第二十九話 男子高校生は打ち上げ花火を発射する

前回のあらすじ


俺は暗い部屋で目覚める。露天風呂で倒れたところを宿の従業員に助けられたらしい。あの女子大生たちは夢? しかし旅館の料理は抜群に美味しくて俺ゴキゲン。夕夜が持ってきたプレミアム花火セットを楽しむために外に出るが、浴衣の女子チームを待ってる間に女子大生たちが目の前に現れた。


 ◇◇◇


 真っ暗な海岸線に打ち寄せる波の音だけが耳に届く。いったい何の船なのか、たくさんの明かりをつけた小型船が暗い海から近くの漁港に帰ってくるのが見えた。

 夏休みに海に遊びにきた俺たちは初日の豪華な夕食を堪能した後、夕夜ゆうやが持ってきた『超プレミアム花火セット』を楽しむために旅館に近い港の桟橋近くまできていた。


「さぁみんな。花火は持ったな? じゃあ一斉に点火しようぜ」


 どういうわけか妙に機嫌が良い夕夜がイベント開催の音頭を取って、コンクリートの地面に立てたロウソクに火を付ける。俺たち六人は手に持った花火の先端を、我先にロウソクの火にかざした。


 ◇◇◇


 海にきた時は五人だったのにどうして今は六人なのか。

 宏海ひろみ、夕夜、俺の男子チームと、樹里亞じゅりあ、るちあの女子チームで合計五人のハズだ。もちろん俺は男子チームだ。ところが今は、女子チーム二人が年上のお姉さん三人組とそっくり入れ替わってしまっている。

 本来の女子チームは今ごろ、無料で着付けまでしてくれる旅館のレンタル浴衣を選んでいる最中だろう。

 彼女たちを待っている間に声をかけてきたお姉さんたちは、俺が夕方、偶然にも一緒に露天風呂に入ることになってしまった三人の女子大生たちだった。正確に言うなら二人の女子大生と看護学校生だ。

 最初に声をかけてきたのが『ランさん』。ウェーブのかかったミディアムヘアに白のショーパン姿で、上はなんとビキニのブラだけという刺激的な格好だ。彼女は露天風呂でも最初に俺に近づいて話しかけてきた社交的な美人さんだ。

 その後ろにいるストレートヘアで浴衣姿の大和撫子タイプはナースの卵『スーさん』。その隣のショートヘアの少女のように可愛らしい人は『ミキさん』。ピンクのキャミソールにフレアスカートを履いている。

 ランさんはビキニのカップに収まりきれない大きな胸を『タプンタプン』という音が聞こえそうなほど揺らして走ってくると、一緒に花火をやろうと言い出した。


 本音を言えば遠慮したかった。三人の女子大生と混浴したなんて、みんなに知られるわけにはいかない。

 彼女たちがふざけて年下の男の子と一緒に温泉に入ったのならまだ良い。でも、実際は俺を女だと思い込んで一緒に露天風呂に浸かったのだ。

 宏海や夕夜がそれを知ったら、どうして俺を男だと思わなかったか不思議がるだろう。

 もしも彼らに疑われたら困ることになる。今の俺には自分が男だと証明するすべがないのだ。俺の体が……ぶっちゃけて言えば股間が……『ほら、見てみろ。俺は男だ馬鹿野郎!』と反撃できるだけの説得力を持っているのかどうかもう自分でもわからない。ドヤ顔でパンツを降ろして見せた結果がやっぱり女にしか見えなかった……なんてことになったら、俺は『同級生の男子二人にM字開脚で股を開いて見せたビッチ女子高生』という最悪な称号を授かることになってしまう。


「俺はビッチなんかじゃない!」


「は? なに言ってんだ? お前。ところであのお姉さんたち、知り合いなのか?」


 ぎゃぁぁぁぁ!

 また心の叫びが口から漏れてたぁ!

 しかも宏海に聞かれてしまった。ああ、死にたい。

 おまけに宏海の前でM字開脚してる自分を想像してしまって、俺の思考はオーバーヒートしてしまった。

 もはや言葉を紡ぐこともできずに、俺は必死に首を縦に振る。


「そうか。ならいい」


 なにも説明できない俺の返事に、それでも突っ込むことをせずに収めてくれた宏海。お前はホントに良い奴だ。

 それに引き換え夕夜の方は何の疑問も持たずに彼女たちを受け入れて、自慢のプレミアム花火セットを見せびらかしていた。お前が馬鹿なおかげで俺がどれだけ助かっているか、当のお前は知る由もないだろう。

 ありがとう。バカな夕夜。


 手持ち花火というものは、お手軽に楽しめる夏の定番アイテムだ。先端から飛び出す火花の美しさと長い持続時間がこの花火の醍醐味だけど、花火ソムリエを自称する夕夜がチョイスした手持ち花火はさらに一味違うものだった。火を付けるとまず初めは無色の火花、続いて赤や緑のカラフルな色に切り替わり、その度に火花の散り方も様々に変化する凝った代物だった。


