第122話 砦の西側
「おいっ、コロ! 起きろっ!」
「……、……」
アイラ、起きてるよ。
目を閉じていただけさ。
……と言うか、寝られなかったんだけど。
「砦の西側で、ギュール軍が増兵しだしたぞっ!」
「ニャっ?」
「デニール王子が手はずを整えるって言っている。コロ、おまえも来いってさ」
「……、……」
そっか。
いよいよなんだな。
だけど、兵器で攻めてくるのは今晩だよな?
今はまだ日が沈んでないぞ。
俺の出番はそれからなんだから、もう少し放っておいてもらっても良さそうじゃない?
「何だよ? 不満そうな顔だな? まだ、眠いのか?」
「……、……」
「でも、良いからちょっと来い。西側のギュール軍の兵士数が予想より多いんだ。ヘレンは二万そこそこって予想していたけど、あれは完全に三万近い」
「……、……」
「配置に変更が出るかも知れないから、皆、喚ばれてるんだよ」
「……、……」
さ、三万?
それはちょっと多いな。
もしかして何処かから援軍でも来たのかな?
それとも、兵器一台あたりの兵士数に見込み違いがあったか……。
「ダハハハハっ! ギュール軍め、我が精鋭の強さを思い知ったのか、増兵してきましたなっ!」
「うん……。これは相当腰の入った攻めがくると思わないといけないね」
「そうですなあ、デニール王子っ! ですが、心配めさるなっ! このドーソンがいる限り、ギュール兵の三万や四万、撃ち返してご覧に入れましょうぞっ!」
「頼むよ、ドーソン将軍。だけど、これはやはりもう少し西側に兵を割かないといけないね。僕の直轄兵はもちろんだけど、他にも……」
「ダハハハハっ! いっそのこと、全軍をわしが指揮しても良いですぞっ! ダハハハハっ!」
「……、……」
まったく……。
相変わらず感にさわる笑い声だよ。
これだから軍議みたいなところに来るのは嫌なんだよな。
だけど、ドーソン将軍が頑張ってくれないと、いくら東側で兵器を撃ち返しても元も子もなくなっちゃう。
嫌な奴ではあるけど、一応、味方だしな。
まあ、ああやって笑えるくらい活躍してくれれば、それはそれで悪いことではないけどさ。
「ねえ、ヘレン? 西側に増兵したいと思うんだけど、どう思う?」
「私もそれが宜しいかと存じます」
「じゃあ、東側から異動しようかな? それで良い?」
「コール将軍の兵を、千五百ほどドーソン将軍の麾下に入れてはどうでございましょう」
「コール将軍の兵を千五百? それだと、コール将軍の手元には三百くらいしか残らないよ」
「何かのときのために、騎兵を残せばそれで足りるかと……。東側にはローレン将軍もおられますから……」
「うーん……。そんなに割いてしまって大丈夫? 東側は?」
「三万の兵が一度に押し寄せて来るとは限りませんが、用心するにこしたことはないと思います。東側はあくまでも備えですので、やはり、眼前に控える敵軍に対応すべきかと存じます」
ヘレンは、居並ぶ将軍達の前でキッパリと言った。
「そう……。コール将軍はそれで良い? ドーソン将軍の兵に優るとも劣らないコール将軍の兵だから、割いてもらえるのは助かるんだけど……」
「仰せのままに……。我が兵はロマーリア王国の御為にあるのでございます。デニール王子の仰せなら、如何様にも従います」
「うん、ありがとう。では、これが終わったら西側に兵を回してね」
「承りました」
「あ、それと、コール将軍自身は、東側の騎兵隊と共に待機で良いんだよね?」
「はい、そのつもりでございます」
コール将軍はデニール王子に頭を下げると、チラッとヘレンの方を見た。
ああ、これはヘレンとコール将軍で話がついていたな。
こんなこともあろうかと、事前に打ち合わせがしてあったに違いない。
それにしても、コール将軍もすっかりヘレンと意を通じているよな。
