第114話 デニール王子の判断

「デニール王子……。あたしにも分かったよ、ヘレンの言いたいことが」

「アイラ?」

「兵器は塔のようになっている。狭くて多人数が一時に通れない。つまり、出口付近の兵士をコロの緊縛呪で動けなくすれば、後ろから上がってくる兵士は頭頂部にはたどり着けないってことだと……」

「そ、そうかっ! 兵器の内部は細い通路と同じなのか」

なるほどっ!

 戦闘不能の兵士で兵器の出口に栓をしようってことか。


 詰まった兵士はあとから他の兵士が上がってくるから取り除くことさえ出来ない。

 うん、それはパニックを起こすね。

 下の兵には何が何だか分からないだろうし……。

 内部で将棋倒しにでもなったら目も当てられないだろうね。


「デニール王子……。ヘレンの策は、さらに火矢を放つことで確かなものとなります」

「コール将軍、僕にも分かってきた。詰まった兵だけでは何れ混乱は解消されてしまうかもしれないけど、火矢で兵器そのものが燃えそうになれば混乱は続くよ」

「しかも、本営のダーマー公がそれを見ているとなれば、必ずや混乱収拾のための兵を差し向けましょう」

「うん……。そうすれば尚更本営の陣は少なくなる……」

コール将軍は、我が意を得たりと膝を叩く。


「ふふっ……。ヘレンはその先でもまだコロを使うつもりなんだろう?」

「うふふ……、アイラ、ご名答よ」

「混乱の最中にコール将軍の騎兵隊が本営に突っ込む。だけど、戦っていると混乱しているギュール軍が立ち直る恐れがあるからな」

「そうね。本営のギュール軍を緊縛呪で戦闘不能にすれば、ダーマー公も動けなくなるわね」

お、おいっ!

 そこまで組み立ててあるのか、策を?