「ナニコレ、凄ぉーい!」


 きゃらきゃらとはしゃぐ女子大生たちを前にソムリエは満足顔だ。

 夕夜が別の手持ち花火を取り出して説明を始めたとき、俺は隣で話を聞いていたランさんに囁いた。


「お風呂で助けてくれたんですよね? ありがとうございます」


「ああ、さっきね。雪緒ゆきおちゃんが急に倒れちゃったからビックリしたわ。でも、なんでもなかったみたいで良かった」


 ランさんは振り向くとニッコリと笑って、俺の真似をして耳元で囁いた。


「目が覚めたら部屋で寝てたんで、あの後どうなったのかと思って……」


「うん、とりあえず体を拭いて服を着せて、宿の従業員を呼んだの。貴女の部屋がわからなかったからね。そうしたら連れて行ってくれるって言うから任せちゃったわ」


 なんだ。そういうことだったのか。

 でも俺はまだ安心できない。彼女に聞いて確認しなくてはならないことがある。俺の裸を見て男だとバレなかったのか。それが一番知りたかったのだ。


「あ、あの……オ……あたし、変じゃなかったですか?」


「変って、なにが?」


 なにがと聞かれても、どういう言い方をすればいいのかわからない。


「服を着せてもらったんですよね?」


 そう言うと彼女はピンときたらしい。


「ああ、気がつかなくてごめんね。でも女同士だしぃ、着せたのはスーだから……ええと、ナースの卵の子ね。あたしとミキはフロントに知らせに行ってたの。スーは別に何も言ってなかったけど……。まぁ、高校生にしてはちょっと幼いかなぁって感じだけど大丈夫。貴女はどこから見てもすっごい可愛い女の子よ。もっと自分に自信を持ってね!」


 ランさんがそう囁く。

 それは彼女からすれば優しい応援だったのかもしれないが、俺にとっては不治の病の宣告と同義だった。女性から見ても女に見える俺の身体……。

 宏海と風呂に入った去年のスキー合宿からまだ半年ちょっとしか経ってないのに、俺はもう男友達と風呂にも入れない身体になってたのか。


「M字開脚しなくて良かった」


「えむじ?」


 あまりのショックで、また余計な言葉が口から漏れてしまった。

 そんな傷心の俺をランさんは放っておいてはくれなかった。自慢の胸をぎゅうぎゅう押し付けながら、俺の首に腕を絡めて耳元に唇を近づける。


「で? 雪緒ちゃんの本命はどっちなのよ?」


 ああ、やっぱりそういう話になるんですね。しかも『どっち?』ってことは、宏海か夕夜の二択なわけですね。まぁ、普通に考えればそう思うだろうなぁ。


「あの細身の眼鏡くん?」


 ランさんが夕夜を指差して俺に聞く。

 は? ソレハナンノジョウダンデスカ?

 誤解されているとは言え、あのバカな夕夜に好意を持っていると思われるのは心外だ。わずかに残った俺の男のプライドに関わる。

 俺は頚椎が外れるほどの勢いで首を振り回し、全力で否定する。

 本当に冗談じゃない!

 あいつがどれだけバカなヤツなのか、ここで蕩々と説明してやりたいくらいだ。


「じゃぁ隣のおっきぃ方かぁ。背が高いし手もおっきぃね。たぶんアレも……。彼、バリバリの肉食系っぽいから、正々堂々真っ向から色仕掛けで行くのが効果的ね」


 ランさんがブツブツと的外れなことをしゃべっている。


「そこぉ! 花火もやらずにナニ内緒話してるんだ。ほら、コイツに火をつけろ!」


 夕夜の叫び声で我に返る。

 見るとヤツはテニスボールくらい打ち上げられそうな太い花火をコンクリートの上に立て、倒れないように土台の板を小石で固定していた。

 あれは、プレミアム花火セット最大の打ち上げ花火『東風ドンフェン-41』だ。


「夕夜。それ一本しかないヤツじゃないか! るちあたちが来る前にやったらマズイよ」


 俺がそう言うと、夕夜はこっちを睨みつけて声を出さずに抗議する。ヤツの口が『余計なコト言うな』と動いた。

 ヤツが買ってきた花火だからなにを打ち上げようが勝手だけど、るちあが知ったら間違いなく怒るだろう。それとも彼女がくる前にやってしまって証拠隠滅を図るということか。

 ふと気づくと、いつの間にかヤツの手には飲み物の缶が握られていた。薄暗くてもわかる、あれは缶ビールだ。ランさんたちがコンビニで買ってきたものだろう。


「それスッゴーイ! やってやってー!」


 ミキさんとスーさんが黄色い声援で夕夜の背中を押す。


「くたばれ。資本主義者ども!」


 夕夜が満面の笑みでセット最大の打ち上げ上げ花火に点火すると、大急ぎでその場を離れる。一瞬遅れて筒の先端から大量の火花が吹き出した。

 あれ? これって打ち上げ花火じゃなかったの?

