第118話 ローラの言い分

「あ、コロ~っ。どこにいたの? 捜したのよ」

「……、……」

馬車から出てちょっとしたら、すぐに見つかってしまったよ。

 ローラって本当に鋭いんだよな、色々な意味で。


「ほら、エイミアお姉ちゃんはお仕事があるんですよ。だから、あたいと一緒にお散歩しましょ」

「……、……」

「お約束してたのに、忘れちゃった?」

「……、……」

や、約束?

 した覚えはないけどなあ。

 そんなに悲しそうな目で見つめられると、そうは言えないけど……。


 あ、ダメだよ、今は……。

 これからデニール王子のところでまた重要な話し合いがあるんだから。

 砦はこれから大変なことになる。

 だから、今はのんびり散歩なんてしていられないよ。


「あ、ローラ……。ちょうどいいわ、一緒に来てもらえるかしら?」

「……、いやっ! あたい、コロとお散歩するんだもんっ!」

「そう……。コロも一緒に行くんだけど……」

「こ、コロも?」

「そうよ。コロもローラと一緒の方が嬉しいと思うわよ」

「そうなの? うん、あたいも行くっ! コロ、やっぱりあたいと一緒にいたいのね」

へ、ヘレンっ!

 いい加減なこと言うなよ。

 本気にしたらどうするんだ?

 ローラは子供なんだからさ。


 え、エイミア……。

 ローラに俺を渡さないでくれよ。

 ローラは小さい手でギュッと握ってくるから痛いんだよ。

 あ、ダメだよ……。

 渡したらダメだったら。





「初めまして……。君がローラだね? もう、身体は良いのかな?」

「……、……」

「そんなに怖がらなくて良いよ。おじさんはデニール、コロのお友達だよ」

「お友達?」

「そう……。コロも、ヘレンも、アイラも、エイミアも、マリーさんも、クリスもみんなお友達だよ」

「みんなとお友達なの?」

「そうだよ。だから病気の君が心配だったの。ローラともお友達になりたかったから……」

「あたいとも?」

「うん」

「……、……」

デニール王子は、屈んでローラに話しかける。

 太っているので少々窮屈そうにしているが、優しそうな微笑みは本当にローラと友達になりたいと言っているように感じる。


「さあ、ここにお座り……。今、ジュースを持ってきてもらうからね」

「……、……」

「これから、お姉ちゃん達とちょっとお話しをするから、ここでコロと待っていてくれるかな?」

「うんっ!」

ローラはデニール王子を気に入ったのか、ニコニコしながら俺を撫でている。


 デニール王子……。

 独身なのに子供の扱い方が旨いな。

 ……と言うか、この人、誰にでも同じように接する人なのかな?


 まあ、ローラの気持ちも分かる。

 この人、本当に良い人だよ。

 俺もデニール王子が好きだよ。

 こんな人、滅多にいない。


「さて、ヘレン……。何か用かい?」

「お忙しいところ申し訳ございません。重大な報告がございましたので参りました。お人払いをお願いいたします」

「人払い? ローラはどうするの?」

「ローラにも聞きたいことがございますので、彼女はこのままにて……」

「えっ?」

「ローラにも関係したことでございます」

「そ、そう……。じゃあ、ジュースが来たら人払いをしようか」

「お願いいたします」

ヘレンの深刻そうな口調に、デニール王子も表情を引き締める。

 そして、お付きの兵にジュースを持ってくるように言うと、不思議そうな顔でヘレンとローラを見較べるのだった。





「これで良いかな?」

「はい、お手数をおかけいたします」

ジュースを運んできた兵に人払いを命じると、デニール王子は言った。


「……で、重大な報告とは何? ヘレンが言うのだから、よほどのことなんだろうけど……」

「ギュール共和国側の疫病の件でございます」

「えっ? もう、何か分かったの?」

「はい……。今し方、情報屋から報告がありました」

「……で、重大と言うことはかなり拡がっているってこと?」

「はい……。私の予想より遥かに……」

「ヘレンの予想より?」

「情報屋によりますと、五軒に一人は患者が出ているとか」

「そ、それ、本当なの? 潜伏していたアイラやジーンは、全然そんなことを言っていなかったよ」

「それが……。ギュール内に隔離施設があるようなのですが、何処も疫病の患者で満杯なのだそうです。その上、急遽、地下室を造りだした家が増え、穴掘りの職人がいくら掘ってもおいつかないのだとか」

「じゃあ、本当に蔓延しちゃってるってこと?」

「はい……。間違いございません」

デニール王子はヘレンの報告を聞き、何とも言えない表情を浮かべた。


「ねえ、エイミア……。疫病がこんな拡がり方をするものなのかなあ? 僕にはどうも信じられないんだ。君は専門家だから何か分かるだろう? こういうことって起り得るのかい?」

「で……、デニール王子。ふ……、普通はそういうことは、お……、起りません」

「そうだよね、そのはずなんだ。僕も領内で他の疫病が流行ったことがあって対応したけど、そんなにあっという間に拡がるもんじゃないんだよ。一応、対処もしてあるなら」

「で……、ですが。こ……、今回は拡がるように思います」

「どうして? 何か、特別な理由でもあるのかい?」

「あ……、雨が降っているそうです。ぎゅ……、ギュール側で……」

「雨? えっ、それってもしかして……」

「ろ……、ローラだと思います。み……、水のオーブの力でございましょう」

デニール王子は驚いた表情でこちらを向く。


 お、おいっ、ローラっ!

 突然、自分のことを言われたからって、俺の尻尾を握らないでくれよ。

 それ、弱いんだからさ。


「あたい、何も知らないっ!」

「だけど、向こうでそんなに疫病が拡がるほど雨が降るなんて、聞いたことがないんだよ」

「……、……」

「良いかい、ローラ。おじさんは怒っているわけではないんだ。だから、本当のことを言ってごらん」

「でも、ヘレンお姉ちゃんは怒りそうだもんっ!」

「そんなことはないよ。なあ、ヘレン?」

「本当に?」

「ああ、誰もローラを責めてはいないよ。だけど、本当のことが知りたいんだ。これから何をするか考えなくちゃいけないからね」

「……、……」

「困っている人がいっぱい出ているみたいなんだ。その人達を放ってはおけないだろう?」

確かにヘレンは怒ると怖そうだけど……。

 でも、そう言うことじゃないぞ、ローラ。


 ほら、デニール王子なら怒らないよ。

 それに、実はロマーリア王国のためになってるしさあ。

 だから、言ってごらん。


「困ってる人が出ても良いの、あたいっ!」

「ろ、ローラ?」

「だって、あっちの国の人、あたいに意地悪したんだもんっ!」

「……、……」

「マリー小母さんのこともいじめたし、いつもあたい達に雨を降らせろって命令するんだもんっ!」

「……、……」

「オルカお婆ちゃんなんか、それで病気になっちゃって何処かに行っちゃった」

「……、……」

「外に出ちゃいけないって言って、何度もぶたれたもんっ!」

「……、……」

「だから、あっちの国の人がどうなったって良いんだもんっ!」

「……、……」

「あたい、悪いことなんてしてないもんっ!」

「ろ、ローラ……」

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