第117話 つかの間の休息

「コロ~っ? 何処にいるの? ねえ、コロ~っ?」

「……、……」

ろ、ローラ……。

 俺、今、重要な話し合いが終わったばかりなんだよ。

 悪いけど、ちょっとだけ寝かせてくれないかな?


「コロ~っ? お散歩の時間です~っ。何処~っ?」

「……、……」

お、お散歩は独りで行ってくれよ。


 ……と言うか、もうすでに外を出歩いてるじゃないか。

 大丈夫なのか?

 まだ、身体が十分じゃないような気がするぞ。


 ちょ、ちょっと……。

 アイラは何で笑ってるんだよ。


 声を立てるんじゃないぞ。

 馬車の中にいるのが見つかっちゃうからな。


「コロ……、行っちゃったぞ。おまえ、そんなにローラが嫌なのか?」

「ニャっ?」

「さっきからずっとそわそわしているじゃないか。捜しているの分かってるんだろう? だったら、出て行ってお散歩してあげればいいじゃないか」

「……、……」

だからさあ……。

 俺は眠いんだよ。

 嫌いなわけじゃないんだ。

 本当だぞっ!


 ホロン村にいたときは、いつもお昼寝の時間にしてたんだからさ、午後の一時は……。


 ああ、そう言えば、定食屋のおばさん元気かな?

 ブランが亡くなったときは気を落としていたけど……。

 毎日元気にシチューを作っているんだろうな。


「ふふっ……、コロ。またローラの足音がするぞ」

「……、……」

「この砦に小さい子なんてローラだけだからな、すぐ分かる」

「……、……」

何を言っているんだよ。

 そんな足音で誰だか分かるのはアイラくらいだよ。


「んっ?」

「……、……」

な、何だよ。

 突然、鋭い目つきで見るなよ。


「情報屋だ。あいつ、帰ってきてる」

「ニャっ」

「うん、この忍び足は間違いない」

「……、……」

アイラが言い終わるやいなや、幌がめくれた。


「あ、ここでしたか。ヘレンさんはいますか?」

「何だよ……。今日は前と同じ格好じゃないか。さすがに情報屋も砦にいるときには兵士の格好じゃなきゃダメか?」

「だって、あんた達には隠せないんだから仕方がない。それに、ちょっと気に入ってるんです、このロマーリア兵士の格好が」

「ふんっ、まあ、勝手にしろ。ヘレンなら今、ローレン将軍と打ち合わせ中だ」

「じゃ、じゃあ、ここで待たせていただきますか」

「……、……」

「あ、コロさん、ちょっと前を失礼しますよ」

「……、……」

ああ、……。

 確かに腰が悪そうだな、情報屋。

 屈むと辛そうだもんな。


 ……って言うか、おまえ、一体何歳なんだ?

 良く見ると、結構年がいっているように感じるけど……。





「調べは終わったのか?」

「ええ、まあ……」

「成果の程はどうだい? 疫病は蔓延してるか?」

「あ、いや……、それは」

「んっ? ああ、そうか、報酬なしじゃ話せないのか」

「へへっ、そう言うことで……」

情報屋は、抜け目なく笑ってごまかす。


「あ、そうそう……。アイラさんに言おうと思ってたんだ」

「何を?」

「ジェラルドさんのことですよ。まだ砦に着いてないでしょう?」

「ああ……」

「実は、今、ジンさんのところに行ってるんでさあ」

「ジンのところ? 見舞いのつもりか?」

「そのようですね。だけど、もう次は砦に来るはずですぜ。本人がそう言ってたらしいので……」

「そっか……。まあ、父さんが遅れるのにはそれなりのわけがあるとは思っていたんだ。だから、心配はしてなかったんだけど」

そう言いながら、ちょっと寂しそうな顔をしてるね、アイラ。


「……って、情報屋。あたしに情報をくれても、もう報酬の情報はないぞ」

「へへっ、分かってますよ。これはサービスです。前に報酬をもらっちゃってますしね。それに、おいらが来るって言ってまだ着いてなきゃ、嘘を言ったみたいで寝覚めが悪いしさ」

「ふんっ、妙なところに律儀だよな、おまえって……」

「妙なところはひでえなあ。おいら、相当律儀な方だよ」

……と言うか、ちょっと寝たいから静かにしてくれないか?


