第三十話 男子高校生はガールズトークする
前話のあらすじ
花火のために外出。るちあと樹里亞を待ってる間に女子大生のお姉さんたちと会って花火を始めてしまった夕夜。るちあと付き合ってるくせに歳上のお姉さんたちにデレデレしっぱなしのところをるちあに見られて大げんか。そしてなぜか俺が女子チーム二人と一緒のベッドで寝ることに!
◇◇◇
『俺は男だ!』
その昔、そんなタイトルのテレビドラマがあったらしい。
男女共学制に変わったばかりの元女子校に入学して、圧倒的多数の女子に囲まれて苦労する男子高校生たちの物語だ。女性の社会進出が叫ばれ始め『ウーマンリブ』という言葉が一人歩きしていた時代のドラマだ。
どんなに男らしい男でも、全力で男をアピールしなければならなかった頃があったなんて、俺にはとても想像できない。今がそんな時代じゃなくてホントに良かったと思う。
でも、施錠で守られた部屋で女の子たちに挟まれて眠る俺は、ここでもう一度ハッキリと宣言しておかなければならない。
俺は男だ!
◇◇◇
この位置からは見えないけれど時計の針はたぶんまだ十時前だろう。夏休みに海に遊びにきている高校生が、こんな時間に眠くなるハズもなく……事実、明かりが消されてからずいぶん経つけど、るちあの口が閉ざされる暇はなかった。
「……それでね、浴衣を着付けてもらってやっと外へ出たのよ。港の方ってメッセージがきたから歩いてたら、空にちっちゃい打ち上げ花火が上がったの。あー、あたしたち以外にも花火やってる人たちがいるんだなって思って、急いで
夕夜の愚痴だと思ってたのに、聞いてるうちにどんどんベクトルが変わってきた。
それにしても、今日数分会っただけの相手によくもそこまで敵意を向けられるものだと感心する。
「聞いてるよ。あの人たちは俺に声をかけてきたんだよ」
「ナニソレ?!」
るちあが薄明かりの中でベッドから飛び起きる。
でもちゃんと言っておかないと後で揉めたら困ることになる。隣で横になっている樹里亞だってなにも言わないけど知りたがっているだろう。
「俺。夕方に露天風呂でのぼせちゃって……つらくて動けないところで偶然通りかかったあの人たちに宿の人を呼んでもらったんだ。それで、さっき桟橋で俺を見つけて声をかけたんだよ。助けてもらったときに自己紹介したからね……」
「え? そうなの?」
るちあがビックリしたような声を出す。
そしてしばらく黙り込む。さすがの彼女も、さっきの先入観と偏見に満ち溢れた暴言を反省しているのだろう。
俺を心配して声をかけてくれた女性たちに
「……ってことは、あの人たちは東條くんが目当てで近づいてきたってことよね?」
はいぃ?
いったいどういう思考回路を経てそういう結論に達したんだ?
「最初は東條くんが目的だったのに、一緒にいた夕夜や松崎くんを発見してターゲットを変更したんだわ。可愛くて華奢な東條くんよりも知的な夕夜とか背が高くて細マッチョの松崎くんに興味が移ったのね」
ちょっと待て。いま聞き捨てならないことを聞いたぞ。宏海が長身の細マッチョで男前だというのには異論はない。しかし、あのバカな夕夜が俺よりも優れているなんて、るちあの目は節穴か?
まぁ、きっと恋愛補正がかかって見えてるんだろうなと思う。恋する乙女の曇りまくった目に免じて今回は我慢してやろう。うんうん。男は優しくなければ生きる資格がないのだ。
「そうかぁ。じゃぁ夕夜が一方的に付き纏われてただけなんだぁ。怒って損しちゃった。東條くんが男の子らしくないからあんなことになってたのね。そっかぁー。良かったぁ」
待て待てまてマテ!
自分の彼氏からチョッカイをかけたのでなければそれで良いのか?
イヤ、ホントは夕夜の方から女子大生のお姉さんに近づいたんだけど……。
イヤイヤイヤ、その前に俺が男らしくないだと! そのせいで面倒になっただって?
