第113話 ヘレンの策

「ヘレン……、大事な用と言うのはなんだい? もしかして、例の兵器のことかい?」

「仰せの通りにございます」

「えっ? 何か新しいことが分かった?」

「はい……。コール将軍のご尽力により……」

デニール王子の部屋には、デニール王子、コール将軍、エイミアと俺、アイラ、ヘレン、ジーンが集っている。

 ただ、この集いは砦の他の将軍には知らされず、極秘裏に行われている。


「ご報告申し上げます」

「うん、コール将軍……」

「ヘレンから依頼があり、ゴルの丘を斥候に調査させました結果、崖の上に円筒形の建物が無数に確認されてございます」

「円筒形? それって、兵器の……」

「建物は、窓も付いておらず入り口しかない上に、天井部は簡素な板で覆われているだけです。まず間違いなくヘレンの言う兵器のパーツかと」

「そう……。でも、さすがコール将軍だね。軍議から二日で調べ上げるなんて」

「お褒めに与り光栄にございます」

「うん、分かった。それで、ヘレン、これからどうするの? 君のことだから、ちゃんと対応策も考えてあるんだろうね?」

デニール王子はコール将軍にうなずくと、ヘレンに視線を移した。


「デニール王子様、本日はそのことでコール将軍にもご足労いただきました」

「ヘレンっ! 何度言ったら分かるんだよ。様はいらないと言ってるだろう?」

「失礼いたしました。デニール王子……」

「もう……。面倒だから、何度も言わせないでくれよ」

……って、デニール王子。

 それはヘレンが可哀想だよ。


 だってさ、他の将軍と同じように「デニール王子」ってヘレンが呼んだら、聞いてる砦の者は何様って思うに決まってるからさ。

 だから、何度言われてもヘレンは様を付けるんだよ。

 私は砦の偉い皆様を立てています、ってアピールしているのさ。


 へへっ……。

 俺にも段々ヘレンが分かってきたよ。

 凄く細かいことまで気を遣っていることもね。

 ねえ、エイミア。

 そう思うだろう?





「兵器が存在することが明らかになった以上、それが使われる日も近いと言えると思います」

「うん、そうだね。そのための西側の攻撃だろうからね」

「はい、西側は陽動でございましょう。現在、西側の近くにダーマー公の本営もございますが、あれもダミーに違いありません」

「なるほど……」

「兵器が使用される時には、ダーマー公は必ず東側に本営を置きます。これは内密に行われるでしょうから、本営の旗は立っていないと推測されます」

「……、……」

「ですが、西側をダミーと悟られてしまっては元も子もないですので、西側にはそれ相応の兵力を振り分けるはずです。現在は、一万ほどの軍が西側近くにいますが、兵器が使われる日は全軍の半分、二万五千ほどが西側に集結するものと思われます」

「……、……」

「残りの二万数千が東側の兵器の策略に動員されるものと推察されます」

「うん……、そうだろうね。もちろん数字の誤差はあるだろうけど、大筋で正しいと思う。続けて……」

デニール王子は大きくうなずき、話の続きをヘレンに促す。


「作戦の主旨をご説明する前に、一つデニール王子にお詫びとご了解をお願いいたします」

「詫び? 何かやらかしたの、ヘレンが?」

「いえ……。そうではございません。コール将軍に、コロのことをお知りになっていただきましたので、そのお詫びとご了解でございます」

「ああ、そう言うことか。王命だったものね、コロの秘密を口外しないことは」

「はい……。ですが、コール将軍には対兵器の策略では重要な役割を担っていただきますので、必要上申し上げました」

「うん……、了解した。この件に関しては、後々是非を問われるようなことがあっても、僕が全責任を負うよ。大丈夫……」

そう言ってくれると助かるよね。


 デニール王子って優しいだけじゃなくて度量も広いんだよなあ……。

 普通言わないよ、全責任を負う……、ってさ。

 まあ、国王の息子だから大丈夫だと思っている部分もあるのだろうけど、裁きのオーブがダメ出ししたらデニール王子だってただじゃ済まないだろうし。


 それだけ、ヘレンに信頼を置いているってことかな?

 嬉しいよね、信頼されるってさ……、ヘレン。





「では、作戦の主旨をご説明申し上げます」

「うん……」

「東側に殺到する兵器を撃退しつつ、ダーマー公を生け捕りにします」

「なっ! ……」

「ご不審は当然あろうかと存じますが、まずは私の説明を聞いていただきたいと思います」

「だけど……、そんなことが出来るのかい? もちろん、ダーマー公を生け捕りに出来れば大きいのだけど……」

「はい、可能でございます。そして、それは兵器が使われるときが唯一の好機なのでございます」

「……、……」

デニール王子だけでなく、コール将軍も驚愕の表情を見せた。


 アイラは、対照的にニヤリと笑みを浮かべる。

 その表情は、

「面白くなってきた……」

と言わんとばかりだ。


「兵器はおよそ十機だと思われます」

「……、……」

「円筒形のパーツの大きさからすると、内部の階段は三人ないし四人が同時に通るのが精一杯でございましょう」

「……、……」

「兵器は重量がかなりございます。ですので、かなりの数の馬で引くものと思われます。その辺りも鑑み、兵器一機あたりの兵士の数は、二千人ほどと推察されます」

「う、うん……。つまり、兵器にかかりきりになる兵士が二万人になるから、本営の陣が手薄になるってことが言いたいんだね?」

「仰せの通りでございます」

「だけど、その一機につき二千人って言うのは、確かな数字なのかな?」

「移動にかかる兵士数と下で援護をする兵士数、そして、肝心の砦に乗り込むためにかかる兵士数を考えますと、それ以下の部隊では兵器そのものが機能しないと思われます」

「じゃあ、かなり信用しても良い数字だと言って良いのかな?」

「はい……」

「つまり、こういうことかな? 兵器を砦に引きつけている間に、ダーマー公の手薄になった本陣を強襲して生け捕りにするってことでいいの?」

「ご明察でございます」

デニール王子は驚いた表情を浮かべながらも、冷静にヘレンに尋ねた。

 コール将軍はまたも顔を弛緩させている。


「だけど、いくら手薄になると言っても、数千はいるんだよ、本営は。それを考えたら生け捕りは厳しいんじゃないかな?」

「はい……、それだけでは無理でございます。敵軍に混乱を起こさなければ本営の備えまでは届きません」

「なら、その混乱を起こす術も考えてあるんだね?」

「はい……。コロでございます。コロと暗黒オーブ、そして、ローレン将軍の弓隊が必要なのでございます」

俺っ?

 いくら暗黒オーブでも、そんな数万の兵なんて無理だと思うよ。


 きっと緊縛呪で押さえつけてそこに火矢を射かけつもりなんだろうけど、そんなに都合よくはいかないよ。


 ほら、デニール王子だって、戸惑ってるじゃないか。

 どう考えたって、そんなの無理だよ。


「そうか……。ヘレン、分かったぞ! だから私に兵器の様子を調べてこいと言ったのだな?」

「こ、コール将軍?」

「デニール王子……。ヘレンは天才でございます。ですが、私にも分かりました。コロか……、なるほど。暗黒オーブがなければこの策は成り立たないのかっ!」

「ちょ、ちょっと、僕にも分かるように教えてくれよ」

突然声を張り上げたコール将軍に、デニール王子は首を傾げながら尋ねた。

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