第十九話 男子高校生はチョコレートをもらう

前回のあらすじ


 俺を拉致した犯人は、樹理亞にクビにされた中学時代の元生徒会長だった。例の秘密兵器で弱みをつかんだ樹理亞は犯人に命令を下す『生徒会長になりなさい』そして、その可愛い唇で俺がヤツに舐められた場所を消毒してくれるという。なんと答えるべきか悩むが、俺はもともと樹理亞に嘘がつけないのだった。


 ◇◇◇


「ちょっと待て!」


 夕夜ゆうやの父親の自慢のホームシアターが高級そうなスピーカーでダンスミュージックを奏でている。ロココ調の革張りのソファーに座った宏海ひろみと夕夜は、目をまんまるに見開いてこっちを凝視していた。

 ふと、横に立つ彼女を見る。

 今日は誰も酒など飲んではいなかった。夜になれば夕夜の両親が帰宅することがわかっていたからだ。だから、なんとなくデジャビュを感じながらも、まさかこんなことになるなんて俺は考えていなかった。

 ブラックベリーフィールズのメイド服を着たるちあが音楽に合わせてボタンを外し、ブラを外してその巨乳を観客に披露していた。まるでいつかのクリスマスイブの夜のように。

 ただ、あの時と違うのは、観客が宏海と夕夜の二人だけなこと。そして、るちあが胸にニプレスを貼っていなかったことだ。

 彼女が音楽に合わせて体をゆらゆらと揺らすと、その大きな乳房がワンテンポ遅れて揺れる。

 夕夜はソファーから立ち上がりはしたものの、彼女の胸を凝視したまま固まり、宏海は男子高校生にしては信じられないほどの自制心で自分で目を覆っている。るちあの反対側にいた樹理亞じゅりあは素早く反応して、手近にあったクッションを手に取ると彼女に抱かせた。

 そして俺は、すぐ隣でその一部始終を目撃していた。


 どうしてこうなった?


 ◇◇◇


 話は昨日、2月14日のバレンタインデーに遡る。

 バレンタインと言えば今さら説明の必要がないほどメジャーな、お菓子メーカーの謀略記念日である。しかし、それは内気な女の子たちにとってはイベントに乗せられた振りをして男心を垣間見ることができる非常に便利な機会でもあった。

 この日、男子生徒のほとんどは何食わぬ顔で登校し、さも『俺はチョコレートなんかに興味はない』という姿勢を維持しつつ、女の子のカバンの中身に夢を馳せたりする。

 俺だって例外じゃない。


「お前、門倉かどくら以外からもチョコレートもらうのか? 俺のとこは、るちあが許してくれないぞ!」


 朝の教室で夕夜が不満を口にする。


「うん、大体はクラスメイトの女子かな」


「それで門倉は怒らないのか?」


「怒らないよ。みんな樹理亞に一言ことわってから俺に渡しにくるからね」


「お前、それって……」


 夕夜は途中で黙ってしまった。それって……なんだよ?

 反論できないくせに、悲しそうな目で俺を見つめやがって! 殴ってやろうか。

 たくさんチョコレートをもらうことは男にとって重要なことなのだ。中学時代、宏海が登校してくると、同級生どころか先輩後輩の別なく女子に囲まれて、教室にくる頃には両手にドッサリと綺麗にラッピングされた箱や包みを抱えていたんだ。

 その話を夕夜にすると、彼は露骨にイヤな顔をした。

 成績も素行も悪かった宏海が俺より抜きん出ていたもの……それは『男らしさ』だ。バレンタインデーのチョコレートとは、男らしさのバロメーターに違いないのだ。


『あら。こんなにたくさんもらったの? 良かったわね』


 そう言って、樹理亞は毎年のように褒めてくれる。

 そして俺は、自分の男らしさに満足して一日を終えるのである。

 意外に思われるかもしれないが、こんな男らしい俺でも甘いものには目がない。中でもチョコレートが大好きで、俺にとってバレンタインデーは名目だけでなく実の部分でもメリットが大きいイベントなのだ。


 夕夜とバレンタイン談義に花を咲かせていたところへ、宏海と職員室に寄っていた樹理亞が入ってきた。

 毎年、この日には両手いっぱいにチョコレートを抱えてやってくる宏海が、今年に限って手ぶらだった。いや、カバンは持っているから手ぶらではないのだけど、その手には小さな包みの一つもない。


「おはよう、宏海。この日に手ぶらなんて珍しいね」


 俺がそう話しかけても、宏海の反応は薄い。

 拉致事件の時に大槻おおつき先輩に負けたことを未だに気にしているのだろうか。

 そんな宏海が、椅子に腰掛けてからゆっくりと口を開いた。


「今年は全部断った」


 そう言うと机に突っ伏してしまった。


「えー? どうして? なにかあったの?」


 俺が問いかけても、ヤツの背中はなにも答えてはくれない。

 でも、俺にはその理由になんとなく見当がついていた。宏海には去年のバレンタインまで好きな相手がいなかった。ところが、この一年の間に状況は変わってしまった。宏海はきっと樹里亞からのチョコレートが欲しいのだろう。もちろん、樹理亞には俺がいるわけだけど、人が人を好きになる感情は理性で割り切れるものじゃない。

 自分が特定の相手を好きになってしまったがために、他の女の子からのチョコレートを無遠慮に受け取ることができないと考えたのだろう。


 宏海。お前はなんて男らしいヤツなんだ。

 やっぱりコイツはカッコイイ!