「あら、それは違うわよ。るちあ」
左隣の樹里亞が突然反論した。今まで黙っていたからもしかしたら眠っているのかも……と思っていたけど、そうじゃなかった。
そう、俺は男らしくなくなんかない! ちょっと早口言葉みたいで言いにくいけど……。
樹里亞は彼女特有の優しくインテリジェンスな発声で俺の話を続ける。
「
久しぶりに彼女がくれた評価は、男らしさを追い求める俺にとって到底納得できるものではなかったけれど、その言葉から樹里亞のとめどなく溢れる愛情を感じて、好むと好まざるとに関わらず強制的に最高の気分を味合わされてしまう。
女装すれば必ず『可愛い』と言われるけれど、普段の時にそう言われるのは好きじゃない。だけど樹里亞だけは……俺の大切な幼なじみに言われた場合だけは素直にそれを受け入れられる。最近になってそう思えるようになってきた。
「あんたたちって、どんな付き合い方してるのよ?」
るちあが呆れた口調で尋ねる。
でも、どんなって言われてもなぁ。
「今日だって東條くんに迷惑かけちゃって悪いとは思ってるわ。あんたたちがちゃんと付き合ってるならあたしだって遠慮するわよ。でも、そういう雰囲気がぜんぜんないんだもん。毎日一緒に学校にきて同じ授業受けて一緒にお昼ご飯食べて一緒に帰ってるのに……なんて言うか、すごく仲がいい姉弟っていうか、姉妹って言うか……あははっ。とにかく恋人同士には見えないのよ」
るちあがそう指摘する。言い訳じみてるというか責任転嫁のように見えなくもないけれど、彼女の言う通り俺たちの関係はとっても曖昧だ。
俺は自分の体が抱えている問題を樹里亞にまだ話していない。将来どうなりたいのか、樹里亞はどう思っているのか、そしてどうすればベストなのか未だ決めかねているからだ。そのせいで俺たちは恋人同士になれていない。
「そうね」
樹里亞が肯定する。
「でも、見せびらかしていないだけよ。あたしたちはちゃんと恋人同士だし、恋人らしいこともしてるわよ。キスもしたしそれ以上のこともね」
樹里亞がそう言うと、何かが壁にぶつかる音がした。
同時にるちあがコッチを振り返る気配がする。樹里亞の話に驚いたのだろう。なにを隠そうこの俺だって驚いた。
お互いに好きだと確認してはいたけど『恋人同士じゃない』と、以前二人きりのときに彼女に宣言されていたからだ。それなのに、るちあの前では逆のことを言ってる。
るちあの指摘で考えを変えたのか、それとも彼女の前でだけそういう言い方をする積りなのか。どちらにしろ、るちあに話したということは、世間に対してそう宣言したも同じだよな。
「お、俺たちは恋人同士だ。うん」
恋人同士……。その言葉を噛んで含めるように口にする。
声に出してみるとまるで奇跡のように俺の心を支配した。
「なんでもう一回言ったの? 東條くん」
え? えぇと、その……。
「彼氏だとか彼女だとか恋人だとか、そんなの単なる言い方の問題に過ぎないのに。そんなトコにこだわるなんて、男の子って本当にロマンチストね」
「ナニソレ? どういう意味なの?」
樹里亞の言葉は、以前俺たちが神社のブランコでキスした時の話だろう。るちあにはわかるわけがない。
「そんなことよりあなたたちはどうなのよ? 今日だっていきなり喧嘩始めるし……最近上手く行ってないんじゃないの?」
今度は樹里亞がるちあに反撃する。
そうだ! 今日だって突然一緒に寝るなんて言い出すし。
まぁ、あのバカな夕夜が彼氏じゃぁ噛み合わないこともあるだろうけど……。
でも、るちあは暗闇の中で黙り込んだまま何も言わない。
しばらく無音の時間を消費した後で、彼女はゆっくり話し始めた。
「ねぇ、あんたたちはもうやった?」
ふたたびどこかでなにかが壁にぶつかる音がする。
『やった?』っていったいなにをだよ!
「まだよ」
まだなのかよ!
