第十五話 男子高校生はボーイズトークする
前話のあらすじ
痔なんて嘘でしょ? と詰め寄る樹理亞。そう、もちろん嘘なんだけどここはなんとかごまかすしかない。でも、俺がちゃんとした男になったら、樹理亞と堂々とキスするんだ! 格好よくそう決めた俺を樹理亞は可愛いとか言いだして、最後は彼女にキスされたー!
◇◇◇
「あぁーん! んふっ。あっ。んぅー。あっ……あ、あぁっ! ぃやっ! だっ……だめぇっ!」
黒で統一された落ち着いた内装のリビングに、女の喘ぎ声が響き渡る。
「おい。ちょっと音量デカくないか?」
ここは
広いリビングにめちゃくちゃデカイ液晶テレビが設置されていて、その左右に細長いスピーカーが立っている。大きな画面と多チャンネルスピーカーを使って迫力ある映像を自宅で楽しむ、いわゆるホームシアターというヤツだ。
テレビ正面の黒革のソファーには俺と夕夜が座り、足元の絨毯に
ウチのテレビの縦横二倍ほどもある巨大な画面には、さっきまでワンピース姿で草原を歩いたりビキニで泳いだりしていた女性が、一糸纏わぬ姿になってベッドの上で嬌声を上げていた。
「この部屋は母親がピアノを弾くから防音になってる。それに今日は両親とも帰りが遅いから大丈夫だ」
夕夜が笑ってそう答える。
◇◇◇
年が明けてしばらくたった新学期の放課後、帰り支度をする宏海に夕夜が声をかけているのを見かけた。るちあといつも必ず一緒に帰っていた夕夜が宏海を誘うなんて珍しい……そう思って見ていたら、二人は一緒に教室を出て行ってしまった。
男同士でどこかへ行こうというのだろうか。友達なのにどうして俺には声をかけてくれないんだ?
野郎二人だけでツルんで帰るなんて、きっとなにか面白いことをするのに違いない。
俺のイベントレーダーが激しく反応していた。
今日は一人で帰るからと樹里亞に言って、俺は二人の後を追いかけた。そして、迷惑そうな顔をする夕夜を説得して同行したのだ。
電車を降りてたどり着いた先は高級住宅街だった。
「女優がね、十三歳の頃からU-15の着エロDVDに出てて、高校に入るときに引退したんだけど、二十歳を過ぎてからマジAVにデビューしたんだよ。U-15の頃のタイトルは芸名と同じ『みいむ』って言うんだ」
DVDのパッケージを開きながら夕夜が得意げに解説する。それを聞いて宏海の目が見開かれた。
「みいむって、十四歳で乳首出したあの伝説のビデオか?!」
ゆうじゅうご? 着メロでぃーぶぃでぃ? コイツら一体なんの話をしてるんだ?
「その通りだ。でもあのビデオで一瞬乳首みたいに見えたのは実はニプレスだって説もあるけどな」
夕夜の解説にふたたび宏海の表情が面白いくらいに変化する。
ところで『説』ってなんだよ!
「で……だ。その『みいむ』のAVデビュー作だと言われてるのがコレだ……ちなみに新しい芸名は『能城 恋』って言うんだけど……ほら。顔とか全然変わってないだろう?」
そう言われて、宏海は身を乗り出して画面にかぶりつく。
そこには、ワンピースを纏った幼い顔つきの女性が映っていた。彼女は素足にミュールを履いて花畑を優雅に歩く。
「ホントだ。これ、みいむだ。全然変わってねぇ!」
宏海が叫ぶ。こんなに興奮してるヤツを見るのは初めてだ。
今二十歳の人が十四歳の頃って六年前ってことだよな。俺たちが九歳とか十歳の頃だろう?
コイツら小学生の頃からエロビデオを観てたってこと?
夕夜は最低野郎だから構わないけど、長身イケメンの宏海もこんなの観てたなんて、ちょっとショックだよ!
親友を批判しつつも、男優の手によって少しづつ裸にされていくAV女優の様子に、俺もいつしかテレビ画面に釘付けに。
ワンピースを脱がせ、優しいキスを繰り返しながら男優の手が胸をまさぐる。
「うおぉーーっ! 胸も昔のまんまだよ! なんてこったぁ!」
宏海が感極まって叫ぶ。
その声にビックリした俺は、ちょっとだけ飛び上がってしまった。
なにがどう『なんてこった』なんだよ!
