第八話 男子高校生は聖夜に踊る2
お酒は二十歳になってから!
◇◇◇
人間という生き物は多かれ少なかれ、なにかしら他人に知られたくない秘密を持っているものだ。大抵の秘密というものはそれを知られることで社会的立場を失ったり、経済的損失を被ったりする。だからこそ、それは秘匿されるのである。
ブラックベリーフィールズで上演される俺のストリップショー『
教師にバレたらちょっとだけ面倒なことになるくらいだ。
それでも、金をもらって裸を見せてるということを、友だちには知られたくはなかった。それはきっと、そういう金儲けの方法に対して俺自身が嫌悪感を持っているということなのかもしれない。
別にどうしても金が必要なワケでもない。それでもやっぱり、ストリップを友だちに見られたくなかった。
こうなったらもう、アレをやるしかない。
俺はクリスマスイブ大作戦を決行することにした。
◇◇◇
天井に設置されたBOSEのスピーカーからアップテンポの曲が大音響で流れてくる。ホールの一番奥に設えられた小さなステージは両脇から鮮やかなライトで照らされて、まるでそこだけ異世界のように輝いていた。
ステージの幅はわずか数メートル。並んで歌うなら八人まで。踊るとなると三人で一杯になるから、ウェイトレスのショーもその人数の範囲で編成されている。
そんな小さな小さなステージに立って、俺はまばゆいスポットライトを浴びていた。大音量で『雪緒フラッシュ』専用のダンスミュージックが流れる。これから俺はセクシーに踊りながらストリップをする……ワケなんだけど、なぜか俺の両側にそれぞれ女性が立って踊っていた。
右を見ると、憮然とした表情の
彼女は小さなエプロンをほどいて床に落とし、ブラウスの胸のボタンに手を掛ける。
どうしてこうなった?
◇◇◇
作戦は完璧なハズだった。
今日はイベントデーなのでテーブルチャージは三十分制限だ。『雪緒フラッシュ』のショーは一時間に一度なので、入店のタイミングよっては観ることができない。どうしても観たい客は別の日にもう一度来るか、一旦店を出て行列に並び直す必要がある。
ショーの希少性を演出してリピーターを確保する戦略らしい。なんとも意地が悪いシステムだ。
今夜だけのサンタクロース衣装のウエイトレスたちがステージの上で映画のサントラ曲を歌っている。樹理亞もその中にいた。
「樹理亞、カッコ良かったよぉー! また観たいなぁー!」
るちあが無邪気に手を振って、お供の野郎二人を連れて帰って行った。
さっさと帰れー。戻ってくるなよ!
彼女たちが居なくなって安堵した俺は、心の中で祈る。
しかし、無神論者の祈りは神に届くことはなかった。
「また来ちゃったー! あはははははははははー」
るちあと
俺はわずかな時間に頭脳をフル回転させて考えた。何かできることはないか。あいつらに俺のショーを見せずに済む方法は。
そうだ! ヤツらの飲み物に睡眠薬かなにかを混ぜて眠らせてしまえばいい!
そう思いついた俺は、スタッフに端から声をかけてみたが、誰も睡眠薬どころか睡眠導入剤さえ持っていなかった。
困った……。
時間はどんどん過ぎていく。
冷静になって考えてみれば、飲み物に何か混ぜて飲ませたら店側の信用問題になる。下手すれば業務停止になりかねない。
やっぱりダメか。
そう諦めかけた俺の耳に、スタッフルームから話し声が聞こえてきた。
「クリスマスイブだからねぇ、持ってきちゃうお客様もたまーにいるのよ。持ち物検査とかするわけにいかないし、とりあえず見つけたらしまってもらうかお帰り頂くんだけど、聞いてくれない人もいるのよね。そういう時はあたしを呼んでね」
何か問題でもあったのだろうか。
スタッフルームのドアが開いて、ジーンさんとフロアチーフが出て行った。好奇心にかられてスタッフルームを覗き込む。室内に置かれたテーブルの上に紙箱が置かれていて、その中に入っていたものに俺の目が釘付けになった。
これだ!
