第119話 説得
「ふむ……」
デニール王子は、ローラの叫ぶような告白を聞き、少しうなずいた。
「そうか、では、ローラが雨を降らせたことは間違いないんだね?」
「うん……」
「何度も言うけど、ローラを責めてはいないよ。ローラも辛かったのだろうし、マリーさん達を可哀想に思ったんだろう?」
「……、……」
デニール王子は話しながらスッと席を立つ。
そして、ローラの隣まで行くと、優しく頭を撫でる。
「僕もね、オーブを使えるんだ。ローラと同じように」
「おじちゃんも?」
「そうだよ、オーブは時折優しく話しかけてくるよ」
「あたいのオーブも喋るわ」
「そう……。どんなことを喋るんだい?」
「オーブの力を悪いことに使ってはいけない、って」
「うん……」
「みんなが喜ぶことをしないさい、って」
「そうだね」
「あたいにはお父さんがいないけど、本当のお父さんもこうやって喋るんだと思うわ」
「そう……。じゃあ、オーブはローラが雨を降らせたことを何て言っていたの?」
「向こうの国にいるときは、あたいがぶたれないために降らせて良いって」
「……、……」
「でも、こっちに来てから、オーブがお喋りしてくれなくなっちゃって……」
「……、……」
「あたいのこと嫌いになっちゃったみたい」
「ローラはそれでも雨を降らせたんだね?」
「う、うん……」
「そのとき、ローラの心は痛くなかったかい?」
「あ、あたい……」
「良いんだよ、正直に言ってごらん」
「最初は、何ともなかったの。でも、段々、胸がきゅうっとなって」
「……、……」
「今は、チクチクするの」
ローラはそう言ってうつむいた。
デニール王子は隣の席に座ると、ローラを膝の上に乗せる。
「ローラはコロもオーブを使えることを知っているかい?」
「うん……。馬車で黒いのをいっぱい出していたのを見たわ」
「そう……。僕はまだ見てはいないんだ。だけど、オーブが綺麗に光っているのは見たよ」
「あたい、袋に触ってはいけないってクリスおじちゃんから言われたの。だから、まだ光ってるのは見てないわ」
「ちゃんと言いつけを守ったんだね。偉いよ」
「……、……」
「ローラはコロがオーブを使ったときに、どう思った?」
「どう?」
「悪いことをしていると思ったかい? それとも、偉いと思った?」
「偉いと思った! だって、みんなを守ってくれたんだもん」
デニール王子は、話しながら俺の首輪に手をやる。
「ほら、こんなに光っているだろう? コロのオーブは」
「キレイ……。あたいのよりいっぱい光ってる」
「ローラのオーブは光るのかい?」
「ちょっとだけ……」
「そう……、僕のは光らないよ。ちょっと艶々するだけで……」
「……、……」
「オーブが光る人は、オーブといっぱいお話しが出来る人なんだ」
「コロも?」
「そうだよ。コロは人間の言葉が分かるんだ。だからいっぱいお話しをしているよ」
「……、……」
「そんなコロが、オーブが言っているのと違うことをすると思うかい?」
「しないわ。コロは……」
「そうだね。なら、ローラもオーブの言うことを聞こう。嫌われたままでは嫌だろう?」
「うん……」
「じゃあ、心の中で謝ってごらん。きっとオーブは応えてくれるからね」
「……、……」
じ、実は、暗黒オーブはあまり話しかけてこないぞ、デニール王子。
俺は何度も話しかけてはいるけどな。
「おじちゃん……?」
「どう? オーブは応えてくれた?」
「ううん……」
「そう……。じゃあ、もう、人が困るような雨の降らせ方はしません、って言ってごらん。約束出来るだろう?」
「うん……」
「約束すれば、近い内にまたオーブは応えてくれるよ。大丈夫、オーブはローラのことを嫌ってなんていないさ」
「本当?」
「本当だよ。約束を守れば、きっとオーブはまた喋ってくれるよ」
デニール王子は、ローラの両肩をそっと掴むと、顔をのぞき込む。
そして、また優しげに微笑むのであった。
「さてと……。これでギュール側に雨が降ることはなくなった」
「……、……」
「だけど、もうそんなに疫病が蔓延しているのだとすると、これが治まるのは容易なことではないよね? エイミア」
「そ……、そうだと思います。ち……、治療法がなければ、か……、隔離しても治りませんから」
「じゃあ、早急に治療しなかったら、その内とんでもないことになるね」
「は……、はい」
エイミアは心配そうにうなずく。
「ヘレン、どうしたものかな? 僕は手を差し伸べてやりたいと思うんだけど……」
「エイミアを派遣することを、ダーマー公に提案なさるのですか?」
「ああ……」
「ですが、疫病が治まれば戦争は終わりませんが……」
「そうだね、それは僕も分かっているよ。だけどさ、僕はずっと砦の皆が辛そうにしているのを見てきたからね。クリスとエイミアがいてくれなかったら、今頃、砦は陥落していたよ」
「そうですね。仰せの通りだと思います。ですが、デニール王子……。ダーマー公が素直に提案を受け入れるでしょうか? 提案を受け入れると言うことは、何らかの形で停戦をすると言うことです。兵器の使用を控えているギュール軍が、それに応じるとは……」
「うん……。ダーマー公が素直に言うことを聞くはずがないね。それでも、提案くらいはしてみたらどうだろう? 申し入れて向こうが拒否してきたら、それはそれで仕方がない」
「……、……」
「僕らはギュール共和国の施政者ではないからね。それ以上のことは出来ないよ」
「そうでございますね。では、使者の用意をなさらなくてはいけませんね」
「ああ……。書簡で良いと思うんだ。本当はヘレンに行ってもらって説得してもらうのが良いのだけど、それだと捕まってしまいそうな気がする。そんな危険は冒せない以上、書簡で済ませよう」
「仰せのままに……」
えっ?
デニール王子っ!
俺は反対だよっ!
もし、向こうが提案を受け入れて、エイミアがギュール軍に捕まったらどうするんだよっ!
ダーマー公って危ない男らしいじゃないか。
マリーさんだって散々泣かされてきてる。
それに、操られているんだろう?
だったら、エイミアも操られちゃうじゃないか。
ヘレンもヘレンだよ。
エイミアの心配をしないで、デニール王子の言うことをホイホイ聞いちゃってさ。
らしくないよ。
いつものヘレンなら、きっぱり断ってくれそうなものじゃないか。
それとも、エイミアが派遣されるようなことはないって確信しているのかい?
ダーマー公が絶対に提案を受け入れないって。
だけど、直情的な男って言うのは、何を言い出すか分からないぞ。
人間のときの俺の上司なんか、しょっちゅう言うことが変わったしな。
俺が散々忠告してやってそれを無視してきたのに、ある日突然掌を返すんだからな。
なあ、分かっているのか?
人の上に立つ人間が、必ずしもデニール王子やデニス国王みたいな良い人とは限らないんだよ。
賢いヘレンなら、そんなことちゃんと分かっているだろう?
だったら、親友のエイミアを危ないめに遭わせないでやっておくれよ。
もし、エイミアが派遣されることになったら、俺も一緒に行くよ。
だって、そうじゃなかったら操られちゃうからさ。
小手をずっとエイミアに装着させて、何かあったら緊縛呪を何発でもぶっ放す。
そのくらいの覚悟はあるよ。
だけど、それで本当にエイミアの安全が守れるのか?
敵の中に飛び込むんだぞ?
なあ、ヘレン……。
デニール王子も、考え直してくれよ……。
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