男優に外されたブラがシーツの上に音もなく落ちる。現れた乳房は……なんと言うか、実に慎ましい膨らみだった。
ついこのあいだ生理が始まったばかりの俺よりは少しはあるかな? という程度だ。
こんな薄べったい胸でAV女優なんて務まるのだろうか?
余計なお世話ながら気になってしまう。
だいたいなんで、るちあが用事で居ない日を狙ってまで、こんな胸の薄い女のAVを観るのかわからない。
でも、そんな疑問も今はとりあえず棚上げしておく。
まだパンツを履いたままの女優をロココ調のデザインのソファーに座らせて、覆いかぶさった男優がキスを浴びせる。交互に舌を突き出してはしゃぶる行為を繰り返すようなエッチなキスだ。
俺は初詣の帰りに樹里亞と交わしたキスを思い出していた。
あの時のキスは最高に気持ちが良かった。それを思い出して、俺の背中が勝手にブルブルっと震えてしまう。
「どうした、
夕夜に聞かれて慌てて首を左右に振る。でも視線は画面に釘付けだ。
「キスってさぁ、すっごく気持ち良いよねぇ」
頭がぼぉーっとなって、無意識のうちにそんなことを口走っていた。
すると、絨毯に寝転がっていた宏海が急に振り返って俺を見た。夕夜も口を開けてこちらを見ている。
「
宏海が嬉しそうな悲しそうな、よくわからない微妙な表情で俺に尋ねる。
そう言えば、宏海も樹里亞のことが好きだったんだ。
俺たちがイチャイチャする話なんかしたら、ヤツを傷つけてしまうかもしれない。
「ああ、えぇっと。したっていうか、してないっていうか……どちらかと言えばしたんだけど……」
「なに言ってんだ、お前? ……でもまぁ、これでお前らも恋人同士か」
え? 恋人?
でもそれは、樹里亞に否定されて……。
「ええっと、そうじゃないん……」
「あっはぁぅぅぅ!」
艶かしい女優の嬌声に視線がふたたびテレビ画面に引き戻される。
彼女の胸に男優がしがみついていた。わ脂肪の薄い胸を無理やり鷲掴みにして、乳首を捻り上げている。見てるだけで痛そうだ。
「うそぉ! あんなのが気持ちいいの?」
疑問に思ったことがそのまま口をついて出てしまった。
「痛みが快感に変わっていくんだよ。もちろん最初は優しく……触れるか触れないかぐらいから始めて、相手の反応を見ながら力加減を変えていくんだ。指だけじゃなくて唇、舌、歯も使ってな。指よりも舌の方がソフトに刺激できる」
夕夜が画面から目を逸らさずに解説する。
さすが、彼女がいるヤツは言うことが違う。
でも、画面の中で男がやってる行為は、俺にはどう見ても痛そうにしか見えない。
樹里亞にされた優しいキスのような気持ちよさが、あんなやり方で感じられるとはとても思えない。
乳首って言うのはすごくデリケートなところなんだ。体操着とこすれて赤く腫れた自分の乳首を思い出しながらそう思う。
でも、優しいタッチから始めてゆっくり刺激を強くしていくのなら、体が慣れてじょじょに快感を感じられるのか。
と、言うことは……。
「俺の乳首も優しくされたら感じるのかなぁ?」
思わずそう言うと、宏海と夕夜が一斉に振り返った。二人とも異様なモノを見るような目で俺を見ている。
「お前ら、そんなことしてるのか?」
え? 宏海のヤツ。なに言ってるんだ? 俺、なにか変なこと言ったか?
「てか……男が乳首で感じ……」
「ぁぁぁあああっ!」
女優の大きな喘ぎ声が宏海の声をかき消す。
ベッドに仰向けに寝かされた彼女の脚の間に男優が潜り込んで、股の間に顔を押し付けていた。彼女の手が真っ白なシーツを握りしめる。
エッチの基本的なことは知ってるつもりだったけど、アレがなんのための行為なのかよくわからない。
「あれって、なにしてるの?」
「舐めてるんだよ」
「どこを?」
「どこって、お前。ク⚪︎とかワレ⚪︎とかだよ。他になにがあるんだよ」
夕夜が呆れた声で答える。
他になにがって、わからないから聞いてるんだろ!
