第十八話 男子高校生は謀略に巻き込まれる
前話のあらすじ
俺は拉致犯に服を脱がされ乳首を舐め回される。気持ち悪さに耐えながら、自分の失敗を後悔していた。ヤツの興味が下半身に移るその時、宏海が助けに来てくれた。しかし目隠しを外された俺の目に映ったのは倒された彼の姿。もうダメだと諦めた時に正義のヒロインが登場。
◇◇◇
「おはよう」
先に登校していた
俺はわざとふざけて宏海の肩を叩いてみたが、彼はソッポを向いてしまった。宏海の気持ちも良く分かる。助けに来たのにあの醜態では男として立つ瀬がない。
おまけに、自分が好意をもっている女の子に窮地を救われたわけで、俺としても慰める言葉が見つからない。でも、それが
◇◇◇
「久しぶりだね。
樹理亞が『
知り合いのようだが、いったいどんな関係なんだ?
「先輩に褒めていただけるのは光栄ですが、こんな下品なことをなさる方だとは知りませんでした。先輩はもっと聡明な方だと思っていましたが、どうやら私も自分で思っているほどには人を見る目がないのかもしれませんね」
「これはご挨拶だな。いや、
そう言ってヤツはふたたびそっぽを向いた。
英華とは俺たちが通っていた中学校だ。この男は、俺たちと同じ英華中のOBらしい。でも英華の先輩にこんな人いたかな?
「……で、
樹理亞の落ちついた声が聞こえる。
理由にもとても興味があるけれど、今の俺の最大の関心事はいつになったら拘束を解いてもらえるのか? ……という方だ。
口の中はあいかわらず丸めた布に蹂躙されて、喉はカラカラに乾いていた。
早くほどいてくれ! ……と、叫びたいところだけど、猿ぐつわのせいでそれもできない。
大槻はそれほど強そうには見えないが、ケンカ慣れした宏海を一撃で倒したのだ。樹理亞といえど一人でなんとかできる相手ではない。
「まさか、雪緒に酷いことをするのが目的だったわけではないでしょう?」
それを聞いて、俺の背中に冷たいものが伝う。
「まさか! 彼は非常に魅力的な男の子だけど、残念ながらそれが目的じゃない」
そう言って、大槻はまたそっぽを向く。今までは気がつかなかったが、この仕草はいったいなんだ?
俺は大槻の視線の先を目で追う。教室の正面、黒板の右脇の壁に大きなアナログ式のクオーツ時計がかかっていた。時刻は午後6時過ぎ……正確には長針が17分の辺りを指していた。
大槻は時間を計っていたのか?
「最初からこんな茶番で君を騙せると思ってはいなかったけど、存外効果はあったみたいで驚いてるよ、門倉くん。君は、英華に入学してすぐに生徒会長に就任した。中学一年生と言えば、つい最近まではまだ小学生だ。入学して初めて見る小学校との違いに誰もが戸惑う。それに、通常なら新学期前の3月に選挙が行われるから一年生が生徒会長になることはない。でも君は違った。まったく臆することなくなんの躊躇もなく、就任間もない会長に不信任を突きつけて解任し、生徒会長の椅子についてしまった。あれは見事だったなぁ」
大槻はまるで懐かしい過去を思い出すように、中学時代の樹理亞のことを話し始める。
当時から有名人だった樹理亞には敵が多かったが、こんなヤツがいたかどうか思い出せない。
「十二歳で中学校の生徒会長に選ばれた君の辣腕ぶりは、確かに素晴らしかったよ。生徒会本来の業務だけでなく、当時学校が抱えていたいくつもの問題も君は解決してしまった。なんの苦もなく、まるで楽しんでいるように……。君がズバ抜けて優秀な生徒であったこと……そして今、ここ
大槻は樹里亞を褒め続ける。コイツはいったいなにが言いたいんだろう?
「そして君は、英華中の歴史において教師陣からも最も高く評価され、そして……最も多くの恩恵を受けてきた。本来なら、僕が受けるべき評価と恩恵をね」
なんだって?
と、言うことはコイツ。樹理亞が辞職させた当時の生徒会長だったのか! そう言われれば、こんな顔だったような気もするけど、あっという間に居なくなってしまったから覚えていなかった。
中学校時代の恨みを晴らすために俺を拉致したのか?