◇◇◇
「あたしも、メイド服着たーい!」
るちあが大きな瞳を輝かせてウエイトレスの衣装につかみ掛かる。ヤバい、こんなに効果があるとは思わなかった。
スタッフルームの紙箱に入っていたもの……それはウイスキーの小瓶だった。何度注意しても店内での飲酒をやめない客からジーンさんが没収してきたものだ。
俺はそれを、るちあたちの飲み物に混ぜて出したのだ。
これが最善の方法だと思っていたけど、ここまで乱れてしまった彼らを見て、俺は自分がやった行為のヤバさに気づいて真っ青になった。
夕夜と宏海に助けを求めようと思ったが、彼らも目が座った顔をして黙ってジュース——アルコール入りの特製——を飲んでいる。忙しそうにテーブルの間を回っている樹里亞には相談することもできない。
こいつはヤバい状況だ。
もし、ジーンさんに見つかったら……。
「いかがいたしましたか? お嬢様」
俺の背後から頭上を通ってバリトンの良い声が響く。ジーンさんだ。
ああ、もうダメだ。俺はヤクザもビビるあの恐怖の説教を喰らってクビにされるに違いない。
「あたしも
ヤバい。
こんなめちゃくちゃなことを言ってたら、酔ってるのがバレバレだ。
「かしこまりました、お嬢様」
「やったぁー!」
なんですと?
ニコニコしながら一礼するジーンさん。ホントにメイド服を着せるのか?
「お着替えが必要ですから、奥のスタッフルームにどうぞ」
執事姿のジーンさんに優しくエスコートされて、るちあは店の奥に入っていってしまった。てっきり店から追い出されるものだと思い込んでいた俺は拍子抜けしてしまって、彼女をそのまま見送ってしまった。
◇◇◇
ショーの準備のためにスタッフルームに戻った俺は、ジーンさんに呼び止められた。
「あなた、あの子にお酒飲ませたわね?」
あああああ! やっぱりバレてる。
「事務所で酔いを覚ましてもらおうとしたんだけど」
なるほど、それでスタッフルームに入れたわけか。
「でもね、ずぅっと『メイド服が着たい』ってうるさいものだから、特別に着せてあげることにしたわ」
は?
「接客はダメそうだけど、飛び入りとしてアナタのショーに出てもらうから」
俺のショーって……え? 嘘でしょう!
「まさか、彼女にもストリップさせるわけじゃ……ないですよね?」
「もちろん、やってもらうわよ。ショーに出るんだもの、当たり前じゃないの。本人もやるって言ってるわよ。ああそれから、連帯責任としてあなたの教育係の樹里亞にもやってもらうからね。あの子すっごく怒ってたから、あとでちゃんと謝っときなさいよ」
マジですか?
まさか、いくらなんでも女子高生にストリップなんかさせたら問題になるんじゃないのか?
いや、一度きりのことだし、酔った客が勝手にステージで脱いだとかなんとか言ってごまかすつもりかも。
いやいや、それじゃあ彼女たちがマジで裸になるってこと?
酔いが醒めたら、るちあに殺されるな。あるいは夕夜に。
いやそれよりも、樹里亞の方が問題だ。彼女はお酒を飲んでもいない。俺の巻き添えでストリップさせられるのだ。それに、彼女の裸を客たちに見せるのはもっと嫌だ。
俺がぐるぐると悩んでる間に店内に流れる曲調が変わった。『雪緒フラッシュ』のテーマ曲だ。テーブル席から女の子たちの黄色い歓声が沸き上がる。
更衣室のドアが開いて、樹里亞とメイド姿のるちあが現れた。るちあはニコニコしていたが、樹里亞の顔は……よく見えなかった。完全に俺を無視している。ヤバい。
「さあ、アナタたち。頑張ってらっしゃい!」
「ジーンさん。やっぱり俺、こん……ぅわあー!」
なんとか止めてもらおうとした俺の首は樹理亞に掴まれて引きずられていく。
彼女はもう覚悟を決めたというのか!
