第116話 停戦の鍵はエイミア

「こ、交渉材料って何だよ?」

「アイラ……。あなたはこの間エイミアが言っていたことを聞いていなかったの?」

「エイミア? ああ、ギュール側にも疫病が拡がってるって話しか?」

「そうよ……」

アイラはそれのどこが交渉材料なのか、分かりかねるようだ。


「ちょ、ちょっと待って。そのギュール側に疫病が拡がっているって、本当なの?」

「デニール王子、まことでございます。現に、ローラは疫病にかかっていましたわ」

「それは分かっているけど、ローラだけが特殊なケースと言うことはないの?」

「それについては、エイミアから説明させます。その方が良いと思いますので……」

ヘレンはエイミアに向かってうなずいて見せる。


 ……って、ほら、エイミア。

 ちゃんと説明しなよ。

 だ、ダメだったら、俺に頬ずりしてる場合じゃないよ。


「あ……、あの」

「んっ? あ、そんなに緊張しなくて良いよ。エイミアが思ったことを話してごらん。聞いたことをどう判断するかは僕の責任だから、心配しないで」

「は……、はい。そ……、その、ろ……、ローラのことなんです」

「うん……」

「あ……、あの子は建物の地下に、か……、隔離されていました」

「そうだね。それは僕も聞いたよ」

「か……、隔離と言うのは、え……、疫病に対しては、か……、かなり有効な手段なんです」

「そう……。僕なんかは、そんな酷いことをするのかなあ、と思っちゃうけど?」

「も……、もちろん、ろ……、ローラみたいに隔離される人には、ひ……、酷いことです」

「……、……」

「で……、ですが、ち……、治療法がない疫病でしたら、こ……、これ以上拡がらないことは、け……、結局、病気を治しているのと同じなんです」

「そうか……。まあ、それはそうだね。蔓延してしまったら、多くの病人が出てしまうものね」

「は……、はい。で……、ですから、ギュール側で隔離と言う手法が採られていたと言うことは、ぎゅ……、ギュール側にも疫病の知識があると言うことなんです」

「そうね。治療法がないなりに最善の対応をしたと言うことだからね」

「ち……、知識があると言うことは、びょ……、病人もいると言うことです」

「んっ? どうして?」

「み……、未知の病気への正しい対処方は、お……、多くの病人がいて、そ……、その人達への数々の対処を踏まえて、か……、確立されますから」

「つまり、病人のいないところには対処法が確立されないから、ギュール側がちゃんと対処したってことは疫病の患者が多数いるってことだと言うんだね?」

「そ……、その通りでございます」

「なるほど……」

エイミアは顔を真っ赤にしながら、ようやく説明し終えた。


 デニール王子は、そのエイミアに、

「良く分かったよ、確かにギュール側にも患者はいそうだね」

と微笑みながらうなずいた。





「デニール王子……。今、情報屋に依頼し、その辺りの詳しい事情を探ってもらっています」

「えっ? もう、手を打ってあるの?」

「はい……。本当に交渉の材料になり得るか、デニール王子にご判断いただきたいと思いまして……」

「そう……。まあ、そうだね。多数いる……、と言うだけでは、交渉材料になるかどうかは分からないからな。たとえば、街によっては十人に一人の割合で疫病にかかっているとかってことなら、これはかなりの脅威だからね。施政者としては放ってはおけないと思う」

「はい……。ただ、ギュール側に潜伏していたジーンさんとアイラに尋ねたところ、そのような徴候は見られなかったとか。マリーさんにも確認しましたが、同様の答えでございました。しかし、ローラもそうでしたが、疫病に関してはかなり極秘に扱われているようなのでございます。ですので、実態を知るには、情報屋の力が必要だと判断いたしました」

「うん……。凄腕なんだって、その情報屋は? 僕も噂だけは聞いたことがあるよ」

「じ、実は、先日までこの砦にもおりまして……」

「何だって?」

「デニール王子も、一度ご覧になられておられます」

「そ、そうなの?」

「神出鬼没な人ですので、次はどんな格好で現れるかは、私にも分かりません。ですが、請け負った仕事はキッチリとやり遂げますので、情報の精度に関しては信頼が於けるものがございます」

「うん、分かった。じゃあ、情報屋から連絡があったら、すぐに僕にも報告しておくれ。これはとても大事なことだからね」

デニール王子はそう言うと、視線を上げて少し考えるような表情をする。


「……と言うことはさあ、ヘレン。疫病の治療法を改良したエイミアそのものが交渉の材料と言うことになるのかな?」

「仰せの通りでございます」

「クリスも一生懸命やってくれてはいたけど、それでも治療には相当な時間がかかったものね。重症の者は亡くなりもしたし。だけど、エイミアの治療法は、その何倍も治りが早いものね。もし、ギュール側で深刻なほど患者がいたら、マルタ砦なんか問題じゃないほどの重大事だよ」

「……、……」

「蔓延したら、それこそ戦争どころじゃなくなるしね」

「……、……」

「そうか……。そう考えてみると、停戦するためには、ダーマー公の生け捕りが必須だし、その交渉が成立するとギュール側にも多大な恩恵がもたらされる可能性があるのか」

「……、……」

「……って、ヘレンはいつから交渉して停戦することを考えていたの? もしかして、かなり前からなんじゃない?」

「仰せの通り、コロが暗黒オーブの使い手と分かる前からでございます」

「えっ、そんな前から? じゃあ、疫病がマルタ砦で蔓延していたことも知っていたってこと?」

「はい……。エイミアから、クリス叔父様がなかなか帰れないと聞いておりましたので……。マルタ砦では膠着状態が続いているのに、薬師であるクリス叔父様が帰れないのには、わけがあるのだろうと……」

……って言うか、ヘレン、凄すぎるだろ。

 一国民に過ぎないのに、軍事機密まで察知しちゃうなんてさ。


 だけど、同じくらいエイミアも凄いよ。

 だって、ヘレンがいくら凄くても、治療法を確立したのはエイミアなんだから。

 エイミアの能力ありきでヘレンもすべての戦略を立てている。


 ああ……。

 俺って、なんて凄い三人と出逢ったんだろう。

 エイミアがいなくては戦略の礎さえ築けないし、アイラがいなければ数々の困難は乗り越えて来られなかった。

 ヘレンはすべてを見通しながら、二人に絶対の信頼を置いている。


 こんな凄い巡り合わせって、偶然とは思えないよ。

 誰かが予め決めていたように思えないか?


 あ、それに、一応、俺も暗黒オーブの使い手か。

 もしかして、暗黒オーブは三人がいたから俺をコロの身体に喚んだのかな?


 なあ、暗黒オーブ……。

 答えておくれよ。

 俺も必要とされていたってことなのか?

 三人と同じように……。


 しかし、いつものように暗黒オーブからのいらえはなかった。

 だが、俺にはちょっと暗黒オーブが微笑んだように感じられた。

 

 

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