第121話 伝わる緊張
「どうした、ヘレン?」
「ううん……。何でもない」
馬車に戻ってきてから、ヘレンの様子がおかしい。
ため息を何度もついていて、瞑想にも入ろうとはしていない。
「エイミアを派遣することか? 大丈夫だよ、あたしも一緒に行く」
「……、……」
「それに、まだギュール側に使者を立てたばかりだろう? 向こうが受け入れるとは限らないじゃないか」
「そうなのよ。だから、心配なの……」
アイラはヘレンの答えに少し不思議そうな顔をする。
「心配?」
「ええ……。こちらが停戦を持ちかけたことで、かえってダーマー公が攻める意志を固めるのではないかと……」
「ああ、そう言うことか。こちらが楽観的になっていると踏んで、強襲しかねないと思っているのか」
「そうよ。せっかく使者を送ったのに、戦いの呼び水になってしまったら何もならないから」
うーん……。
俺がしているのとは、全然違う心配だな。
だけど、言いたいことは分かる。
相手は兵器の準備も出来ていて、攻めるタイミングを見計らっている段階だからな。
西側の連日の快勝に気を良くしていると受け取られる可能性は低くない。
「なんだ、そんなことか」
「そんなこと?」
「ああ、そうさ。ギュール軍は、ここ二、三日中には兵器を使って攻めてくる。使者を出そうが出すまいがな」
「……、……」
「あたしには分かるよ。ギュール側に戦いの緊張感がみなぎっている」
「……、……」
「それに、さっき皆が会議をしているときにあたしは物見台にいたんだけど、ゴルの丘の上では動きがあったぞ」
「えっ? 見えたの?」
「ああ……。あたしは遠目が効くからね。多分、この砦にいる誰よりも……」
「そう……」
「コール将軍が言っていた円筒形の建物があれだろう。建物が動いていた、間違いない」
「……、……」
アイラの言葉を聞き、ヘレンは下を向いた。
自身であれだけ予想していたことなのに、何だかそうなって欲しくはないとばかりに。
「ヘレン? 戦わないで止めたかったのか、戦争を?」
「……、……」
「だけど、それは無理だぞ。準備が長ければ長いだけ、相手は兵器を使わないでは終われない」
「……、……」
「そんなこと、おまえにも分かっていたことだろう?」
「そうね……」
「だったら、今更、ため息なんかつくなよ。もう、なるようにしかならないんだからな」
「……、……」
「大体、ヘレンは何でも自力で解決出来ると思いすぎだよ。どうにもならないことだっていっぱいある。特に、戦いのことはな」
「うん……」
まあ、アイラほど割り切れないのが普通の人だけどな。
ヘレンが普通の人かどうかは、俺には分からないけど。
「じゃあ、明日の晩ね、ギュール軍が兵器を使って総攻撃をしかけるのは」
「そうだと思う。あとで西側にも行って、ギュール兵が増えていないか確認してくるよ」
「お願い……。西側の陣容が厚くなると言うことは、いよいよ東側を攻めると言うこと。これで相手の出方がハッキリするわ」
「ローレン将軍に言っておかなくて良いのか? 斥候を出しているコール将軍はともかく、ローレン将軍が分かっているようには思えないぞ」
「そうね。ただ、私に指図されるよりは、コール将軍から報告をもらった方が良いと思うの。何かの手違いで斥候が報告をしてこない場合だけ、私が直接話すわ」
ヘレンはそう言うと、顔を上げた。
「ようやく吹っ切れたか?」
「……、……」
「いつものヘレンらしい顔になったぞ」
「私らしい顔って何よ?」
「ふふっ……。何でも分かっているようなすまし顔さ」
「まあっ」
「なあ、コロ……。そう思うだろう?」
「あら……。尻尾を振っているわ。そんなに私って偉そうなのかしら、コロ?」
えっ?
あ、いや……。
偉そうだとは思ってないけど、確かに何でも分かっているような顔をしているよ。
実際、何でもお見通しだしな。
だけど、ヘレンでも悩むんだな。
もっと良い方法がないか常に考えているからなのかもしれないけど、ちょっとは女の子らしい部分もあるんで安心したよ。
アイラなんて、全然女の子っぽくないから。
ほんと、エイミアの女の子っぽさを少しは分けてあげたいよ。
「ところでアイラ……?」
「んっ?」
「一つ聞いても良い?」
「な、何だよ、改まって……」
「大した話じゃないのよ。でも気になっていて……」
「……、……」
「潜伏中に、色々と出掛けたようね」
「あ、ああ……」
「そのときに、ジーンさんはちゃんと町娘風の格好をしたって言っていたけど、本当なの?」
「そ、そうだよ。だって、ジーンがどうしてもダメだって言うから」
「うふふ……。そう、ジーンさんは私の言ったことをちゃんと実行してくれたのね」
「あいつ、文句があるならヘレンさんに言って下さい……、なんて言っちゃってさ。全然、融通の利かない奴なんだよ」
「そう……。では、服も新たに買ったの? エイミアのではきつかったのではなくて?」
「えっ? あ、まあ……。買ったよ……」
「あら、アイラにピッタリの町娘風の格好、私も見たかったわ」
「な、何を言ってるんだよっ!」
「ジーンさんのお嬢さんはなかなかセンスの良い格好をしていたわ。だから、きっとジーンさんが見立ててくれたのなら、アイラも可愛かったのかな、って」
「……、……」
「その服はどうしたの? 持って来たんでしょう?」
「いや……。宿に置いてきた。もう着ないからな」
「あら、勿体ない。砦でもその格好でいたら良かったのに」
「ふ、ふざけんなっ!」
ヘレンは、顔を真っ赤にしているアイラに向かって、少し意地悪そうに笑いかける。
うん……、いつものヘレンだ。
……って言うか、何て切り替えの早さだよ。
俺なんか、さっきからドキドキしっぱなしなのに。
明日の晩か……。
出来れば人がいっぱい死ななくて良いように、早めにダーマー公を捕まえたいな。
戦いだろうが何だろうが、人が死ぬのは嫌だ。
アイラに言ったら笑われそうだけど、敵でも味方でもそれは同じだよ。
この気持ち、エイミアなら分かってくれるかな?
ヘレンだって、本当は分かってくれると思うんだよ。
だけど、もう回避は出来ないんだろうな。
だったらせめて、この一戦で終わるようにしたいな。
俺、そのためだったら何でもする。
出来る限りで……、さ。
「さて……。じゃあ、あたしは西側を見てくるよ」
「私もエイミアと少し話してくるわ」
「いよいよ戦いか……。ふんっ、長かったけど、ようやく暴れられる」
「そうね……。いつも通りのアイラなら、何の問題もなくダーマー公を生け捕れるわ」
「コロの緊縛呪次第だけどな」
「うふふ……、そうね」
お、俺次第?
よ、よせよ。
ただでさえ緊張してきているのだから、これ以上プレッシャーをかけないでくれよ。
俺はヘタレなんだからな。
アイラのように勇気があるわけじゃないし、ヘレンのように沈着冷静でもない。
エイミアのように芯がしっかりしてるわけでもないしな。
何かさあ……。
猫になったら、のんびりと暮らせるはずだったんだけどなあ。
それが今では戦いのまっただ中だよ。
まあ、でも、なるようになるさ。
俺が頑張れば、戦争が終わるはずなんだから。
じゃあ、俺はとりあえず寝るよ。
何かあったら起こしてくれ……。
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