第五十八話 男子高校生は女生徒たちに拒絶される3
前話のあらすじ
二クラス数十人の女生徒の前で自分のスカートの裾を持ち上げてパンツを披露する俺。そんな俺に執拗な愛撫を繰り返す堂本 由理の目的を喝破する樹里亞。早瀬に送った写真のことを由理が喋りそうになりピンチ。すんでのところで体育教官が現れてウヤムヤに。
◇◇◇
「イチ、ニィ、サン、シィ、ゴォ、ロク、シチ、ハチ……」
プールサイドに一列に並び、体育教官のホイッスルに合わせて準備体操をする。教官はもちろん女教師だ。対岸に並ぶ隣のクラスの女子たちの中に
俺は彼女たちの前で
プールサイドは色とりどりの水着に身を包んだ女の子たちで溢れていた。
旧学校指定のワンピースを着ている生徒もチラホラいるが、大半は競泳用と思われるトリコロールのセパレート水着だ。
女子の水着自由化は、俺と早瀬が女子用水着の着用を嫌がって行った抗議デモから派生した特典だ。俺が女生徒として通学することになってしまった今では、あのデモ自体がもう無意味なものなってしまったけど。でも、競泳に使用できる女子用の水着であれば、色も形も自由に選べるというのはそれほど悪いことじゃない気もしている。
かく言う俺だって学校指定のものではない新しい水着を着てるのだ。
樹里亞とペアの水着である。それも、色が同じとか柄が同じという意味じゃない。同じ水着なのだ。トップスがボーダー、ボトムスはブラックのタンキニで、樹里亞とは色違いの同じ水着である。
まさか自分の彼女とペアの水着で泳ぐことになろうとは、去年までの俺には想像すらできなかったけど……。
同じ水着ではあるけれど、俺と樹里亞では体型が全然違うからサイズがもちろん違う。実際に着てみると同じ水着とは思えない。
それに、俺の水着は胸のカップの中にパッドが縫い付けてある。試着時にカップの中がスカスカだったからだ。そこにいささか腑に落ちないものを感じる。もちろん俺は男だから自分の胸が小さかろうが気になるわけじゃない。下着のブラだってパッド入りだ。
しかし……だ。こんな俺でも遺伝子的には性染色体がXX型の立派な女。例えば男の土俵で
ちなみに、るちあもセパレートだが、胸の前から首までしっかりと覆われたホルターネックタイプだ。彼女の場合はその豊かすぎる胸のせいで、首元が開いた水着だと泳ぐ時の水圧でポロリと出てしまうことがあるらしい。
……って、いったいどんな胸だよ? ソレ!
◇◇◇
五十メートルプールの全七コースのうち左右の三コースづつを使って競泳の練習が行われる。ホイッスルの音を合図に、一列に並んだ水着姿の女生徒が順番に飛び込んでいく。種目はクロールだ。高校に入って初めて習う飛び込みに、未だ慣れずに躊躇する生徒が目立つ。
「まだあなたを認めたわけじゃないわ」
隣の列から鋭い声が飛ぶ。
更衣室で俺に難癖をつけてきた
「さっきはウヤムヤになっちゃったけど、あんな事であたしはゴマかされないわ!」
そう言って彼女は俺を睨みつける。
目の前でキスして見せたのに、まだ俺を疑っているのか?
面倒くせえ女だな。
「どうすりゃ認めてくれるんだ?」
こんな女でも隣のクラスの生徒だから、俺が男子生徒に戻れるまでは体育の授業でずっと一緒に着替えることになる。その度に因縁をつけられたらかなわない。
「あたしに勝ったら考えてあげるわっ!」
ホイッスルの鋭い高音と由理の声が重なって俺の鼓膜を直撃する。
気づくと前に並んでいたクラスメイトの姿はなく、俺が列の先頭になっていた。
隣の列で飛込み台に立った由理の身体が前方に傾いていく。
俺はその光景をまるで夢でも見ているように呆然と眺めていた。
『あたしに勝ったら……』って、今ここでかよっ?