最初はあんなに警戒していたのに……。
普通は自分の兵を減らされるって、凄く嫌なことなはずなのに受け入れたってことは、コール将軍がヘレンの策を信じているってことだよ。
つまり、自分の手柄もちゃんと立てられると考えているってことか。
「では、西側の増兵についてはこれで決まりだ。あとは、東側の指揮なんだけど……」
「……、……」
「本当は僕が東側に入るつもりだったんだけど、これはそうもいかなくなったね。増兵したとは言っても、西側は僕が抜けたら危ない」
「……、……」
「ローレン将軍、東側の指揮を任せて良いかな? あなたなら大丈夫だと思うんだけど」
「はっ! 仰せのままにっ!」
「だけど、もし、迷ったり突発的なことが起ったらヘレンに相談してくれるかな? ヘレンの判断は僕の判断だと思ってもらって良い」
「へ、ヘレンでございますか?」
「ああ……。元々東側の備えについては、ヘレンの進言によるところが大きい。戦略的なことについてもヘレンとは何度も打ち合わせているので信頼が置ける」
「……、……」
「まあ、何もないことが望ましいけど、何かあったら……、と言うことだよ、ローレン将軍。だから心配しなくても良いよ」
「ははっ! 仰せのままにっ!」
おいおいっ!
これってある意味ヘレンに東側を任せたってことじゃないか?
デニール王子も思い切ったことをするよな。
ただ、ああ言う言い方をされたら、ローレン将軍だって悪い気はしないだろうし、嫌とも言えないか。
ちゃんと華を持たせてもらってるからさ。
それに、もう、ヘレンは段取りが出来ているから心配していないみたいだ。
「ヘレン……。無茶はしないでね? 信用しているけどさ」
「はい……。身命に誓いましてっ!」
「さて、と……。では、これで軍議を終わるね。解散っ!」
「ははっ!」
「これ、ヘレンっ!」
「はい? ローレン将軍、何でございましょうか?」
皆が席を立つと、ローレン将軍はすぐにヘレンに詰め寄った。
「アイラはどうするのだ? 我が隊に編入しても構わんのか?」
「アイラでございますか……?」
「うむ。砦にたどり着いたときの武勇は聞き及んでおる。相当な腕だとか……」
「出来れば、コール将軍の隊に入れたいのですが」
「騎兵にだと? アイラは馬も操れるのか? 武闘家だと聞いたから、馬上では力が出ないのと違うか?」
「いえ……。アイラは元々剣士でございます。シュレーディンガー家の血を引く者ですので」
「剣士? では、剣も武闘と同じほど使うと申すのだな?」
「はい。剣でも、槍でも、棍でも、武器と言う武器で扱えないものはございません」
「なっ、何ぃ?」
「武闘家と名乗っているのは、普段から武器を使うと己の成長がないからでございます」
「強すぎるから素手で戦っていると言うことか?」
「仰せの通りでございます」
えっ?
そうだったの?
武器も使えるのは知っていたけど、そんな理由があったんだ。
だけど、剣も使えるとは意外だな。
「だが、騎兵では出番がないかも知れんぞ。コール将軍の騎兵は、あくまでも何かのときの備えだ」
「東側の護りは、ローレン将軍の武勇があればそれ以上の備えは必要ありません。私はローレン将軍と将軍の兵をご信頼申し上げておりますので」
ヘレンはそう言うと、ローレン将軍にニッコリ笑いかけた。
それを見たローレン将軍の顔がみるみる内に赤くなる。
……ったく。
ヘレンの奴、旨く言いくるめたな。
もう砦の東側でヘレンの言うことを聞かない者は誰もいないじゃないか。
見てみろよ、あのローレン将軍の顔。
飼い慣らされた犬みたいだよ。
……って、俺もヘレンの意を汲む猫か。
まあ、あまり変らないか。
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