 俺の中で宏海の評価がまた一つ上がった。


 だとしたら、俺も樹理亞以外の女の子からのチョコレートは断るべきなんだろうか? るちあと夕夜のカップルを見ててもその方が自然な気もする。


「難しい顔をしてどうしたの? 雪緒ゆきお


 考え込む俺を見て樹理亞が話しかける。


「夕夜が他の女の子からチョコもらうと、るちあが怒るんだって。俺もそういうの断るべきかなって思って……」


「雪緒はどうしたいの?」


 俺はどうしたいのか……だって?

 俺はやっぱり……。


「チョコレートは大好きだから……」


「わかった。雪緒の好きにしていいわ。でも、食べ過ぎたら体に悪いから、あたしの知らないところでもらっちゃダメよ」


「うん、そうするよ」


 樹理亞は微笑んで俺のワガママを聞いてくれる。やっぱり彼女は最高の女だ。

 しかし……。

 なんだか哀れむような目で俺を見つめる夕夜。相変わらず何が言いたいのかわかりにくいヤツだ。そしてその後ろにいつの間にか、るちあが立って大きな瞳をキラキラさせて俺と樹理亞のやりとりを眺めていた。

 自分のクラスはどうしたんだ?


「どしたの、るちあ? もうすぐホームルームだよ」


「えへへー。これを渡しに……」


 そう言って彼女は、透明フィルムで綺麗にラッピングされた包みを俺に手渡した。フィルムの上から可愛いリボンがかかっていて、いかにも女の子が好みそうな見た目をしてる。

 透けて見える中身はチョコレート色のマカロンだった。色はチョコレートだけど中身はマカロン特有の砂糖菓子の甘さなのか、それともチョコレートのほろ苦い甘さなのか、見ているだけでワクワクしてくる。


「ありがとう。すっごく美味しそうだよ」


「ホントは手作りにしたかったんだけど『樹理亞チェック』に引っかかるのよ」


「手作りは一律お断りしてるの。例外を認めると他の子に文句言われちゃうのよ。ゴメンね」


「樹理亞はホント、徹底してるわ」


「彼氏に受け取り拒否させてる人に言われたくないわね」


 そう言って、るちあと樹理亞は笑い合う。俺には彼女たちの会話の意味がよくわからなかった。

 るちあが、机に突っ伏したままの宏海の耳元に、俺にくれたのと同じ包みを置いた。


「夕夜には?」


「うーん。夕夜って甘いモノ好きじゃないのよ。だからバレンタインはいつもプレゼント交換なの」


「プレゼント交換って、夕夜からもプレゼントがあるの?」


「そうよ。交換だもの……」


 当たり前のように言う彼女の言葉を聞いてふと気になった。


「ホワイトデーはどうするの?」


「もちろん、バレンタインのお返しをするのよ」


「じゃあ、来月もプレゼント交換なんだね」


「違うよぉ。ホワイトデーは男の子が女の子にお返しをする日でしょ」


 は?

 るちあの言ってることはやっぱり俺には理解できない。


「それって……」


 そこまで言いかけて、夕夜が小刻みに首を左右に振っているのが視界の端に映った。どうやら追求するなということらしい。

 なるほど、さっき夕夜が言いかけた『それって……』も、同じような理由で飲み込まれてしまったのかもしれない。

 夕夜もなかなか苦労しているようだ。


「それでねえ、良かったら今夜みんなでバレンタインパーティーしない?」


 ◇◇◇


 長くなってしまったけど、以上がバレンタインパーティーに誘われた顛末だ。

 要は夕夜とるちあの『愛のプレゼント交換会』に俺たちが強制的に参加させられるというわけだ。結局のところ、2月14日当日は我がバイト先ブラックベリーフィールズでバレンタインデーイベントがあるのと、男性陣のプレゼントの用意ができていないということもあって、実際のパーティーは翌日の放課後開催となった。


 前回の教訓を活かして、るちあには正直にバイトがあることを告げたんだけど、それでウチのメイド服を思い出したのか、ぜひ着てみたいと言い出した。


 あれ?


