてあるから、自然に悲鳴をあげたら逆に不自然に思われてしまう。

 そんなことを考えながら学園生活を送っていると、とっさの時に自分がどういう反応をすべきなのか一瞬わからなくなってしまう。


 呑気にそんなことを考えていたら、ソイツの手は俺の薄い胸を掴んでぎゅうぎゅう揉みしだき始めた。


「痛っ!」


 胸に痛みが走る。

 カッとなって怒鳴ろうした瞬間、腕は俺から引き剥がされた。

 振り返ると、俺の胸を掴んでいたヤツ――別のクラスの男子生徒だ。名前は覚えてない――が日に焼けた太い腕にアゴの辺りをキメられて、必死にその腕を叩いている。

 しかし、それもほんのわずかの間だった。


「なにやってんだ雪緒ゆきお! あんなヤツに黙って触らせるな!」


 絞め落とした生徒を床に放り投げると、宏海が恐い顔で怒鳴った。

 いや、俺だって好きで触らせてるワケじゃないぞ!

 俺に触ろうとするヤツらは大抵が男子生徒だから俺もそれほど気にならない。もしもこれが女子だったら、とても平静ではいられないだろう。まぁ、俺にボディタッチしてくる女子は樹里亞とるちあくらいのものだけど。

 そう言えば『早ナントカ』とかいうイカレたヤツもいたような気がするけど、女扱いすると怒られるので割愛する。


「ホンモノの女の子みたいにとっさにキャーとか出ないんだよ。仕方ないだろ! 俺の演技に文句あるならお前やってみろよ!」


 声のトーンを落として宏海に抗議する。

 コッチはそれでなくても女子の制服着たり女子トイレに入ったりでいっぱいいっぱいなんだ。ちょっと触られたくらいでいちいち悲鳴なんてあげてられるかよ。


「俺が言ってるのは、そういうことじゃネェよ!」


「じゃぁなんだよ!」


 俺のツッコミに宏海が目を見開いて黙り込む。そのくせ口はポカーンと開いたままだ。

 このヤロー! まさか俺がGIDだっていう狂言のせいで苦労してるって、頭から抜け落ちてるんじゃねぇだろうな?


「オイオイ、しっかりしてくれよ。親友だろう?」


 ため息混じりにそう呟く。


「ウルセェよ」


 宏海はそう言って、向こうを向いて行ってしまった。

 いったいどうなってるんだ?

 まさか、俺がこんな格好してるから『男の友情』のパワーゲインが落ちてきてるんじゃないだろうな? 男女の恋愛なんて安っぽいモノとは違う、男の友情ってヤツは一生の宝物……のハズなんだけど、今の俺たちはどこからどう見ても男女にしか見えない。

 ヤバい!

 早く門倉かどくらの爺さんをなんとかして女子高生の汚名を返上しないと、宏海との大事な友情が崩壊してしまうかも知れない。


 しかし、事態は一向に俺の思う通りになってはくれなかった。


 ◇◇◇


「東條くん……いいえ、東條さんと一緒の着替えを拒否します」


 狭い女子更衣室の中で、合同で体育の授業を受ける隣のクラスの女生徒が俺を指差して騒ぎ出した。

 うちのクラスの女子からはなにも言われなかったし、るちあや樹里亞と一緒だからトイレほどの抵抗感もなくすんなりと更衣室に入ったところで、この洗礼である。


「性同一性障害については調べました。MtFは女性と同じで、通常は女子に性的な感情を抱かないということは理解しています。変な目で見られるかもしれないとか襲われるかもしれないと思うのは私たちの自意識過剰だとわかっています」


「GIDがどういうものか理解した上で彼女を排除しようと言うのかしら? それは性的マイノリティーに対する差別以外の何物でもないと思うのだけど……」


 樹里亞が落ち着いて反論する。

 ごく自然に俺のことを『彼女』と呼ばわる樹里亞に内心感服しながら、ことの展開を見守る。どんなトラブルだろうが樹里亞に任せておけば問題はない。

 それを聞いた女生徒は一瞬だけ目を見開く。しかし次の瞬間には見事に自分をコントロールして反論を開始した。


「ええ、もしも東條さんが本当にGIDなら私は差別主義者になるでしょうね」


 彼女の落ち着き払った一言が、二クラスの女子が集まった更衣室に響き渡った。

 俺は呆気にとられる。まさか、GIDの狂言が見破られたのだろうか?