「そう? 貴方が欲しがっていたものをあたしが奪ってしまったとしたら、それが故意ではないにしてもあたしに非があるのでしょう。謝らなくてはならないわ」
ようやく口を開いた樹理亞は、そう答える。
謝るなんて言ってるけど、それってホントに彼女が悪いのか?
「僕も見くびられたものだね。あるいはわかっていてワザと言っているのかな? 僕は君を高く評価していると言っただろう? 君は僕よりもずっと優秀な人間なんだ。君が生徒会長になって正解だったと思っているよ。そんな君に仕返しを考えるなんて恥ずべき行為だ。そう、辞任させられた当時の自分よりもはるかに恥ずかしい」
そう言って、大槻はまた時計に目をやる。
間違いない。ヤツは時間を計っている。今の時刻は6時27分。この時間になんの意味があるんだろう。
「ではなぜ、雪緒をこんな目に?」
樹理亞は同じ質問を繰り返す。彼女も時計のことに気づいているようだ。だが、ヤツがなにを待っているのかまではわかっていない。
「君はもっと聡明な女性だと思っていたんだが、それは僕の見当違いだったのかな? 今日が何の日か知らないわけはないだろう?」
大槻がそうほのめかす。
今日はごく普通の日のハズだ。事件が起こった日でもなければ何かの記念日でもない。いったいヤツはなにを言ってるんだ?
「もう6時半ね。まんまと貴方の罠に嵌ったということかしら」
「そう、さすがの君も彼のことになると冷静ではいられなかったようだ。僕の狙い通りだよ」
樹理亞が自分の腕時計を見て言うと、大槻も当たり前のように答える。でも、二人の会話の意味が俺にはまるで理解できない。いったい何がどうなっているというんだ?
「でも、不思議だわ。貴方ほど優秀な人が、どうして今季の生徒会にいないのかしら?」
「それを言われると辛いな。実を言えば僕も立候補したんだよ……生徒会長にね。だけど同じ学年にちょっとした人気者がいてね。大衆はどういうわけか代表者の能力よりもネームバリューに依存したがる。僕は残念ながら会長職を手に入れることはできなかった。本来なら勝算がないとわかった時点で副会長とか書記だとかに変更すべきだったのだけど、そんな端役には興味が持てなくてね。自分でも厄介な性格だと思うよ」
「それで、来季の生徒会長に立候補されたわけですか。ホントに貴方らしいですね」
「彼を恨んでこんなマネをしたわけじゃないと言うことを君にはわかっていて欲しいんだ」
「わかっています。生徒会選挙の立候補期限にあたしの足止めをしようとしたのでしょう?」
「その通り。去年のうちに君が東陵に入学することがわかっていれば、是が非でも選挙に勝っていたものを。君に比べたら今季の会長なんて敵ではなかったよ。去年の春に君を見かけてから、僕は生徒会選挙のことばかり考えていた。どうすれば君に勝てるか……とね」
そうだったのか。
樹里亞は何も言わなかったが、中学の頃と同じように生徒会選挙に立候補しようとしてたのか。でも、俺が失敗したせいでそれがダメになってしまった。
「受付が開始されても君はなかなか立候補の手続きをしなかった。おそらく君は、選挙管理委員会に僕の仲間がいて立候補が無効にされる危険を考慮したんだろう。生徒主導で行われる生徒会選挙には本来、教員は関与しないものなのだが、臨時で発足する委員会は重要書類を保管する設備を持っていないため、今季のように週末を挟む書類の保管には教職員用の施錠できる棚を使うことになっている。この時、書類は保管のために一時的に教員の手に委ねられる。正規の受付が終了する午後5時から教員が帰宅する6時半までの一時間半、立候補の届け出を直接教員に渡すことで、なんの妨害も受けずに立候補が完了する。君は間違いなくこのチャンスを狙うだろうと読んだのだ。受付時間を過ぎていようが、君ほど優秀な生徒なら教師だって多少の便宜を計ってくれるだろうからね」
そう言って大槻は微笑んだ。高笑いしないところが逆に嫌味で腹が立つ。
やっぱり、樹理亞に立候補させないために俺を拉致したんだ。なんてこった。今まで彼女には散々迷惑をかけてきたけど、今度こそ取り返しがつかないことをしてしまった。
そう思うと、悔しくてふいに目頭が熱くなる。男は泣いてはいけない。しかし、樹理亞の足を引っ張るだけの自分が果たして男だと言えるのか。悔しくなって、両目に溢れた涙がついにこぼれてしまう。
そんな俺のことなどお構いなしに二人の会話が続いていく。それが余計に惨めだった。
「大槻先輩には勝てませんね。あたしの完敗です。貴方なら間違いなく素晴らしい生徒会長になるでしょう」
そう言う樹理亞は悔しくないのだろうか?
