第十六話 男子高校生は拉致監禁される

前話のあらすじ


 夕夜と宏海の後をつけ秘密のAV観賞会に参加した俺。エッチについてや彼女の体について盛り上がるボーイズトーク。でも、るちあと樹里亞に全部聞かれて、夕夜はひどい目に。俺は樹里亞に手を引かれて夕夜の家を後にした。


◇◇◇


「お前の性別を言え」


 暗闇の中で問いかける声がする。男の声だ。

 俺に言ってるのか? 俺の性別を聞きたいのか?

 そんなの決まってるだろう。俺は男だ。


「嘘をつくな!」


 声の主は俺の言葉を一蹴する。

 嘘なんかついてない。見ればわかるだろう? 誰が見たって俺は男だ!


「お前のどこが男なんだ? 男がこんな格好するものか」


 急に視界が眩しい光で溢れかえる。どうやら今まで目隠しをされていたらしい。眩しさに慣れた目で辺りを見回すと、俺は見知らぬ部屋で粗末な木製の椅子に両手足を縛られたまま座っていた。

 コンクリート壁と配管がむき出しになった寒々とした空間で、部屋と言うよりはビルのメンテナンスに使うパイプスペースのような雰囲気だ。

 そして俺は、どういうわけか女生徒の制服を着ていた。


 ナニコレ?


 下半身は遮られて見ることができない。かろうじて見えるのは素足の膝とスカートの裾部分だけだ。

 胸が大きく盛り上がっていて、それが下方向の視界を遮っていた。

 なんだコレ?

 ブラックベリーフィールズでメイド服を着るときに使う、胸をかさ上げするパッド入りブラを付けるとこんな感じになるのだけど、胸に感じる重さがいつもと違う。


「これでも男だと言い張るのか?」


 男はブラウスの襟元を荒々しく掴むと、力まかせに左右に引っ張った。いくつものボタンがちぎれ、飛び散って床に落ちる。

 そこに見えたものに俺は目を見張った。

 俺の襟元からなだらかにつながる皮膚が途中から急激に盛り上がって、そのままブラのカップの中に収まっている。

 どうなってるんだ、コレ?


「お前が女だからに決まってるだろう。こんな胸した男がいるか?」


 ソイツは勝ち誇った顔でそう言った。

 でも、これってホントに俺の胸?


「これだけじゃあ信じられないか? じゃあ、これでどうだ?」


 そう言うと、ソイツはポケットから何かを取り出した。

 指先で弾くと刃先が回転して飛び出す、折りたたみ式のナイフだ。しかも、普通のナイフと違って刃が鎌のように湾曲している。

 それを見て俺は硬直する。

 いったい俺をどうするつもりなんだ。


「こうするんだ」


 さっきからまるで俺の思考に応えるようにしゃべるソイツは、ナイフの刃をブラのセンター部分に差し込む。

 胸の谷間に当たる金属の冷たさに、体が震えてしまう。

 ソイツはナイフを勢いよく引っ張り上げた。

 ブラはちょうど真ん中から綺麗に切断され、抑え込まれていた乳房が解放されて弾む。

 その胸の先端には淡い色の乳首が震えていた。


 乳房は男の手で無遠慮にギュウギュウと揉みしだかれる。

 屈辱的な痛みが胸全体を襲い、低い悲鳴が俺の口から漏れる。

 ふざけるな! これはなにかの間違いだ。俺は男だぁ!


「ここまでやっても認めないのか? 仕方ない。別の口に聞くしかないなぁ」


 そう言うと、ソイツはナイフをスカートの中に突っ込み、力任せに引っ張った。

 胸の膨らみの間から、スカートの生地がいく筋も縦に切り裂かれるのが見える。必死に膝を閉じようとするが、縛られていてまったく動かすことはできない。

 俺は女じゃないんだ! ホントに男なんだよ!

 抑えきれない恐怖が背骨に沿って駆け上っていく。


 ぎゃああああああああああぁっ!


 ◇◇◇


「うわぁ! ビックリしたぁ! いきなり大声出さないでくれよ」


 男の声が急に間延びしたような、緊迫感のないものに変わる。

 あれ? 俺、今まで夢を観てたのか?

 なんだよ! 驚いたのはコッチだよ。裸にされて拷問されるところだったんだぞ、まったくっ!

 それにしても、自分の体が女だと思っただけで縛り付けられた時の恐怖感がハンパない。

 あのまま乱暴されて刺されるのかと思って、さすがの俺もビビったよ。でも、いつの間に寝てたんだろう? まだ学校にいたハズだけど……。


 そう思って周囲を見回そうとした。しかし、何も見ることができない。いや、違う。これは目隠しだ。おまけに手足も縛られたように動かせない。尻と背中に当たる感触から硬めの椅子に座らされているようだ。

 なんだそれ? 夢の中そのまんまじゃないか!

 ……てか、これも夢なのか?

 夢なのか現実なのかどうやれば判断できるんだっけ? えーと、たしか小さなコマを回して……って、そんなの持ってないし、ほっぺたをつねろうにも縛られてて動けない。

 俺はパニックに陥りそうになって、動かない手足をバタバタさせて暴れた。


「落ち着けよ、東條とうじょう 雪緒ゆきおくん。君に危害を加えるつもりはない」


「誰だよアンタ? それよりコレ、早く外してくれ!」


 もう限界だ!

 椅子ごと後ろに倒れそうなほど暴れる俺の首に何かが食い込んで締め付ける。人間の手だ。コイツ、俺の首を締めようとしてるのか?