「あなた、なにか勘違いしてるみたいね」


 しかし、我らが最強の女帝は顔色ひとつ変えずにそう言い放つ。

 さすがは樹里亞。下手に論拠を聞き出そうとして相手に確信を持たせるような真似はしない。


「勘違いじゃないわ。女子に対して性的な感情を抱かないハズなのに……門倉さん、あなたたと東條さんはお付き合いしてるっていうじゃない。女性に興味がないハズの東條さんがどうして女性のあなたと付き合ってるの? これって矛盾してるんじゃないかしら?」


 そう言って、彼女は両手を腰に当ててポーズをとる。


「矛盾はしてないわ。雪緒は小さい頃にあたしと結婚の約束をしたの。彼女は男の子の体で生まれて男の子として育てられた。だからあたしはずっと男の子として接してきたわ。でも思春期を過ぎて雪緒は自分の体の性に違和感を持つようになった。でも、それを誰にも相談できずにずっと一人で悩んできたのよ。あたしは最近になってやっとその悩みに気づくことができて、その事について二人で何度も話し合ったわ。そして彼女は女になる決心をしたの。でも、あたしには雪緒しかいないし、それは雪緒も同じだった。だからあたしたちは結婚すると決めたの。彼女は女性が好きだからあたしと付き合ってるワケじゃないのよ」


 樹里亞の口からGIDの設定に沿った出まかせが、まるで真実のように紡ぎ出されていく。『結婚』という言葉が出るたびに、周囲の女の子たちからわずかにため息が漏れるのが聞こえた。


「おっ……女同士で結婚なんて、日本の法律でできるわけがないわ」


 相手の女生徒の声が突然裏返る。樹里亞の言葉に動揺したのだろうか。


「あら、法律的にはまだだけど自治体によっては同性婚を認める風潮も出てきてるのよ。まぁ、国内で結婚する必要もないけれど……。それに、まだまだ方法はあるわ。相手が女だと言うのなら自分が男になってしまえばいいのよ」


「そっ! そんなこと……」


 女生徒はそういったまま硬直してしまう。

 樹里亞の言葉がよっぽど衝撃だったのだろう。彼女は顔を真っ赤にしたまま口をパクパクしているが、その可愛いくちびるからは意味がある言葉は出てこない。


 勝ったな!

 俺がそう思った瞬間、女生徒は見事に復活を果たして反撃を始めた。


「もう一度確認するけれど、東條さんは本当に女子に性的な感情を抱かないのね? もう性別適合手術を済ませているのかしら。それともホルモン療法中かしら?」


「今現在どんな治療をしているのかプライバシーに関わることは説明できないけれど、その点は安心してもらって構わないわ」


 復活した相手に対し樹里亞が慎重に言葉を選ぶ。


「あなたがそこまで言うのなら簡単な実験をさせてもらっても良いわよね? 東條さんが本当に女子に反応しないのかを……。聞いた話だと健康な男子高校生なら、たとえ特別な好意を持っていない相手でも十分反応するそうよ」


 女生徒がそう言って俺に近づいてくる。

 え?

 まさかコレって、そういう展開なの?