 俺、こう見えて結構神経質な方なんだよ。

 側で喋られてると、寝られないんだ。


 うーん……。

 こんなことなら外で寝ようかな?

 だけど、外にはローラがいるしなあ。


 ああ、コール将軍、早く猫をいっぱい連れてきてくれないかな?

 そうすればローラだって俺には構わないはずだからさ。


 あ、でも……

 何だか急に睡魔が襲ってきた。


 アイラと情報屋は何か喋ってるみたいだけど、それももう……。





「コロっ、起きて……」

「ニャ?」

「皆揃ったから、情報屋さんから話しを聞くわ」

「……、……」

うーん、ヘレン?

 あ、エイミアもお疲れ様。


 何か、あまり寝てないような気もするけど、意外とサッパリと目覚めたかな?


「また凄い報酬をもらっちゃったから、キッチリ調査したことを話しますよ」

「お願いします。この情報いかんでは、戦争の行方が左右されますので」

えっ?

 何、報酬って、何を話したの?


 俺、寝てて聞いてないんだけど……。


「ヘレンさん……。疫病なんだけど、凄い勢いで広まりだしてるよ」

「そう……」

「ギュール共和国には疫病の隔離施設が幾つかあるんだけど、そのどれもが満杯なんだ。それに、急遽、地下に部屋を造った家が無数にある」

「……、……」

「これは、地下の穴掘り専門の親方に聞いたんだけど、いくら職人を雇っても間に合わないそうなんだよ、依頼が多すぎてさ」

「そのすべてが疫病のためなんですか?」

「ああ、そう言っていたよ。六人の親方に聞いたけど、皆、同じことを言っていた」

「だとすると、何軒に一人くらいの割合なんでしょうか?」

「そうだなあ。大体、五軒に一人くらいの割合で隔離していそうだよ」

「ご、五軒ですか? それは多いですね。どうしてアイラが潜伏しているときには分からなかったのかしら?」

「あ、それが、どうも水の魔女が失踪してかららしいんだ。だから、ここ一週間くらいで爆発的に増えたって話だよ」

「水の魔女が失踪してから?」

「ああ、何でも、やたらと雨が降るんだそうで……」

「ま、まさか……」

「いや、おいらもまさかと思ったんだけど、どう考えても誰かがギュール側に雨を降らせているとしか……」

「……、……」

ローラだっ!

 間違いない。


 だけど、全然そんな素振りを見せてなかったけどなあ?

 ……と言うか、もしかしてローラにはそのくらいのこと当たり前に出来ちゃうのかな?

 あ、そう言えば、水の魔女とは言っても、ほとんどローラが雨を降らせていたんだっけ。


「そう……。そんなに疫病が蔓延しているのなら、兵器が使われる日も近いわ」

「そうかも知れないですね。肝心の兵士が倒れてからじゃ、兵器だって使いようがないですしね」

「情報屋さん、ギュール軍ではどのくらい広まっているのでしょうか?」

「計算してみたんだけど、大体、一割ちょっとかな。まあ、まだこの砦で蔓延したときほど酷くないけど、これから増えることを考えたら相当深刻だと思うよ」

ヘレンは深くうなずいた。


 そして、エイミアを見ると、

「間違いなく交渉材料になるわ。エイミア……、一緒にデニール王子の部屋に来てくれる?」

「わ……、私?」

「そうよ。一緒に説明してちょうだい」

「う……、うん」

そう言うと、ヘレンは幌をめくり、素早く馬車を降りた。

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