 そう思って見ていると、火花の噴射が数秒続いた後、先端からいきなり光の玉が飛び出した。火花の洪水に慣れた目には打ち上がった花火玉を追うのは難しい。

 上空に視線を移すと大きな破裂音と同時に花火が炸裂した。辺りが一瞬仄明るくなる。花火大会でよくみる打ち上げ花火には程遠いけれど、綺麗な大輪の花が開いていた。

 やっぱり海にきて良かった。


「綺麗ですね!」


 ランさんに話しかけて視線を向けるが、隣に立っていたハズの彼女がいない。辺りを見渡すと……いた。宏海の隣で彼の耳に何か囁いている。さっきまで俺の隣で仲良く内緒話してたのに……。

 でも、こうして見てみると、背が高いイケメン高校生の宏海と魅力的なスタイルのランさんは意外とお似合いかもしれない。もしも二人が仲良くなる手助けができたら、俺のために樹里亞を諦めてくれたアイツへの恩返しになるかもしれない……と、ふと考えた。それに、樹里亞が宏海に惹かれるんじゃないかと心配することもなくなるだろう。

 ランさんからなにか内緒話を聞かされた宏海は一瞬こっちを見た。でも、俺と目が合うと視線を逸らしてしまう。

 いったいなにを吹き込んでいるのやら、ランさんは俺を指差しながら楽しそうに話している。

 どうせ、俺を女だと思い込んで的外れな話をしてるんだろう。


 はっ! まさか『露天風呂に一緒に入った』ことをしゃべったりしてしないだろうな?

 いや、逆にランさんに俺のことを男だと言ってしまうかもしれない。そうなったら俺は、女湯で女性客が入って来るのを待ち構えていた変質者にされてしまう! 今度こそ警察沙汰だ。

 いやいや、下手をしたら、男なのか女なのか今ここでハッキリさせろ! なんて事態になるかもしれない。そうなれば友達どころか今日初めて会った人の前でも俺は股を開くことになってしまう!


「M字開脚はイヤだー!」


「えむじ?」


 突然、後ろから声をかけられビックリして振り返る。

 そこには、髪をアップにまとめ、白地にピンクの花柄とブルー地に金魚が描かれた柄のそれぞれの浴衣を着こなした、つい見惚れてしまいそうな二人の美少女が立っていた。


 ◇◇◇


 そして俺は、どういうわけかふたたびベッドに寝かされている。

 洋室のツインのベッドを一つにくっつけて作ったキングサイズベッドだ。そして俺の左には樹里亞が。反対側にはるちあが寝そべってスマホをいじっている。


「さーってと、そろそろ電気消すわよー」


 るちあがごく普通に宣言すると、枕元のスイッチを押す。同時に灯りが消えて寝室は真っ暗になる。

 どうしてこうなった?


 あの後、るちあと夕夜の夫婦喧嘩が勃発して花火大会はそのままなし崩しに解散。事情を察したランさんたちはどこかに行ってしまった。怒りの収まらないるちあを樹里亞に任せ、俺たちはゴミやバケツを片付けて旅館に戻った。

 そして、宿に帰ってきたるちあは俺の腕に抱きついて高らかに宣言した。


「今夜は東條とうじょうくんと寝る!」


 出たよ。るちあの爆弾発言が……。

 彼女に振り回されっぱなしの俺はもう慣れてしまった。どうせ、女子大生のお姉さんたちにデレデレしていた夕夜カレシへの当てつけなのだろう。ヤツに嫉妬させる目的もあるのかもしれない。るちあがこんな風に言い出したら、もう説得不可能なのはみんなが知っていることだ。

 しかし、洋室はベッドが二つ。俺がこっちで寝たら樹里亞が宏海たちと寝ることになるのか? そんなの絶対にダメだ。


「俺は樹里亞と一緒だったら構わないけど……」


「えーっ! それじゃぁラブラブなアンタたちの隣で寝ることになっちゃう」


 るちあは眉尻を下げて微妙な顔をする。


「じゃぁ、るちあは宏海と一緒に寝たら?」


 夕夜カレシと寝たくないなら、なにも選択肢は俺だけじゃない。


「そんなことしたら浮気になっちゃうじゃない!」


 るちあが憮然として反論する。

 なんだとぅ?

 相手が俺だったら浮気にならないってのか? 薄々気づいてはいたけれど、やっぱり俺を男だと認識してないんじゃないか!


「別になんでもいいんじゃないの?」


 樹里亞のやる気のない一言で、結局女子チームと俺——しつこいようだが俺は女子チームではない——の三人で寝ることになった。二つのベッドをくっつけて三人で川の字になって寝るのだ。ベッドになった理由はカンタンで、洋室はドアに鍵が掛けられるからだ。部屋に案内されたときから洋室が女子部屋に割り当てられていた。

 ドアをガッチリと施錠され消灯した洋室でるちあがささやく。


「ところでさぁ、東條くん。えむじってなに?」


 広いベッドで二人の美少女に挟まれた俺の眠れない一夜がスタートした。

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