第十三話 男子高校生は告白する

前話のあらすじ


 年の瀬にラブホでやった大失敗から数日後の元旦。俺はみんなと待ち合わせて近所の神社に初詣にきた。ところがお詣りの後、樹里亞に騙されて秘密だったラブホに行った件を話してしまう。騙されて腹が立ったけど、正直に話したご褒美に一緒にホテルに行こうかと言われて俺は有頂天!


 ◇◇◇


門倉かどくらには告白こくったのか?」


 唐突に聞かれてビックリする。

 すぐ横に座っている和服姿の大男が、神妙な顔つきで俺に囁いた。

 左隣に樹里亞じゅりあがいるというのに、今ここでそれを聞くのか? お前には空気を読むだけの読解力がないのかよ?

 樹里亞を盗み見ると、るちあと楽しそうに話している。今なら彼女に悟られずに言えるかもしれない。俺は口元を両手で覆い、内緒話の格好で宏海ひろみの耳に顔を近づけた。


 ◇◇◇


 初詣を終えた俺たちは、るちあの提案で、超絶混雑している参道から一本外れた通りにある甘味処で休憩することにした。

 四人掛けと二人掛けのテーブルをくっつけて、樹里亞と俺、そして宏海。対面にはるちあと夕夜ゆうやのカップルが座った。


 参道から外れているとはいえ、さすがに元旦。それに天気もいい。店内はすぐにいっぱいになって、次々と入店する客が満席を知ってうなだれて帰っていく。もう少しタイミングが遅かったら俺たちも初詣難民になるところだった。

 もしもこれが野郎同士だったら自販機で温かい飲み物を買って地べたにでも座ればいいが、女子チーム——特に振袖がいるとそうもいかない。

 俺と樹里亞、るちあが注文したクリームあんみつが運ばれてきて、女子チームが歓声を上げる。

 念のために言っておくが俺は女子チームじゃないぞ。


 宏海と夕夜が熱そうなコーヒーに口をつける。夕夜はミルクを少し入れてから、なぜかかき混ぜないで飲んでいる。宏海に至ってはなにも入れない……ブラックだ。

 やっぱり長身の男がコーヒーを飲んでる様は絵になるなあ。

 男らしい男を目指す俺としては早くコーヒーを制覇したいところだが、あの意味不明なほどの苦さは飲み物の許容範囲を超えている。しかも酸っぱいコーヒーまであるという。そんなのもはや嫌がらせとしか思えない! 少しはコーヒー牛乳の飲みやすさを見習って欲しいものだ。

 ミルクと砂糖が入った缶コーヒーならまだ飲める。でも缶コーヒーって、飲んだ後もずっと独特の匂いが口の中に残るのはどうしてだろう? 朝の通学電車で漂ってくる匂いで『ああ、近くに缶コーヒー飲んできた人がいるな』とわかってしまうほど強烈だ。そしてその匂いが他人の口から出ているものだと思うと、朝から気分が悪くなる。

 喫茶店のウェイトレスなのにコーヒーが飲めないのは問題だって? そんなことはないよ。未成年の居酒屋のバイトだっているだろう?

 未成年と飲酒……ダメだ。なんだか嫌な記憶がよみがえりそうなので、これ以上考えるのはよそう。


 その点、クリームあんみつは老若男女を問わず蜜と小豆の優しい甘さと、季節の果物の新鮮さ、アイスクリームのまろやかさの三重奏を手軽に楽しめる冷たい和風スイーツの王様だよ。

 素敵なことに、この店では黒蜜と白蜜。こしあんとつぶあん。アイスはバニラと抹茶からそれぞれ好きな組み合わせでオーダーできるのだ。

 俺は定番の黒蜜、つぶあん、バニラで攻めてみたけれど、樹里亞はちょっと大人目の抹茶アイスをチョイスして白蜜につぶあん。るちあは俺と同じくバニラに黒蜜だが、こしあんを選択した。

 果物は冬の定番、イチゴとミカン。それから輪切りのキウイ。赤い果肉の柑橘系はいったいなんだろう? 旬のビタミンCフルーツが勢ぞろいだ。


「白蜜ってどう?」


 樹里亞のクリームあんみつを眺めていたら、つい気になってしまった。白蜜のあんみつなんて見たことがなかったからだ。

 彼女は白蜜がたくさんかかった白玉とつぶあんをスプーンですくって、黙って俺の口元に差し出す。

 一口でそれにかぶりつくと、白蜜のクセのない甘さが口中に広がってつぶあんの甘さと微妙に混ざり合う。でも、濃厚な黒蜜と比べるとちょっとだけ物足りないかも。


 クリームあんみつに夢中になっていたら、るちあと夕夜が黙ったまま俺たちを凝視していた。

 いったいどうしたんだ?