「雪緒はまだ、そこまでいってないんだな」
宏海がほっとしたような顔をする。
そこまで……ってことは、アレもエッチの手順に含まれるのか?
「まぁ、東條もまだだろうと思ってたけどな」
夕夜が言う。
まだ……って、アレはいくらなんでも俺にはレベルが高すぎる。樹里亞のだったら抵抗はないけど、どうやって舐めたら良いのかわからない。
「なんだよ。お前もか?」
宏海にそう言われて、夕夜はちょっとバツが悪そうな顔をした。
「るちあが意外と堅くてね。まだ指一本しか触れてない」
「え?」
驚いて、つい声が出る。
あの舐めるヤツじゃなくて、エッチ自体がまだだってことだったのか。
「あんなに詳しいのに、まだなの? あ、わかった! るちあの前の彼女で経験してるってことかぁ」
「東條。お前、俺たちがいつから付き合ってるのか知らないのか? もう六年になるぞ!」
夕夜が慌てた顔で怒鳴る。
「ってことは……九歳くらいでもうエッチ? あ、それってちょうどその子のビデオが出たときくらいだよな。スゲーな、お前!」
「お前の頭の中の方がスゲーと思うよ」
夕夜が呆れた顔で俺を見る。
呆れるのは俺の方だよ。なんで俺がスゲーんだよ。馬鹿か、コイツ。
「その辺にしといてやれ。雪緒はオコチャマだからこういうエロバナにはついてこれねぇんだよ」
なんだとぉ!
と、俺が反論しようとした瞬間……。
「ぁあう! は……入ってくるぅ!」
ひときわ大きな女の声に中断させられる。
つくづく思う。AV観ながら口喧嘩なんてするもんじゃないな。口論が続かない。
「
挿入シーンが一段落すると、夕夜が宏海に問いかける。
忘れられているかもしれないが『松崎』とは宏海の名字だ。でも、そんな話なんてどうでもいい。その時、俺の目は男優の股間から伸びるアレに釘付けになっていた。
「俺は、その……近所の姉ちゃんと中一のときに……」
「なぁなぁ、アレって普通のサイズ?」
「はぁ?」
俺の素朴な疑問に二人の間抜けな声がハモる。
スキー合宿の風呂場でクラスメイトのヤツを見た時とは距離感が違うので比較できないけど、画面の男優の方かすごく大きい気がする。
「うーん、平均か、ちょいデカイくらいじゃね?」
え? あれで平均なの?
内心の動揺がバレないように平静を装いつつ、俺は話題を変えてみる。
「ええと、やっぱり大きい方がいいのかな?」
「そりゃあ、まぁそうだろ? 一説によるとエッチの時の女の快感は男の十倍以上だっていうし。まあ、男には一生わからないことだけどな」
夕夜がなぜかドヤ顔で答える。
十倍以上と言われたら凄い差に思えるけど、男の快感っていうのがどんなものかわからないからなんとも言えない。
女って普通どういう風に感じてるんだろう?
そう思いながら画面を見つめていると、またおかしなことに気がついた。
「あの女優の股のとこ、なんだか黒っぽくない?」
「これは肌の色素だよ。まあ普通はこんなモンだろう?」
夕夜がヤレヤレと言った顔で解説してくれる。
普通はこんな感じなのか。でも……。
「樹理亞はこんなじゃないよ」
俺が答えるとふたたび二人はすごい勢いで振り返る。
「なん……だと?」
「お腹の辺りと同じ肌色だよ。乳首だってもっと薄い色。俺、女の子ってみんなあんなだと思ってた」
二人の目がまん丸に見開かれ、そのまま時間が止まった。
しばらくして、先に我に返った宏海が言う。
「ああ、そうか。お前ら幼なじみだからな。一緒に風呂とか入ってた頃の話だろ? まぁ、小さいうちはそうだよな。でも大人になると、色が濃くなってくるんだよ」
成長すると変わってくるのか。経験者が教えてくれるとわかりやすい。
「ちなみに、風呂はいくつまで一緒に入ってたんだ?」
「うーんと、中三までかな? さすがに高校生にもなって一緒に入るのってちょっと恥ずかしいだろ?」
「去年じゃねぇかよっ!」
またしても二人のセリフがハモった。
俺の言ってることはそんなに変か? 俺がまだ童貞だからって、そんなに突っ込まなくてもいいだろうに。
だんだん腹が立ってくる。
夕夜だって童貞のクセに、俺ばっかり責めやがって。こうなったら反撃してやる。
「じゃあ、夕夜はどうなんだよ? るちあのアソコとか乳首の色とかさぁ!」
俺の言葉に夕夜の顔色が急激に変化する。
あ、コイツ。見たことあるな?
