第120話 行くなら皆で……

「おじちゃん……」

「んっ? なんだい、ローラ」

「コロが嫌がってる」

「コロ?」

「うん……。エイミアお姉ちゃんがどっかに行っちゃうのが嫌みたい」

「ローラは、そんなことまで分かるのかい? お利口だね」

「毛がツンツンしているの。それに、体が急に堅くなったわ」

「……、……」

ろ、ローラっ!

 良く言ってくれた。


 そう、俺はエイミアを派遣するのは反対だよ。

 デニール王子、ヘレン、分かってくれよ。


「ローラ……。コロを机の上に置いて」

「うん……。でも、怒っていたら逃げ出さない?」

「大丈夫よ、コロはそんなことはしないわ。私がキチンと説明するから、置いて」

「……、……」

なんだよ、ヘレン?

 俺が納得のいく説明が出来るのか?


 なあ、エイミア……。

 危険なところに行くのは嫌だよな。

 だって、エイミアは人一倍臆病なんだからさ。


 バロール討伐のときだってそうだったじゃないか。

 まだ暗黒オーブを使えない無力な俺を、袋に詰めて連れて行っただろう?

 あれだって怖くて仕方がなかったからだ。

 偶然何ともなかったけど、そんな怖い目に遭うなんて、もう二度と嫌だよな?





「コロ……。良く聞いて」

「……、……」

「あなたがエイミアの心配をしていることは分かっているわ」

「……、……」

「ギュール軍にはどんなオーブの使い手がいるか分からないし、ダーマー公が操られているのなら、エイミアもそうならないか心配なんでしょう?」

「……、……」

そうだよ、その通りだよ。


 だけどヘレン。

 分かってるだけじゃダメだろう?


「私にも絶対にエイミアが安全とは言えないわ」

「……、……」

「ただ、良く考えてみて? エイミアは今のギュール共和国にとって必要な人材だわ」

「……、……」

「エイミアに危害を加えたら、疫病を収めるすべはなくなってしまう。あの緻密な作戦を考えた者が、そんなことをすると思う? 蔓延したら他国に干渉している場合ではなくなるのよ」

「……、……」

そんなことは俺だって分かっているよ。


 だけど、それがエイミアの安全を意味しないことも、ヘレンなら分かっているだろう?

 もし、ダーマー公を操っている奴が、バロールみたいなロリコンの変態だったらどうするんだよ。

 マリーさんを邪険にしたダーマー公みたいだったらどうするんだ?


 エイミアはカワイイからさ。

 きっと、変な奴は放さないと思うぞ。

 エイミアをそんな変態オヤジどもの慰み者にしたいのか、ヘレンは?


「納得してくれていないようね、コロ……」

「ニャっ!」

当然だよっ!

 納得なんて出来ない。


「あなたはエイミアを臆病な子だと思っているみたいけど、そうではないわ」

「……、……」

「覚えている? レオンハルト将軍と戦った日の夜のことを……」

「……、……」

「あなたとアイラは抜け駆けして二人で行こうとしたわね?」

「……、……」

「雷撃に倒れたブランを見て、こんな危険な目に遭わせるわけにはいかない……、って思ったのでしょう?」

「……、……」

「でも、あのときだってエイミアは一緒に行く気だったわ」

「……、……」

「テイカー候の軍勢と戦ったときもそうだったわ。エイミアは躊躇なく一緒に行ってくれた」

「……、……」

「エイミアが行くのをためらうときは、ホロン村の皆が困ってしまうときだけよ」

「……、……」

「今はデニス国王陛下の計らいでその心配もない」

「……、……」

「今回だって、エイミアは行く気よ」

「……、……」

「私には分かるわ。エイミアが何も言わなくても……」

「……、……」

そ、そうなのか……、エイミアっ!


 なあ、ギュール共和国は今まで俺達が行ったところとは違うところだぞっ!

 どんな危険が待ってるか分からないんだぞっ!

 それでも行く気なのか?


「こ……、コロ。わ……、私、行くわ」

「……、……」

「で……、でも、こ……、コロが心配してくれているように、こ……、怖くて怖くてたまらないの」

「……、……」

「い……、一緒に来てくれる? わ……、私、コロと一緒なら大丈夫だと思うわ」

「……、……」

「あ……、アイラもきっと来てくれるわ。み……、皆がいれば、わ……、私は何処へでも行けるわ」

「……、……」

え、エイミア……。


 行くさっ!

 俺は元々そのつもりだよっ!


 だけど、本当に良いんだな?

 アイラや俺がいても、必ずしも危険が回避されるわけじゃない。

 それでも良いんだな?


「コロ。大丈夫よ、私……」

「……、……」

え、エイミアっ!


 うん……。

 俺も頑張るよ。

 絶対に誰にも手出しなんかさせないっ!

 それに、もしエイミアを狙う奴がいたら、手当たり次第に緊縛呪を撃つからさ。


 だ、だけど……。

 エイミアがこんなに勇敢だったなんて……。

 俺と同じように、いつも腰が退けているのかと思っていたよ。


 俺、何も分かってなかったんだね。


 そうか……。

 何も分かっていないのか、俺は……。





「義彦……」

んっ?


 突然、俺の頭の中で、女性の声が響いた。


「聞こえますか? 私の声が……」

あ、暗黒オーブかっ?

「……、……」

き、聞こえている。何だ? 何か言いたいことでもあるのか?

「エイミアの身に危険が迫っていると言うあなたの心配は、間違っていません」

えっ? どうして分かる? もしかして、何か知っているのか?

「ギュール共和国で待っている脅威は、闇を統べるオーブの脅威」

や、闇を統べる?

「……、……」

お、おいっ! 闇を統べるってどういうことなんだよっ!

「……、……」

暗黒オーブ、何とか言えっ!

「……、……」

お、俺にどうしろって言うんだ?

「……、……」

な、なあっ! 暗黒オーブっ!

「……、……」





「こ……、コロ?」

「……、……」

いつの間にか、俺はエイミアの腕に抱かれていた。


 エイミアの頬が、柔らかく俺に触れる。


「コロ~っ、大丈夫よ。あたいも一緒に行くから……」

「……、……」

「ちゃんとエイミアお姉ちゃんを守ってあげる」

「……、……」

ろ、ローラ?

 い、いや……。

 君は、大人しくしててね。

 気持ちはとっても嬉しいけど……。


「そうだよ、コロ……」

「……、……」

「僕も、エイミアが危険に陥らないように、万全の策を講じるよ。もちろん、君の力も借りたいし、アイラにも一緒に行ってもらわなければならない」

「……、……」

「僕だけの判断では不安だと言うのなら、ちゃんと国王に判断も仰ぐよ」

「……、……」

「裁きのオーブの言うことなら、信頼してもらえるだろう?」

「……、……」

「見棄ててはおけないんだ、ギュールの国民だって」

「……、……」

「だって、彼等は何の罪もないんだよ」

「……、……」

「僕は、自分の国さえ良ければそれで良いとは思わない」

「……、……」

「分かってくれるかな? コロ……」

「……、……」

「エイミアも、きっと同じ気持ちだと思うよ」

「……、……」

デニール王子……。


 気持ちは分かった。

 エイミアが、困っている人を見棄てられないのも分かったよ。


 だけど、相手は闇を統べるオーブなんだそうだよ。

 エイミアに危険が迫っていることは間違いないらしい。


 だから、絶対に万全の態勢でのぞんでくれよ。

 頼むよ。


 お、俺……。

 エイミアの身に何かあったら、生きてはいけないよ。

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