 注目されてる理由がわからずキョトンとしていると、宏海が古い話題を掘り返してきた。あのスキー合宿の夜にうやむやになった『樹里亞が俺のことを好き』だって言ってた件だ。

 そして冒頭の宏海のセリフに戻るのだ。


「なんでそんなに俺を樹里亞とくっ付けさせようとするんだ?」


「俺は雪緒ゆきおほど付き合いが長いわけじゃないが、門倉がいい女だってことはよくわかってる。早くモノにしないとどこかの誰かに横取りされるぞ」


 そう言って、笑う宏海。

 彼女の素晴らしさは言われるまでもなく俺が一番良く知ってる。でも、宏海がどうしてそんなに俺たちをカップルにしたいのかわからない。俺と樹里亞が付き合って、宏海に得することなんか何もないのに……。


 あっ……。


 俺は突然、察してしまった。

 つまり、宏海も『樹里亞が好き』なんだ。だけど親友である俺に遠慮して、自分は諦めるつもりでいる……そう考えれば全部につじつまが合う。

 このまま俺がモタモタしていてまんがいち誰か他の男に彼女を取られてしまったら、せっかく遠慮した宏海も納得できないだろう。そうか。そういうことだったのか。

 でも宏海、そんな心配はいらないよ。


「実は、もう付き合ってるんだ」


 そう囁くと、宏海は口に含んでいたコーヒーを思い切り噴き出した。

 被害に遭ったのは対面に座っていた夕夜だ。ヤツはまるで予期していたかのような超反応を見せ、身を呈して晴れ着の彼女を守ったのである。


「ちょっとぉ! なにすんのよ!」


 るちあが叫ぶ。夕夜のガードでも完全には防ぎきれなかったようだ。ウェイトレスが慌てておしぼりを持ってくる。怒ったるちあは樹里亞に付き添われてレストルームに行ってしまった。

 周りの客たちがこちらをチラチラと見ていて恥ずかしい。


「マジか?」


「マジだ」


「もうホテルに行く約束もしてる」


「なんだって!」


 女性陣がいなくなったからか、宏海の口から遠慮のない大声が飛び出す。店内の喧騒が一瞬で止み、満員の客が一斉に俺たちに注目する。周りの視線を浴びながら、なぜか宏海は黙りこんでしまった。


「そっちの話は終わったか?」


 今度は夕夜が口を開いた。

 まだ話は終わってないんだが……と、宏海を見ると目と口を大きく開けたままどこか遠くを見つめていた。なんと言うか、土方歳三をモデルに作ったトーテムポールって感じだ。いや、そんな変なものは実在しないだろうけど。

 近藤勇は口にげんこつを突っ込む特技があったらしいけど、今の宏海の口になら俺の拳くらい入ってしまいそうだ。


東條とうじょう。お前、なんでしゃべった?」


 え?

 宏海に気を取られていたら、夕夜が座った目で俺を睨みつける。


「ホテル行ったこと、しゃべっただろう!」


 ああ、そうだ。忘れてた。

 男と男の約束だったのに、樹里亞の誘導尋問でつい話してしまった。


「ゴメン。だまされたんだよ。夕夜もしゃべったって聞かされて……」


「ゴメンで済むかよ! あれから、るちあに散々突っ込まれたんだぞ!」


 謝っても夕夜の怒りは収まらないようだ。ヤツは続けて俺に文句をぶつける。


「年末に誘ったけど断られたんだよ!」


 ああ、やっぱりね。

 去年、俺が夕夜にそそのかされて二人でラブホの下見に行ったとき、コイツは大晦日に彼女をホテルに誘うと言っていた。


「成功してたらそんなの笑い話で済むんだけどな、失敗したんだ失敗。それで後になって予行演習してました……なんてマヌケ過ぎると思わないか? ああ?!」


「大げさだなあ、夕夜。ちょっと恥ずかしい思いをしただけだろう? そんなこと言ったら俺だってなぁ……」


 俺だって……えーと……樹里亞に騙されて怒ったら、正直に話したご褒美にホテルで予行演習のやり直ししようって言われて……ダメだ。こんなこと言ったら余計に怒らせることになる。 


「なんだよ? なにもないだろう? こうなったらお前の秘密をバラしてやる!」


「ちょっ!」


 確かに俺が悪かったけど、それは困る!

 一度はバレたと覚悟を決めたど、俺が勘違いしてただけなんだ。それで安心したのに、どうしてこうなったんだ?

 ひょっとして宏海にコーヒーぶっかけられて、それで怒りが増幅してるのか? それは俺のせいじゃないぞ。いや、宏海を噴き出させたのは俺だけど……いやいや、違う。そんなこと考えてる場合じゃない!

 あの時、俺が生理になったのをコイツに見られているんだ。それをバラされるワケにはいかない。


「振袖、大丈夫だったみたいよ」


 最悪のタイミングで樹里亞がレストルームから戻ってきた。

 俺の体が女になりつつあると知られたら、ホテルに行く約束がパーになってしまう。それだけじゃない、幼い日の樹里亞との大切な約束が果たせなくなってしまうじゃないか!