俺のカンがそう囁く。
「俺には言わせといて自分はダンマリかよ。卑怯者め!」
『卑怯者』……この手の煽りは、俺たちの間ではとっても効果的だ。
案の定、夕夜はムキになって口を開いた。
「そんなに聞きたいなら教えてやるよ! るちあは、乳首の色は薄いけど乳輪がちょっと大きくて、下の方は……」
ガチャーーン!
夕夜の怒声さえ掻き消すぐらいのけたたましい音を立て、目の前のガラスがまるでアクション映画のワンシーンのように炸裂した。割れた破片が毛足の長い絨毯の上に派手に飛び散る。庭に面したリビングの八枚の大きなガラス戸のうちの一枚だ。
俺たち三人はあまりのできごとにビックリして声も出せなかった。よく見ると、足元にコンクリートブロックが落ちている。これが飛び込んできたらしい。
直後、玄関の鍵が開く音がして、俺たちがいるリビングのドアが勢いよく開かれた。
「夕夜ぁ! その先を言ったらコロスわよ!」
両手を腰に当てた夕夜の恋人……るちあが仁王立ちになっていた。
「せっかくの楽しい鑑賞会なのにごめんなさいね。男同士の付き合いで雪緒がどんな話をするのか興味があって……」
そう言って、るちあの後ろから出てきたのは樹理亞だ。
手には携帯電話が掲げられて、繋がったイヤホンの片方が彼女の耳に入っている。垂れ下がったもう片方は、おそらくるちあの耳に入ってたのだろう。
盗聴ってたしか犯罪なんじゃないの?
「雪緒の携帯にそういうアプリを入れてあるのよ……って、入れるときにそう言ったでしょ?」
「あれ? そうだっけ」
いつもアプリ入れるときは彼女にやってもらうから、よく覚えてないや。
「ああああああっ! やっぱりお前なんか連れてくるんじゃなかった! 見ろよこのガラス。いったいどうすんだ?」
夕夜が突然取り乱して叫び出す。
「東條くんのせいにしない! こんなとこでエッチなビデオ観てるのが悪いのよ。自分でなんとかしなさい! じゃないと、ビデオのことをおじ様とおば様に言うわよ!」
夕夜の顔が苦痛に歪む。
こういうリビングの大きなガラスってすごく高いって聞いたことがある。修理にいくらかかるかわからないのに、それを夕夜に押し付けるなんて……。
るちあの言ってることはムチャクチャだと思うど、俺も一緒に観てたからウカツに反論もできない。
せっかく仲間に入れてくれたのに、こんなことになってゴメン。
俺は心の中で夕夜に詫びた。
「じゃあみんな。るちあ。また明日ね……さぁ、帰るわよ。雪緒」
俺は樹理亞に手を引かれて
◇◇◇
駅に向かう帰り道。激高していたるちあに比べて樹理亞はいたっていつも通りだった。彼女に内緒でAVなんて観てたのに、不機嫌になったりしてないみたいだ。
夕夜みたいにいろいろプライベートのことを喋ってしまったのに……。
「樹里亞。怒ってない?」
「怒って欲しいの?」
おずおずとたずねる俺に優しく微笑んでから、彼女は僅かに首を傾げる。
俺は黙って首を左右に振る。
時計を見るとまだ六時だったけど、日はとっくに暮れている。
樹理亞はつないでいた手を離して、両腕で俺の腕に抱きついてきた。
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