第二十一話 男子高校生は自分がプレゼントになる?
前話のあらすじ
バレンタインパーティーはまだまだ続く。樹理亞の裸を見せろと迫る夕夜は、るちあの必殺ガラス割り攻撃で沈黙。彼女は夕夜に俺の乳首を見ろと言い出して、それに宏海がイミフメイの激怒。なんとかプレゼント交換にこぎつけて、るちあの仕切りで抽選がスタートした。
◇◇◇
「プレゼントはまだ開けないでね! 箱に書いた番号順に開けるわよ。中身が気に入らなくても、もうチェンジは受け付けません。いいわね?」
三度目か四度目の抽選でようやく交換が完了した。
なるほど、プレゼントを一人づつ開ければ、ワクワク感も倍増する!
最初は乗り気じゃなかったくせに、この頃になると俺は自分でもビックリするくらいプレゼント交換を楽しんでいた。
「最初は一番の
楽しそうに手元の紙包みを見つめる樹理亞。
キレイに巻かれたリボンを外しクラフト紙の包装を開くと、中からダークグレーの毛糸の編み物が顔を覗かせる。手にとって広げると、それは長めに編まれたマフラーだった。るちあのプレゼントだ。
「あたしのお手製マフラーでーす。帽子とかセーターとか編むけど、マフラーだけでももう十本くらい編んでるから、出来は保証するわよ」
「ホント、暖かそうだわ」
るちあのマフラーは、近くで見ても編み目がキチっと揃っていてすごい完成度だった。
あんなのを編めてしまうなんて、彼女はなんて女らしいんだ。でも、手編みのマフラーって『好きな女の子からプレゼントされたいアイテムNo.1』じゃないか?
「
「いいわよ。夕夜にはもう何度もあげてるんだから……」
心配そうな樹理亞に、るちあは笑顔で答える。
「じゃぁ遠慮なく使わせてもらうわ」
あんなマフラーだったら俺だって欲しい。もしそれが樹理亞の手編みだったりしたら……。
俺はチラッと樹理亞を見る。彼女は心から嬉しそうな顔をしていた。
……俺に編んでくれそうな気配はないな。
そう感じてちょっとだけ落ち込む。
二番手は夕夜だ。
包装紙を剥がすと薄い真っ白な箱が現れる。それを開けると中から派手な柄のネクタイが出てきた。樹理亞からのプレゼントだ。
「ユニセックスデザインのネクタイよ。オシャレな柘植くんに当たって良かったわ」
樹理亞がプレゼントの解説をする。
それって暗に、俺と宏海はオシャレじゃないと言ってるのか? まぁ、夕夜ほど着る物や持ち物にこだわってるわけじゃないけど……。
「ネクタイってオッサンが首に巻いてるようなのばかりだと思ってた」
プレゼントを覗き込んで感想を口にする宏海。
たしかにお前には似合わないな。
「あたしたちが用意したものって、どっちも男の首に紐をつけるようなプレゼントねぇ」
るちあが言うと、樹理亞と二人して大爆笑する。
いったいなにがおかしいんだか、俺にはぜんぜんわからないぞ。
「次はあたしね。なにかなぁー?」
鼻歌を歌いながら、るちあが大きな紙袋を手元に引き寄せた。プラスチックフィルムとそれに包まれた花びらがすでに見えていたけど、そんなものには気がつかないフリをして彼女は楽しそうに紙袋を開く。
「うわぁー! すっごい! 素敵! キレイ!」
中身を取り出すと、バラの花だけで作られた花束だった。真っ白な花びらに美しいピンクの縁取りがされたバラだ。こんな可愛いバラは今まで見たことがない。これは宏海からのプレゼントだ。
「最近出てきたの品種で『ラ・ドルチェ・ヴィータ』って言うんだ。キレイだろ?」
「
るちあの質問に、なぜか一瞬たじろぐ宏海。
「えーと……なにも用意する時間がなくてな。家から持ってきた。ウチ、花屋なんだよ。プレゼントするって言ったら親父が持たせてくれた……」
宏海は言う。
でも、俺は知ってる。今まで宏海が女の子に花束をプレゼントしたことなんかない。今日、花束を持ってきたのはきっと……。
そう考えると、ちょっとだけ胸が痛む。
「うわぁー! いいお父さんね。でも、彼女でもフリーでもないあたしがもらっていいの?」
るちあが喜びながらも宏海に確認する。
どうして女の子ってみんな『もらっていいの?』って聞くんだろう? 不思議だ。
彼女はおもむろに立ち上がると、棚のガラス扉を開けて花瓶を取り出した。円筒形の透明ガラスでできた花瓶で、飾り気がまるでないシンプルなデザインがすごく格好良い。
それにしても、彼氏の家の棚を勝手に開ける彼女も不思議なら、開ければなんでも出てくるような棚も不思議だ。まるでその棚をるちあが自分用に使っているみたいだ。
まさか、本当にそうなのだろうか?