俺を拉致して立候補を妨害した首謀者は目の前にいるんだ。こんな卑怯なヤツに彼女が屈するなんて信じられない。
「君は良くできた女性のようだ。自分が負けたと言うのに敵にエールを送るとは。おまけにその落ち着きよう……君はとても不思議だ」
「あら、そんなに不思議ですか? 確かに中学の頃は生徒会長になってなんでも思い通りにできました。でも、大半はつまらない雑事ばっかり。そんな役職、つまらないことが大好きな人にやってもらった方が効率的だとは思いません?」
樹理亞がそう言い放つ。
顔を見なくてもわかる。彼女は今、とびきりの笑顔になっているだろう。
俺の頭越しにそれを見る大槻の顔が一瞬にして真っ赤になり、眉はつり上がって鬼のような形相になった。両手の拳は固く握りしめられて、今にも手のひらから血が吹き出しそうだ。
「負け惜しみを言うな。この売女め! お前なんぞに不信任案を出された僕がどれほど恥をかいたか知ってるか? 去年までランドセルを背負ってたようなガキに生徒会長の座を追われた僕の無念がわかるのか?」
大槻は、目玉が飛び出しそうなほど目を剥き、口角泡飛ばして喚き出した。拘束されたまま動けない俺は、目の前で変貌していく人間のあまりの狂気に身がすくむ。
さっきまで気持ち悪いぐらいに冷静だったのに、どうしてこんなに激昂するのか俺には理解できない。
「お前が入学した時から、どうやって負かしてやろうかずっと考えていたんだ。涼しい顔をしてるが本当は悔しいんだろう?」
大槻が大げさな身振りで樹理亞を煽る。でも彼女は黙ったままだ。
「頭を捻って最終日に立候補しようとしたつもりが、僕に全部読まれていたんだ。君は頭が良いかもしれないが、付き合っている男がこんな……」
そこまでしゃべったところで、大槻の口から言葉が消える。
「何だ、それは?」
樹理亞が何かしているのか?
俺は必死に振り返るが、彼女の姿を見ることはできない。
「まさか、録音していたのか?」
「正解です! 貴方が何をやったのか、どうしてこんなことをしたのか。これを公開したらせっかく当選してもまた不信任にされるでしょうね」
樹理亞が楽しそうに答える。
「なんで。なんのために録音なんてしてたんだ?」
「なんでって……さっき教えてあげたじゃないですか? 覚えてないんですか? 下品なだけじゃなくて記憶力も悪いんですね。大槻先輩。貴方は生徒会長に当選してください。そして、つまらない仕事を一所懸命やってください。そんな貴方が必要になることがあればこちらから連絡しますから、その時にちょっとだけ協力してもらえれば、それでいいんです」
大槻の顔がふたたび怒りに歪んでいく。
「ふざけるな! 僕にお前の傀儡になれと言うのか? だったら僕は選挙を辞退するまでだ。確かに汚い手は使ったが、僕が辞退してしまえば済むことだ!」
「いいえ、先輩。話はそんなに単純じゃないのですよ。あたしたち……あたしと、そこで倒れている彼のことですが……どうやってここを探し当てたと思います? 子供が使う携帯のためのとても便利なアプリがあって、彼の携帯からあたしの携帯へ正確な位置情報と周囲の音を送ってくれるんです。ちょうど雪緒がコーヒーを断るあたりから録音されていますから、彼が眠ってしまった後に貴方が何をしたのか、なんと囁いたのかすべてが記録されているんです。あたし、本当にビックリしましたよ。成績優秀で女生徒にも人気がある来季の生徒会長候補があんな性癖を持っていたなんて! PTA会長をなさっているお母様はご存知なのでしょうか。子供たちのためにニューヨークに単身赴任されていらっしゃるお父様はなんとおっしゃるでしょうね。今年、小学校に入学したばかりの可愛らしい弟さん……名前は確か『
「もう、やめてくれっ!」
真っ赤に激昂していた大槻の顔が、今は血の気が失せたように真っ青になっている。
さっきの大槻の言葉に聞かれて不味いことがあったのか?