……ていうか、こういうやりとりで通じる事柄なんて、そう多くない。しかも俺たちがまだやってないことと言えば、間違いなく『エッチ』のことだろう。
「ウチも実はまだなんだけど……夕夜のこと好きだから、やってもいいかなって思ってるのよ」
どこかでなにかが壁に当たる音がする。これで三度目だ。
「でも、そのためには夕夜に裸を見せることになるでしょ? 胸なら自信あるのよ。大きさも形も乳首の色だってたぶん完璧。彼に見せたこともあるし。でもね……下半身はそこまで自信がないって言うか、自分でも判断できないの……その、あたしのアソコが彼の許容範囲内なのかどうかってことが。もちろん見た目もとっても大事なんだけど、その、ほら、顔を近づけたりすることもあるでしょ? そうしたら『匂い』とか……それに、万が一舐められちゃうこともあるなら『味』……とかまで気にしておかないとならないのよ。そう考えると、他の女のアソコを基準にあたしのを見て欲しくないの。比較されても『キレイ』だとか思ってくれたらいいけど、もしも逆の結果になったら……『グロい』とか『臭い』とか思われてしまったら、あたしもう生きていけないわ。もちろん、不幸にもそんな事態になってしまったら、迷いなく夕夜を殺してあたしも死ぬわ。でも、比較する対象さえなかったらそんなことにはならないでしょう? だから、あたしは夕夜に他の女に近づいて欲しくないの。できれば他の女の下半身が目に入らない環境に一生隔離しておきたいくらいなのよ」
るちあはそこまで一気にしゃべると俺たちの反応を伺うように黙り込んだ。
予想さえしていなかった彼女のぶっちゃけトークに俺はなんと返事して良いのかまったくわからない。だいたいこういう悩みをクラスメイトの男のいるところで相談するものなのだろうか?
「うーん。あなたの危惧はよくわかるのだけど、最初の時って相手が経験者の方がスムーズにいくらしいわよ」
突っ込むところはそこかよ!
いや、実際に突っ込むところの話なんだけどね!
……っていうか、舐めるの?
「だって、この歳まで生きてきて、自分の身体の恥ずかしいところを初めて他人の目でジャッジされるのよ! それも、最愛の彼氏に! 絶対に失敗が許されない試練になんの準備もなく挑まなくちゃならないのよ。不安要素は排除しておくべきでしょう?」
俺はようやく理解した。るちあも俺と同じく『M字開脚』の恐ろしさに震えるか弱き乙女なのだということを。
俺の場合は乙女じゃないけれど……てか、処女か非処女かっていうカテゴライズなら間違いなく処女だけど。
「だけどほら、女の方だって男の人のを舐めたり咥えたりするじゃない? お互い様じゃないの?」
「そっかー! そう考えてみればそうよね? お互い様よね? それなのに、一方的に文句を言うなら咥えてやらなきゃいいんだわ。うん、納得しちゃった」
スッキリしたような声でそう言うるちあ。
でもちょっと待って欲しい。それでは基本的な問題の解決になってないんじゃないのか?
るちあはそれで構わないのか?
るちあの呆気ない結論の出し方に納得しづらいものを感じつつも、俺の意識は実はもっと別の言葉に引っ掛かっていた。
樹里亞の言った『男の人のを舐めたり咥えたり』の部分だ。
頭に思い浮かぶのは、去年のスキー合宿の風呂で目の前に突き出されたクラスメイトのアレだ。太さも長さもスーパーで売ってるフランクフルトソーセージの一番デカイヤツくらいあった。
舐めることは容易だとしても、アレを噛まずに口に咥えるなんて物理的に可能なのか?
アゴが外れたりしないのか? 呼吸はちゃんとできるのか? そもそも、なんであんなモノを咥えなくちゃならないのだろうか? 恵方巻きじゃあるまいし……。
「咥えたことある?」
「ないけど……やればできるんじゃない?」
るちあの赤裸々な質問に樹里亞が平然と答える。
「アゴ疲れないかな?」
「ちくわぶくらいの太さあるからねぇ?」
「なら楽勝だよ。ペットボトルの飲み口とか、口に入るもん」
「ペットボトルって、飲むときに唇開くこと言ってるんでしょ? そうじゃなくて、歯が当たらないくらいまで口を開けるのよ。普段の生活でそんなことしないでしょ」
「あえ? いあいと
「無理すると顎関節症とかになって一生治らないみたいよ。女性がなりやすいらしいけど、無理に口開けて咥えたりするのが原因なのかもね」
「ほえほんこー? こあーい!」
「なに言ってるかわかんないわよ」
「ほんこあー! いあいー
「みっともないからやめなさいよ」
「あーい」
「……てか、なんで東條くんが普通に会話に混じってるの?」
るちあに指摘されて気がつくと、俺もいっしょに大きく口を開けてしゃべってた。
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