「簡単に言えばおち◯◯んが勃起するということよ。GIDの場合、ホルモン治療の初期にはすでに性欲がなくなって勃起しなくなるらしいわ。つまり、女の子の刺激に反応するかどうかで東條さんが本当にGIDかどうか判定できるのよ」


「ちょっと待って! それもプライバシーの範疇よ」


 慌てて彼女の前に立ちふさがる樹里亞。

 それを見て女生徒の口端が一瞬だけつり上がる。今の反応がどうやら彼女に確信を持たせてしまったようだ。


「東條さんにプライバシーがあるように、私たちにだって男子生徒に着替えを覗かれない権利があるハズよ。良いわ。もしも東條さんがなにも反応しなければ、私たちB組の女子は今後ずっと東條さんの目の前で全裸で水着に着替えてたって構わないわ!」


 相手の女生徒は自らオッズを上げてきた。隣のクラスの女子たちはお互いに顔を見合わせるだけで彼女の提案に反対する者は一人もいない。事前に打ち合わせが済んでいるのだろう。見事な統率力だ。

 目の前に立った樹里亞の背中がわずかに揺らぐ。彼女は動揺しているようだ。


「お……あたしは試されても構わないよ」


 そう言って樹里亞の背に後ろから優しく触れる。彼女はちょっとだけ肩を震わせてから、ゆっくりと振り返った。

 大丈夫。俺の体は元から女。ち◯◯んの勃起なんざ、産まれてこのかた経験したことがない。宏海のアレが『立った』状態のヤツは、水着の上から見たことはあるけどな。


「大丈夫だよ。樹里亞」


 そう言って微笑むと、彼女も強張った表情を崩す。

 見上げる身長差が恨めしいけれど、身体をぎゅーっと抱きしめられると柔らかい素材のブラに包まれた豊かな胸が押し付けられる。


「信じてるわ」


 耳元で囁かれる彼女の愛情が俺を送り出してくれる。

 俺は絶対に勃起しない。おまけに今日の俺には心強い相棒がついてるんだ。


「ちょっとでも反応したらその時点で止めるわ。不愉快な思いをさせるかも知れないけどお互いのためなの。少し我慢してね」


 そう言うと女生徒はいきなり俺のスカートの裾を掴んで持ち上げる。

 ギャラリーから一瞬だけどよめきが聞こえた。


「いきなりでごめんなさい。反応する前の状態を確かめる必要があったの」


 更衣室にいる全員の視線が俺の履いている下着に集中する。今日はブルーのパンツだ。素材は知らない。水泳の授業があるが午後からなので汗をかくことを考えて水着は着てこなかった。

 それを見て、誰も俺が元からの女だとは思わなかっただろう。

 それもそのハズ。パンツの中には心強い相棒『ウインナー』が入ってるのだ! 学食でジャーマンポテトを食べた後、ウインナーの太さに天啓を受けた俺は、調理場のオバちゃんに頼み込んで余ってた一本を分けてもらった。

 これをパンツの中に入れておけば、無遠慮に俺の身体を触ってくるヤツらを撃退できると思ったからだ。男なら誰だって男のモノなんか触りたくないからな。残念ながらその効力を試す機会はなかったけれど、まさかこんなカタチで役に立つとは……。

 他の女生徒には『手術で取った』と言えばいいのだが、樹里亞にそれは通用しない。彼女にとっては俺は相変わらず男の子なのだ。先日のホテルでどこまで見られたのかわからないけれど、彼女の記憶と大きく違うようなら後でウインナーを見せて種明かしをするだけだ。


「ちょっと押さえてて」


 自分のスカートを捲り上げたポーズのまま、俺は女生徒たちの注目を浴びている。

 ナンダコレ? どんな羞恥プレイだよ。

 そんなことを考えていたら、相手の女生徒が耳元に唇を近づけた。


「私の名前は堂本どうもと 由理ゆりよ。覚えておいてね」


 耳元で囁くようにそう言うと、由理はいきなり俺の首筋にキスをした。


「あっ!」


 男子に触られても我慢できた声が、思わず口から漏れてしまう。

 彼女のキスはそれほど刺激的で気持ちよかった。

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