◇◇◇
いつもはうるさいくらいの音楽も、今はまるで耳に入ってこない。ブラウスのボタンを外そうと動くるちあの手が視界の端に映る。
ホントに脱ぐつもりなのか? 酔っ払って冷静に判断できないんじゃないのか?
それって俺の責任だ。ヤバい。
そうだ!
夕夜がこれを見たら黙っているわけがない。るちあを止めるためにステージに上がってくるハズだ。
俺はテーブル席に夕夜の姿を探す。
でも、希望は絶たれた。ヤツは椅子の背もたれに踏ん反り返って、頭が向こう側に倒れていた。酔いつぶれてやがる。宏海も同じだった。
思ったよりアルコールの量が多かったのかもしれない。
そうこうしているうちに曲がどんどん進んでいく。樹里亞も脱ぎ始めているようだが、恐くて視線を向けることができない。
もう何も考えられなくなっていた。とにかく、ここまできたら彼女たちに遅れをとるわけにはいかない。
俺は大急ぎでボタンを外すと、威勢良くブラウスの胸をはだけた。
スポットライトが激しくステージの上を舐めていく。テーブルやカウンターに座った客たちがみんなこっちに注目している。
驚いている顔。笑っている顔。そしてその中間くらいの微妙な感情。
ブラウスをビスチェから引っ張り出して、背中のホックを外してファスナーを下ろす。体をくねらせながら少しづつビスチェスカートが下がっていくのを意識する。
二人は脱ぐ順番がわかっているのだろうか?
そんな、どうでもいいことをぼんやりと考える。
スカートが床に落ちると拍手が上がった。
ブラもパンツも下着ではなく白いビキニの水着だ。黒レースのガーターが水着の生地の下を通っていた。
ストッキングを留めていたホックを外す。でもまだストッキングは下ろさない。
客たちからざわめきが聞こえてくる。
クライマックスが近づいていることがわかっているようだ。
俺はウィッグの髪をかきあげて、うなじの後ろで結んであったブラの紐に手を伸ばす。
手探りで結び目を探って紐の先端を摘まむと、ゆっくりと引っ張っていく。
結び目が完全に解けてからもしばらく紐を離さない。
ゆっくりと客を見回して、ギリギリまで期待感を煽ってやるんだ。
客だってほとんどが常連だから、この胸が真っ平らなことは知っているハズ。
それでも、俺のこの動き。視線。指先の演技が……。
あれ? なにか忘れてるような……。
ああ、イカン! いつのまにかダンスに没頭してしてた。
俺は左右をすばやく確認する。
るちあも樹里亞ももう水着姿になっていて、俺と同じように両手を首の後ろに回していた。
それ以上はダメだ!
二人のブラ紐がほぼ同時に手から落ちる。
俺が隠さなくちゃ。みんなに見られてしまう!
自分でも驚くほど自然に体が動く。
気がつくと、俺は両手を広げて樹里亞の前に仁王立ちになっていた。
拍手が沸き起こる。椅子から立ち上がって手を振ってる奴さえいる。
いつの間にか曲も終わっていた。
ああ、やってしまった。
樹理亞はなんとか隠したけど、るちあの柔らかな巨乳が衆人環視に晒されてしまったのだ。
るちあ、ゴメン。
心で詫びて彼女を見る。
あれ? なんだこれ?
振り返って樹里亞の胸も凝視する。
やっぱり。こいつら乳首がないぞ。どうなってるんだ?
「あははははー!」
突然、るちあが笑い出す。
「ニプレスだよー。ホントに見せると思った?」
るちあがまだ酔ったままゲラゲラ笑いながら種明かしをする。
乳首が見えなければオーケーなのかよ!
夕夜が酔いつぶれてて良かった。
「あとで覚えておきなさいよ」
真後ろから押し殺した声がする。樹里亞だ。
フロア中から喝采を浴びながら、俺の背筋は凍りついていた。
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