しかし彼女は先にスタートを切ってしまった。躊躇している暇はない。
このままじゃ負ける。
遅れて飛込み台に立つと、前方で水飛沫を上げて遠ざかりつつある由理が見えた。
今後の女生徒としての生活のため、ひいては樹里亞との結婚のために俺はこの勝負に負けるわけにはいかない。
しかし飛び込もうとした瞬間、脳裏に浮かんだ何かが俺の脚に絡みつく。それは白くて細い紐のような……ああ、これはビキニだ。夏休みに出かけた海岸で知り合った女子大生たちに着せられた、布面積が圧倒的に足りない勝負水着『マイクロビキニ』。
あれを着けてはしゃいだりビーチボールで遊んだりした結果、俺は本来隠さなきゃならない部分を友達に……それも親友の宏海に何度も披露することになってしまったのだ。
飛び込み時に水着にはかなりの水圧がかかるため、通常のビキニでもズレてしまうことがある。
自分の胸元に視線を落とす。この水着は競泳用のセパレートタイプのタンキニだ。多少の水圧が掛かってもトップレスになることはない。
それに……万が一脱げてしまったとしても、この場に
動揺は完全に収束した。両足の指先が飛込み台の縁にかかる。追いつくためにできるだけ遠くに飛び込む。勝つために必要なアドレナリンが身体中を駆け巡り、俺をゴールへと誘ってくれる。
全身は一本の矢となって水中を突き進み、浮上と同時に水を掻く。
強烈な日差しに焼かれ続けた肌にプールの水が冷たい。空気の泡が弾ける音がノイズとなって全身を包み込む。
俺は泳ぎは得意だ。第二次性徴をとうに過ぎて筋肉が落ち、分厚い皮下脂肪をまとった女なんぞに負けるワケがない!
両腕は交互に水を掻き、両足は十六ビートで水を蹴った。
由理の位置は気にせずに、できるだけ息継ぎを抑えてただひたすら速く泳ぐことだけを考える。
ふと、指先が硬いものに触れた。
顔を上げると飛込み台が見える。浅くなった水底に足指が触れる。由理は? ……と辺りを見回すと、後方で必死に水を掻く彼女の姿が目に入った。
遅い! しかもコースロープを二本も乗り越えて俺のコースに入ってしまっている。
この女、こんなに泳ぎがヘタなくせに俺に水泳勝負を挑んだのか?
あの早瀬の彼女らしい、感情的で短絡的な行動だ。
俺の前まで泳いできた由理がコースロープに掴まって顔を上げる。そのまま深く息を吸い込んでゆっくり目を開けた。
あれだけ大見得を切ったくせにボロ負けじゃないか。
しかし、俺と視線を合わせた由理は、どういうわけかドヤ顔だった。
「けっこう速かったわね。まるで男子みたい」
しまった!
水泳勝負に見せかけて俺の筋力を試そうという罠だったのか?
「先に断っておくけれど、あなたが男子か女子かなんてもうどうでもいいの。どっちにしても、これであなたを排除できるわ」
コースロープに掴まった由理がもう片方の手を水中から持ち上げる。するとその手にはなにか黒いものが握られていた。
あれは……あの黒いものは!
まさか、俺はまたやってしまったのか?
水面下で揺らめく自分の下半身に目を落とすと、そこにビキニのパンツはなかった。
「ぎゃぁーーーー!」
トップレスになったりTバックの尻を見られたことはあったけど、ボトムレスだなんて! しかもこんなによく晴れた屋外で!
顔が日差しより熱くなるのを自覚しながら、俺は両腕を激しく振り回してプールの水の透過率を限界まで下げようと足掻いた。
猛烈に恥ずかしい。だけど、大勢の女生徒に股間を見られることよりもたった一人……樹里亞に俺の身体の秘密を見られる方が問題だ。俺の身体がすでに女になってしまったことを知られたら……知られたら、えぇと……どうなっちゃうんだっけ?
元はと言えば樹里亞の爺さんを騙すために女生徒として通学してるわけだし、
いやいや違う。そうじゃない!
あの日、爺さんのホテルの部屋で俺は何を気にしていた? 自分の股間が男に見えるかどうか……いや、それはホントの理由じゃない。だって、裸で二人きりになったら次にやることは決まってるからだ。
俺がホントに気にしてたのは……。
俺が樹里亞の……その、しょ……処女を奪えるかどうか……と言うことだ。
でももう、今ならハッキリとわかる。
俺にはもう『ちん◯』はない。
結婚云々よりも前に、俺はどうやって彼女とエッチしたらいいんだろう?