俺は必死に思い出そうとするが、それらしいものは思い出せない。
「さいわい来季はそれほどの強敵はいませんから、そんな貴方でも当選することは難しくないでしょう?」
「うぉおおおおっ!」
突然、大槻が叫ぶと俺に向かって突進してきた。
なんだ? どうしたんだ、急に!
ヤツは椅子に縛られたままの俺を突き飛ばす。
部屋の壁が急激に回転して足元に流れて行く。
小さな穴が無数にあいた天井板が見えたと思った刹那、視界が闇に閉ざされる。
後頭部が激しく床に打ち付けられる衝撃を覚悟したが、気がつくと俺の頭は柔らかい感触に受け止められていた。
そして、頭にかぶさっていたものが取り払われる。最初に見えたのは、スカートの裏地と壁際に倒れてうずくまる大槻の姿だった。
支えていた俺の体を起こしながら、樹理亞はヤツに言い放つ。
「貴方に拒否する権利はありません。大槻先輩。生徒会長になりなさい」
◇◇◇
縛られた椅子から解放された俺の顔は、涙と鼻水でグチャグチャになっていた。
仕方がないだろう? 両手が縛られていて拭くことができなかったんだから。
樹理亞は俺の顔を拭いて乱れた制服を直してくれた。
「ゴメン、樹理亞」
「どうして謝るの?」
「だって、俺が情けないばっかりに生徒会長の選きょ……」
自分のあまりの不甲斐なさにまたしても涙が溢れそうになって、言葉が途中で途切れてしまう。
顔を見られないように俯いて廊下に出る。
「ああ、生徒会選挙かぁ。あんなの別に興味なかったわよ。だいたいアイツが立候補してるとか、受付が今日までだとか、さっき聞くまで知らなかったし」
え? 今なんておっしゃいました?
「言ったでしょ。つまらない雑事が多いって。やりたい事をやるために必ずしも生徒会に入る必要があるわけじゃないって中学の時にわかったの。雪緒が拉致されたってわかったときも、なんでー? ……って不思議だったのよ。だから原因がわかるまで廊下で待ってたの」
なんだってー!
「じゃじゃじゃじゃじゃじゃぁ、すぐにでも助けられたの?」
いや、助けに来るのが遅いだなんて、普通、男が女に言うセリフじゃないことくらいわかってるよ。わかってるけど、この扱いは酷くないだろうか?
「アイツが理由を言わないうちに
宏海は俺が嫌な目に遇ってるのを見ていられなくて助けに入ってくれたのか? なんてことだ! さっきは酷いことを考えてゴメン、宏海!
お前の友情を俺は絶対に忘れない!
しかし……だ。助けてくれた樹理亞には感謝してるけど、俺に対する扱いはちょっと酷くないか?
これはアレだろう? 男として怒っていいシチュエーションだよな? ……だよな?
俺の心の中で怒りの感情がフツフツと音を立てて湧き上がる。
もう我慢できない! 樹理亞にこれだけは言ってやらないと男としての沽券に関わる!
「そこで胸の先、洗ってきて」
突然、樹理亞が男子トイレを指差して言った。
「なんでだよ!」
俺は怒りの感情のままに問いかける。
「帰りに保健室で消毒してあげるから」
「消毒なんかいらないよ。てか、なんで消毒するのに洗うんだよ」
「あたしが大槻先輩と間接キスしたくないからよ。さっさと洗ってきなさい」
樹理亞の顔を見るが、表情はいつもと変わらない。
それってどういうこと? 樹理亞が俺の胸に? キス? えっ?
「さっさと行く!」
彼女に背中を押されてヨロヨロと男子トイレに入る俺。
これから起こるだろう未知の期待に、俺の怒りの炎はあっという間に鎮火する。
「唇にキスとかはされてない?」
「キスはされなかった」
シャツのボタンを外しながら廊下から聞こえる樹理亞の言葉に、つい正直に答えてしまった。
でも、キスされたって言えば樹理亞もキスしてくれたのか?
俺はひょっとして、せっかくのチャンスを逃してしまったのか。
「他にアイツに舐められたとこは?」
彼女がふたたび聞いてくる。
え? これってチャンスなの? どこでも好きな場所を言っていいの? ホントに?
どうする? なんて答えればいい?
俺の脳裏に、先日夕夜の家で観たAVのシーンが何度もフラッシュバックしていた。
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