 これ、良く考えてみると兵器を使ってくれなきゃ出来ない戦略じゃないか。

 相手の策をこちらも策で切り返す……。

 見事に成立しそうだよ。

 ……と言うか、これが失敗する理由が分からないよ。





「ふう……。まあ、皆、ちょっと落ち着こうか」

「……、……」

驚愕の策を聞いたデニール王子であったが、ひとしきり興奮したあと、皆を見回したしなめた。


「ヘレン、策の凄さは分かったよ。うん、確かに行けそうな気が僕もしている」

「……、……」

「だけど、不確定要素はないのかい? 策が万一旨く行かない可能性は……」

「それはございます」

「だよね。どんな策にも完璧はあり得ない。だからこそ小さい可能性も見逃すべきではないね」

「はい……、仰せの通りでございます」

「……で、その可能性は何?」

「ギュール軍が攻撃を仕掛けてくる時間でございます」

「時間?」

「はい……」

一同は、即答したヘレンに注目する。


「兵器は目立ちます。大きな物でございますので、おそらく遠くからでも確認出来ます」

「う、うん……」

「従って、移動は夜間だと推測されます」

「ああ……。無警戒の内に少しでも近くに寄りたいだろうからね。それで……?」

「こちらは夜間でも一向に構いません。……と言うより、夜間に来てくれる方が助かるとさえ言えます」

「……、……」

「ダーマー公を生け捕りにするときに、こちらから騎兵隊が出たことを分かりにくくする効果がございますので」

「うん……」

「ですが、夜は夜でも、明け方近くに攻撃をされると、こちらは明るい中を本営に強襲をかけねばなりません」

「そうか……。丸見えの分、防がれる恐れがあるんだね?」

「仰せの通りにございます」

「混乱してはいても、側を敵兵が通ればさすがに対応するか。そうね、生け捕りは難しいね、その場合は」

デニール王子は、ヘレンの言葉に深くうなずく。

 そして、少しヘレンから視線をそらし、考え込むような表情になった。


「もし、明け方や昼に攻撃をされたらどうするの、ヘレン? 対応は考えてあるんだろう?」

「はい……。残念ですが、その場合にはダーマー公の生け捕りは諦めざるを得ません」

「そう……。僕もそう思うよ。一か八かみたいな戦略は採るべきではないね」

「はい……」

「でも、明け方や昼に攻撃されたとしても、兵器そのものは撃退出来る。それだけでも良しとしなきゃいけないってことだね」

「仰せの通りでございます」

「そうか……。じゃあ、騎兵隊の突入をするかしないかは、僕の判断に任せてもらおう。ヘレン、それで良いね?」

「デニール王子の思し召しのままに……」

デニール王子とコール将軍は深くうなずいた。

 二人とも頭の中で様々な想定が駆けめぐっているようで、表情は真剣そのものだ。


 うん、デニール王子に任せるよ。


 俺、デニール王子の考え方って好きだな。

 どんなに優秀な策に見えても万一の可能性にも考え及ぶし、一か八かみたいなことをしないのも良いよ。

 だって、失敗したら沢山の兵が死ぬんだからね。


 あ、俺が騎兵隊で突入する中にいるから言うんじゃないよ。

 そんなことじゃなく、常に末端の兵にも考え及ぶ指揮官って偉いと思うんだよ。

 マサもこういう指揮官の下でなら戦争に参加するんだろうな……。





「すいません……、ヘレンさん。一つお聞きしてよろしいでしょうか?」

「はい、ジーンさん……。何でございますか?」

皆が策を発動したときのことを思い浮かべ押し黙る中、ジーンが突然口を開いた。


「その……。どうしてダーマー公は生け捕りではなくてはいけないのでしょうか? ダーマー公は敵の総大将です。亡き者にすればギュール軍は総崩れとなりましょう。だとすれば、お味方の大勝利は間違いございません。それでは目的が達せられないと言うことなのでしょうか?」

「そのことですか……。それについても、これから説明するつもりでいましたわ」

「……、……」

「結論から申します。ダーマー公を生け捕りにするのは、真の敵を引きずり出すためでございます」

「真の敵?」

「はい……」

ジーンは訝しげな表情でヘレンを見る。


「先日、コール将軍には伝えましたが、デニール王子にも知っておいていただきたいことがございます」

「うん? 何……?」

「マリーさんが仰られたのです。兵器の戦略や雨と疫病の謀などをダーマー公自身が考えたとは思えない……、と」

「ど、どういうこと?」

「ダーマー公は直情的で短絡的な発想の持ち主なのだそうです。ですので、これほど綿密な策を錬るはずがないのだとか」

「……、……」

「私はこの状況を鑑み、ある懸念を抱きました」

「懸念?」

「ギュール軍マルタ砦攻めの指揮官であるダーマー公が、何者かに操られているのではないかと……」

「ダーマー公がかい? だけど、策を誰かに考えさせてダーマー公が実行しているかも知れないじゃないか」

「それも可能性としてはございます。しかし、マリーさんが仰るには、食べたい物があれば何が何でもその日に取り寄せないと気が済まないような気性の持ち主なのだそうです……、ダーマー公は」

「……、……」

「そのような気性の者が、数年もかかるような大計を為すとは私には思えないのです」

「つまり、アリストスみたいに操っている者がいると考えた方が自然ってことか」

「仰る通りでございます」

「……、……」

「……で、あるとすれば、ダーマー公を亡き者にしても新たな軍が派遣されて来る可能性があるのです。ギュール共和国にはダーマー公以外にも六人の選定候がいますので……」

「……、……」

「ダーマー公を操っている者は、必ずこの選定候の中にいると私は思います。そして、ダーマー公を生け捕りにすれば、必ずその者はこのマルタに姿を現すに違いないのです」

ヘレンの淡々とした声が、静まりかえった部屋に響く。


 その静けさは、皆がことの重大さを認識するとともに、ヘレンの危惧が絵空事ではないことを指し示していた。

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