「ちょっとーっ!
ヤバい。プールの中で余計なことを考えてしまった。
再び視線を戻すと、そこには勝ち誇った表情の由理……早瀬の彼女が立ってて……あれ? 早瀬と付き合ってるということはコイツらは女同士でエッチしてると言うことだよな?
……ってことは女同士の作法もあるってことだ。男に戻れない以上、俺と樹里亞はそういうことを……。
「女同士がなんですって? 人の話も聞かないでニヨニヨ笑って気持ち悪い!」
そう叫んでビキニパンツをどこかへ放り投げようとした由理の脳天に、樹脂製のメガホンが叩き落される。
「ゴラァ! 堂本ォ! 何騒いでるんだオマエはぁ!」
体育教官の
「東條、いつまでも尻を出してないでさっさと履けぇ!」
◇◇◇
旧校舎特別教室棟の一階にその部屋はあった。
ドアの上に『体育教官室』のプレートが掛かっている。由理からビキニパンツを取り返して俺に渡してくれた体育教官の菅原先生に、放課後ここへ来るように言われていたのだ。
プールでの騒動について聞かれるのだろうか? あるいは更衣室で騒いだ件か? まさか、GIDの事を聞かれるんじゃないだろうな?
騒動については由理が勝手に騒いだことで俺に責任はないハズ。GIDの話だったら面倒だけど、こんな時のために頭の中に完璧な設定資料ができあがっていた。
ドアを軽くノックすると『入れ』と返事が返ってきた。
「失礼します」
挨拶しながらドアを開けた俺は驚いた。
部屋の中には菅原教官の他に数人の女生徒がいたからだ。
「よくきたわね、東條さん。中に入ってドアを閉めてちょうだい」
ジャージに着替えた教官は部屋に設えた事務机に座っている。その周りを制服姿の女生徒が取り囲んでいる。飛び込みで脱げてしまったビキニパンツを奪って、俺を社会的に抹殺しようとした堂本 由理がその中心で仁王立ちしていた。
なんだこの異様な光景は?
先日の女子トイレでの恐怖がまざまざと蘇り、背筋を悪寒が駆け上がる。
「あなたにちゃんとしたパートナーがいるのはわかってるわ。でも、あなたにその気がなくても、王子があなたに興味を持つかもしれないでしょう?」
菅原教官は真顔で俺にそう言った。
それは女子更衣室で由理が言ったことと同じで……って、今この人『王子』って言ったか? 菅原教官と由理は同じ立場だってこと? それってつまり、目の前の女教師も早瀬と……その、エッチな関係があるってことなのか?
誰もいない月明かりのプールで、生まれたままの姿で抱き合って浮かぶ女教師と生徒。そんなシチュエーションが脳裏に妖しく展開する。
「いいえ、この際だからハッキリ言うけれど、彼はあなたに強く惹かれているわ。もしも王子となにかあった時にあなたが男子だととても都合が悪いのよ。わかるでしょう? 私たちの王子が男の子に抱かれて万が一にも目覚めてしまったら、ただのつまらない女に成り下がってしまうかもしれない! 私たちにとって王子は唯一絶対の存在なの。彼が女になってしまったら、私たちへの愛もなにもかも全て消えて無くなってしまうのよ」
菅原教官が力説する。
しかし俺には彼女の言っていることがわからない。いや、理屈の上では理解できないというだけだ。心のどこかで……感情のどこかで彼女たちの主張に共感する自分が存在するのを感じていた。
「だから東條さん。あなたが男子ではないということを、今この場で証明して欲しいの。スカートを捲って下着を降ろしてくれるだけでいいわ。ものの数秒で済むハズよ」
俺が何に共感したのか……それは明確だ。
俺の彼女……樹里亞は、男っぽくない俺が好きだと言ってくれた。それは裏を返せば、俺に少女のような少年像を求めているということだ。それはあくまでも男の子であって、女の子であってはならない。
つまり、俺が女になってしまったら……いや、女であることがバレてしまったら、彼女にとって俺は存在意義を失ってしまう。
由理たちにとっての『王子』……
「ちょっと! 聞こえてる? 東條さん!」
由理がなにか叫んでいたが俺の耳には届かなかった。
◇◇◇
そして数日後、突然に樹里亞は俺の前からいなくなった。
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