 それだけは絶対に阻止しなければならない。

 俺の両目は問題の最適解を求めて激しく宙をさまよい、目の前にあったクリームあんみつの器に直径およそ五センチメートルのバニラアイスの塊が、やや溶けかかった状態で残っているのを発見する。

 俺はなんの躊躇もなくその塊を鷲掴みにして、椅子を蹴って立ち上がった。

 倒れた椅子が立てる音が店内に響き渡り、周りの客が再三こちらを振り返る。

 樹里亞が何か言っているが、もう俺の耳には入らない。

 俺は、未だポッカリと開けられた夕夜の口を目掛けて、バニラアイスの塊を叩き込んだ。

 食べ物を使うなんてもったいないとか、アイスクリームなんぞが口を塞ぐ役に立つだろうかとか、やってしまった後にどうやって収集をつけるかだとか……そんなことを俺はこれっぽっちも考えていなかった。

 バニラアイスは夕夜の口いっぱいに収まり、ヤツはその冷たくて甘い誘惑に突き飛ばされて椅子ごと仰向けにひっくり返った。

 よし! これで時間が稼げる。

 しかし、そんな俺の計算は予想外の展開に狂わされれてしまった。


「ちょっと! 大丈夫?」


 樹里亞が倒れた夕夜に駆け寄った。

 ダメだ! 今、そいつに近づいたら危険だ!

 だが、焦った俺の気持ちは声にならない。


「ちくしょう! かわいそうだと思ったけどホントに言うぞ!」


 ヤバい! ヤツはまだ死んではいない!


「やめろぉ!」


 俺の悲痛な叫びも届くことなく、夕夜は再び口にする。あの忌まわしい日のことを……。


「ホテルに行った時、俺は見たんだ! 東條は……そいつは……『痔』だぁ!」


 しんと静まり返っていた店内に、夕夜の叫びが響き渡った。

 は? 俺が、なんだって?

 この俺が痔だって?

 俺の頭が瞬時に沸騰する。

 樹里亞の前で俺をディスりやがって!


「てめぇ! 誰が『痔』だってぇ? ふざけやがって! いいかよく聞け! 俺は、俺は、俺はなぁ……『キレ痔』です」


 ◇◇◇


 結局のところ俺たちは、元旦の店内で大騒ぎして周りの客に大爆笑され、あげくに店から追い出される羽目になった。

 るちあの振袖も無事だったし、夕夜も高そうなシャツがコーヒー色に染まったものの、床にぶつけた頭はなんともなかった。

 そして何よりも、俺の重大な秘密は暴露されることなく闇に葬られた。

 おそらくあの時、俺が落とした血を夕夜が勘違いしたのだろう。

 るちあに『キレ痔高校生』という自慢にもならない肩書きをもらったけれど、それで済んで俺は内心ホッとしていた。


「コーヒーの染みを落とさないといけないから、あたしたちはもう帰るね」


 そう言って、るちあは夕夜の腕を掴んで駅の改札に消えて行く。


「俺もこの衣装、今日中に返さないと延滞料金取られるから帰るわ」


 宏海も帰っていく。

 その土方歳三スタイルは貸衣装だったのかよ! コスプレかよ!

 てか、年末にその衣装着てなにやってたんだんだよ!

 突っ込みどころは満載だけど、おかげでこうしてまた樹里亞と二人きりになった。ひょっとしてみんな、俺たちに気を遣ってくれたのかな?


 冬の日はつるべ落とし。いや。それって秋だったかな?

 夕暮れを過ぎて薄暮に変わる参道を、自然と俺たちは引き返して歩いた。道の両側に並ぶお菓子やオモチャ、食べ物の屋台が次々と灯りをともす。

 なんだか小さい頃の気分が戻ってきて、俺の心はウキウキしていた。


 神社の境内を横に逸れて少し歩くと、ちょっとした遊具が並ぶ小さな公園のような広場に出る。遊具と言っても小さな滑り台とジャングルジム。それにブランコが二人分しかない。

 ここは、よく覚えている。

 俺と樹里亞が幼い頃に結婚の約束をした場所だった。


「懐かしいわね」


「うん、懐かしいね」


 樹里亞は俺の方に向き直って、両手で俺の肩を掴むとゆっくり歩かせてブランコの一つに座らせる。そして、自分のマフラーを外すと俺の首にかけた。

 樹里亞はあの日のことを覚えているんだ。

 それがわかると嬉しくなった。

 あの約束はどんなことがあっても果たさなければならない。

 樹里亞が俺の目線の高さにしゃがんでマフラーの両端を少しづつ引き始める。マフラーが巻きついて少しだけ首が絞まる。

 苦しいよ、樹里亞。

 しかし、彼女はマフラーをさらに締め付けながら真面目な目でこう言った。


「痔なわけないでしょ? ホテルでいったい何があったの? ちゃんと話して」

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