「松崎くん、素敵なお花をありがとう。お父さんにもお礼を言っておいてね。さて次は、
バラの花束を花瓶に活けてから、るちあが俺を促す。
目の前にあるのは包装紙に綺麗に包まれた箱だ。まだ残ってるプレゼントは俺と夕夜のものだけだから、これは夕夜からのプレゼントということになる。
ヤツはアホでバカで時々メチャクチャ頭にくることもあるけど、センスは決して悪くない。いや、俺や宏海に比べたら比較にならないほど趣味がいい。
アクセサリーほど小さくないし、薄べったくもないサイズの箱。なにがはいってるんだろう?
ここは一つ、普段の遺恨はキレイさっぱり忘れて純粋にこのワクワク感を楽しもう!
ああ、去年の秋からいろいろ嫌なこともあったけれど、今は楽しくてしかたない。
……なーんて思ってた時期が俺にもありました。
蓋を開けた俺の目に入ってきたのは、ファーがついた真っ白で可愛いブーティー。5センチくらいのミドルヒールだ。
これをどうしろと?
俺はたしかに女装が得意だし、イベント用に女物の服も何着か持ってる。もちろん靴も。
だけどそれらは特殊な用途にだけ使われる『小道具』のようなもので、服だという認識はない。俺には普段から女装して生活したり街を歩いたりする趣味はないのだ。
「ワーイ! モラッテイイノー?」
棒読みでそう言いながら、ブーティーをみんなにお披露目する。
周囲から深いため息がいくつか漏れた。
「ちょっと夕夜! なんでブーツなんてプレゼントに選ぶのよ!」
「仕方ないだろう! お前に渡すつもりで買ってあったんだから。大体、急にみんなでプレゼント交換会だなんて勝手に決めるから」
「なぁに? もしかして、あたしが悪いって言ってるの?」
どうがんばっても夕夜はるちあに勝てないだろう。彼我の戦力差は歴然だ。
「どうしよう、東條くん。あたしのと交換する?」
そう言ってくれるけど、それじゃあるちあは自分の彼氏からのプレゼントをもらうことになるから、彼女にとって交換会が無意味なものになってしまう。それに、新しい品種だというバラの花はとてもキレイだけど、俺がもらって帰ってもすぐに枯らしてしまいそうだ。
「ブーツのサイズはいくつなの?」
考えあぐねていると、樹理亞が俺の手元を覗き込みながら聞いた。
「23.5センチ」
るちあと夕夜が同時に答えた。
それを聞いて樹理亞が目を閉じて首を横に振る。
「履けないサイズ?」
そう聞いた俺の足が、なにか得体の知れないものに攻撃された。
テーブルの下になにかいる!