 去年のクリスマスにブラックベリーフィールズで晒した醜態を忘れてしまったのか? そう言えば未成年なのにかなり酔っ払っていた……これについての責任のすべては俺にあるのだけど……だから、覚えていないのか?

 一度着てるハズの衣装を『着てみたい』と言い出す彼女に、夕夜も宏海もなにも言わない。……と、いうことは、お前らみんな酔って忘れちゃったのかよ!

 覚えてないのをコレ幸いと『制服の持ち出しは禁止されてる』と言ってみたんだけど、どういうわけかジーンさんが許可したことだけは覚えていて、ぜったい着るんだ……の一点張りだ。

 自分の罪が忘却によって不問にされることは非常に喜ばしいことだけど、メイド服を着てる間になにかのキッカケで急に思い出したりしないよね?


「わぁーい! コレ、着たかったのぉー! かぁわいぃーよねぇ!」


 メイド服を手にしたるちあが目を輝かせて嬌声を上げる。

 うーん、やっぱり覚えてないみたいだな。


「ちょっと、夕夜の部屋借りるよぉ」


 そう言って、樹理亞と一緒にリビングを出て行こうとする。

 安心したら、るちあのメイド服姿が楽しみになってきた。去年のクリスマスイベントの時は責任を取ることで頭がいっぱいでそんな余裕はなかったが、あの魅力的な胸で着こなしたメイド服を早く見てみたい。

 しかし、どういうわけか彼女たちはいつまでもリビングのドアの所から動こうとしない。

 るちあと目が合うと彼女は小さく囁いた。


「メイド服は三着あるの」


 嘘だろー?

 俺にも着ろって言うのかよ!

 でも、クリスマスイベントの時の負い目があるから、無下に断ることができない。

 あの日のストリップショーの再現のように、るちあ、俺、樹理亞の順にリビングの中央に並ぶと、音楽に合わせて体をくねらせた。そして、るちあはまるで暗示にでもかかったかのように、ブラウスのボタンを外してブラまで……。

 ひょっとして、ジーンさんが催眠かなにかをるちあにかけたのだろうか? メイド服とステージで流す音楽に反応してストリップするように指示された暗示。その催眠が解除されずに今日この場で……なぁーんて、考え過ぎだよな。

 でも、どういうわけか彼女はストリップを遂行して、俺たち男性陣の目を癒してくれた。後でるちあに聞いたら『なんでかなぁ? わかんない』とのことだった。

 なんだそれ?


 るちあの胸がフルオープン状態だったのはほんの一秒程度。夕夜の目に触れていた時間はそのくらいのハズだ。宏海に至ってはもっと短いだろう。

 しかし俺は違った。

 樹理亞が押し付けたクッションによって、るちあの胸はガードされたが、それはソファーに座った彼らからの視線に対しての話だった。

 巨乳と言う言葉すら控えめに聞こえる彼女の大きな胸は、クッションに押しつぶされて形を変えながらも果敢に抵抗し、その尖った先端部分がクッションとの接触面からはみ出して、俺の目の前、数十センチの距離でプルプルと揺れ続けていた。

 以前、夕夜が言いかけていた通り乳輪は少し大きめ。だけど乳首は肌色に近いごく薄い色素のポチッとした尖りだ。

 すぐ目の前で繰り広げられているそんな光景に俺の目が釘付けになってしまったのは、俺の心が男だからだろうか? 宏海のように自分の目を覆って見ていないことをアピールするのは紳士的だと思う。でもそれは男らしい行為だろうか?

 男だったら目の前で披露された綺麗な裸に目を奪われるのが普通なんじゃなかろうか。


「手前ぇ! いつまで見てるんだ?」


 るちあの乳首を凝視しながらそんなことを考えていた俺に、夕夜が突然噛み付いてきた。その声に、るちあも我に返って一目散にリビングを飛び出して行く。その後を樹理亞が追った。


東條とうじょう! お前なんでいつまでもガン見してんだ? 普通は遠慮するもんだろう?」


 夕夜が俺に詰め寄る。

 なにを言ってるんだ?


「なに怒ってるんだよ? 夕夜」


「当たり前だろ? 自分の彼女の裸だぞ。それを他の男に見られたら誰だって嫌だろう? 事故だってことはわかってるけど、いつまでも見てて良いと思うか?」


 たしかにそうかも知れない。

 俺だって、樹理亞の裸が他の男の目に晒されるとしたら、良い気分ではいられない。


「うん。悪かったよ、夕夜。ゴメン」


 俺は謝ったが、夕夜の眉はつり上がったままだ。


「違うよ、東條。俺はお前に謝って欲しいんじゃない。俺が感じた苦痛をお前も味わえと言ってるんだ」


 相変わらずコイツの言うことは回りくどくてわかりにくい。


「いったい俺になにをしろと言うんだ?」


「お前じゃない。お前の彼女の裸を俺に見せろ!」

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