 恐怖で体が硬直して、一瞬動けなくなる。その隙に、首に纏わり付いていた手が離されて、俺の両肩に静かに置かれた。


「落ち着けって。何度も言うが危害は加えない。縛っているのは君を傷つけないようにするためだ」


 ホントにそうなのか?

 大きく口を開け、はぁはぁと荒い息をしていたが、頭はだいぶ冷静になってきた。


「落ち着いたか? 今日、女生徒に呼び出されただろう? バイトの件で生活指導の教師が呼んでいると……。指導室が空いていないという理由で、どこか適当な空き教室に案内されて待つように言われたハズだ」


 男は耳触りが良い通る声で説明を始めた。

 そう、ソイツの言うとおり、俺は上級生と思わしき女生徒に案内されて見知らぬ部屋に入ったんだ。


「そこで飲み物を飲んだだろう?」


 思い出した。

 その女生徒は時間がかかりそうだからとコーヒーを淹れてくれたんだ。だけど俺は本格的なコーヒーが苦手だったから、ちょっとだけ口をつけて放っておいた。そうしたら、わざわざ俺の飲めるものを聞いてくれて、来客用の玄関にある自販機まで行ってコーヒー牛乳を買ってきてくれたんだ。そして綺麗なティーカップで出してくれた。


「その中に睡眠導入剤を混ぜたんだ。確実に寝てもらうために医者が処方する量の数倍をね」


 俺はあの女生徒に眠らされたのか。そうか。だからコーヒー牛乳を買いに行って、わざわざパックのものをティーカップに注いで出したのか。

 なんて優しい人なんだ……って、感動して損したよ。

 危害を受けないと理解したら、随分と落ち着いて冷静にものを考えられるようになってきた。


「あの人に騙されたってことか」


「彼女は僕に頼まれて君を呼び出し、指定したカップで飲み物を出しただけだよ。用が済んだのでとっくに帰ってもらった。君がこんなことになってるなんて彼女は知らないだろうね」


 俺の問いに男は隠すことなく答える。

 

「なんで俺をこんな目に合わせるんだ?」


 その問いには答えが返ってこなかった。

 理由を言うことができないのか、あるいはその必要がないか……。

 目隠しをされているから辺りを見ることはできないが、運動部のものらしい掛け声が断続的に聞こえてくる。ここはまだ学校の中だ。

 この男の声には聞き覚えがないと思う。学園祭の新ミス東陵決勝戦で俺にイチャモンをつけた男が真っ先に頭に浮かんだが、あれほど感情的なヤツにこんな拉致を計画できるとは思えない。

 以前、俺がストーカーと間違えて殴り掛かった男……は、俺の名前さえ知らないだろう。

 友達やクラスメイトのイタズラ……にしては、悪質すぎる。

 ひょっとして、俺になにかさせようというのだろうか?

 しかし、さっきからただじっと静かにしているだけで、俺になんの要求もしてこない。『バイトの件』と言って呼び出されたが、その話にも一切触れない。

 いったいコイツの狙いはなんなんだ? まさか『俺自身』なんてことはないよなぁ。るちあみたいに俺に近づくために……いや、さすがにそれは自意識過剰か。


「そう言えばさっき、寝言で言ってたね」


 ヤツがまた、よく通る声で静かにしゃべり始めた。


「『俺は女じゃないんだ』って……。どんな夢を観てたのかな。君が女に間違われる夢かい?」


 そう言われて、薄れかけていた夢の記憶がよみがえる。

 そうだ、俺はコイツに服を破られ下着を切り裂かれて……。

 イメージとともに俺の脳内で強烈な恐怖感が再生される。そのあまりのリアリティーに背筋がビクビクと大きく震えてしまう。

 この野郎。嫌なことを思い出させやがって!


「そう言えば、君は以前から女の子っぽかったよね。女子の服を着ただけで男には見えないくらいだ。いや、どちらかと言えば『男子の制服を着た女生徒』に見えて仕方がない。でも、生徒手帳には男子と書いてある。不思議だよねぇ」


 不思議でもなんでもない。俺の遺伝子は女なのだから。

 もちろん、まだ誰にも明かしていないこの秘密をこんなヤツに話しはしない。

 そうだ。俺みたいに見た目が女っぽい人が他にもいた。ミスコンの決勝で争った少女のような先輩だ。


西陣にしじん先輩がいるじゃないか。全然不思議じゃない!」


 するとソイツは静かに笑い出した。

 え? なにコレ! スゲー気持ち悪い。


「西陣さんかぁ。あの人も一年の時はいろんな先輩に呼び出されて大変だったみたいだねぇ。女子相手じゃ問題になることも、男にだったら遠慮しない……なんてヤツらが結構いるからねぇ!」


 なん……だと!

 ミスコンの時の西陣先輩の可愛らしいワンピース姿を思い出す。男とは言え、あんな人になにかしたのか? コイツら!


「せっかくだから君も本当に男子生徒なのか俺が責任持って確認してあげよう。大丈夫。男同士だから恥ずかしいことはなにもないさ」


 そう言うと、床を踏んでソイツが近づく気配がした。

 うそだろう! これじゃあ夢と同じじゃないか!

 下着が切り裂かれるシーンが頭の中でフラッシュバックする。

 俺は無意識に悲鳴を上げようとして口を大きく開けて息を吸い込む。

 しかし、その口に布を丸めたようななにかを突っ込まれてしまった。

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