揃えて手に持ったブーティーを眺めているうちに、俺は今さらながら大切なことに気がついた。プレゼント交換会で得られるものは単なる品物の価値じゃない。なにが出てくるのかという期待感と、仲のいい友達と騒げる楽しさだ。それはどんなものにも代え難い。
それに……。
試しにスリッパを脱いでブーティーに足を入れてみた。
メイド服を着たままなので、スカートの下はストッキングだ。夕夜の選んだブーティーはまるであつらえたように俺の足にピッタリだった。
なんていうか、こう……シンデレラな気分。
「履けるの?」
驚きが笑顔に変わるるちあ。眉間にシワが寄ってる樹理亞。ホッとしたような顔の夕夜。宏海は……なぜか下を向いていた。まぁ、コイツは女物のブーツなんかに興味はないだろうな。
「夕夜。これは俺がもらうよ。ありがとう」
そう口に出して言うと、まるでバレンタインの魔法にかかったみたいに陽気な気分になった。
うん。やっぱり今日はきてよかった。
「さぁーて。次はラストの松崎くんよ。残ったのは東條くんからのプレゼントね」
その声を聞いて、俺の思考が一瞬停止する。
そうだ、大事なことを忘れていた。俺のプレゼントも樹理亞に渡すつもりで選んだ女物だったんだ。
宏海が嬉しそうな顔で小さな紙袋を開ける。しかし、中身を取り出してヤツの表情が固まった。中から出てきたもの……それは、白いビキニの水着だった。
周囲からさらに深いため息が漏れる。
俺が、思慮が浅くて空気も読めず他人の気持ちがわからないアホでバカでマヌケで、夕夜にも劣るダメなヤツだと言うことが証明されてしまった。
でも、夕夜のプレゼントを気持ちよく受け取った俺を誰も責めようとはしない。この気遣いが逆に居たたまれなかった。
「えーと……そうだ! これは妹にやるよ」
「松崎くん、妹さんいるんだー? 仲良いのぉ? いくつ?」
宏海の言葉にるちあが即座に反応する。
「今、中一だ。最近はあんまり喋らないけど、プレゼントだって言えば喜ぶだろ?」
「バカね。ぶっきら棒な兄貴が突然持ってきたビキニの水着なんて、思春期真っ只中の妹から見れば最高にキモイ代物でしょう。間違いなくドン引きよ。微妙だった兄妹関係が一瞬で崩壊するわよ。それでもいいの? まぁ、松崎くんさえよかったら、あたしがもらったマフラーと交換する? るちあはお花だから交換できないし……」
樹理亞が一刀両断する。
彼女の提案通り、交換すれば丸く収まるな。
「うーん。あたしは水着を渡された妹の反応を見てみたいけど……」
るちあが恐ろしいことを口にする。
面白ければなんでもいいのかよ!
「でも、今もっと面白いことを思いついちゃったぁ! あたしがそれを着て見せてあげるってのは……どう?」
「はぁ? 何言ってんだ、るちあ!」
「もちろん、松崎くん宛てのプレゼントなんだから誰もいない二人きりの場所でね……どう?」
夕夜が立ち上がって大声で抗議するが、彼女はまったく取り合わない。るちあはたしかに可愛いし超巨乳の持ち主だけど、宏海が喜ぶかどうかは話が別だ。なんで彼女はそんな提案をしたんだ?
「着ちゃった水着は渡すわけにはいかないから没収だけどね」
るちあはそのビキニが欲しいのか?
俺には彼女の意図が掴めない。
「もしも、あたしで不満なら樹理亞がそれを着るって手もあるわね」
るちあの言葉に俺は得心がいく。なるほど! こういう展開にもって行く作戦だったのか。
宏海は樹理亞のことが好きだから、これなら単に水着をもらうよりも嬉しいハズだ。男だったら好きな女の子の水着姿は見たいと思うものだからね。しかも、俺が下心全開で選んだ真っ白無地で布面積が少な目のビキニだ。これで喜ばない男はいない。
さすがるちあ! 男心がわかってるなあ。
まぁ、樹理亞がオーケーを出せばの話だけど……。
しかし、宏海は黙ってビキニを見つめている。そうだった。コイツは不良でチャラそうな外見に似合わず、女の子に対してはすごく真面目なのだ。自分からビキニ姿が見たいだなんて言いにくいのかもしれない。
「あたしは別にいいわよ。雪緒がイヤでなければ……ね」
樹理亞は微笑んで了承した。もちろん、俺の意思もちゃんと確認してくれる。
「俺も構わないよ」
彼女にならって俺も微笑みながら承諾した。
本音を言うと大切な樹理亞の水着姿を他の男に見られるのは面白くない。でも、夕夜に裸を見せることに比べたら大したことはない。それに、宏海は俺のためにいろいろと遠慮してくれたんだ。このくらいは譲ってもバチは当たらない。
「さぁ! 東條くんのオーケーも出たところで、どうする? 松崎くん。その真っ白なビキニを誰に着てもらいたい? もちろん、二人きりでじっくり鑑賞できるオプション付きだよ! あたしか樹理亞か、それとも東條くんか! ねぇねぇ、誰に着て欲しい?」
るちあがそう言いながら、宏海に微笑みかける。
え? なに言ってるんだ?
「なんで? 俺が?」
「だってさっき『俺も構わないよ』って言ったじゃない? ほらほら見て! 松崎くんも真剣に悩んでるみたいよ」
せっかく俺が度量の大きいところを見せて樹理亞の水着姿を許したというのに、るちあが変なことを言うから……。
結局、パーティーがお開きになるまで、宏海は白いビキニを握りしめたまま難しい顔をして黙ったままだった。
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